2009年12月19日

或る阿呆の一生を読んだよ

  或る阿呆の一生を読んだ。芥川さんの遺稿ってやつ。うーん、天才も死んでしまうのだね。
  或る阿呆の一生ってのは、遺稿というから割一応小説なんだろう。遺書とはまた別物だろう。だが、小説としてはいまいちな気がする。むしろ、手紙だ。それも、手紙としては気取り好きなくらいの。
  というか、作家の遺稿ってのはたいていの場合、小説としてはいまいちなのが多い気がする。太宰さんのロンググッドバイ、チャンドラーさんのプレイバック、いまいちだなぁと思う。その前くらいに書いた作品が面白すぎるってのがあるのかもしれないが、贔屓目無しに見てみると、実に不親切、知らない人には何も面白くない。
  思うに、小説ってのは、前後のこと、つまりだよ、書いた人の境遇云々、それまで書いた作品、そういうのは別として、単品でも面白くないと駄目なのだ。
  だが、遺稿ってのは実に乱暴なものが多いのだ。
  多分、最後だし好き勝手してやろうってのがあるんだろう。人間死ぬ前になると身勝手になるのかもしれない。
  勿論、意図はあるに違いない。文章を書くってのはつまるところ、言葉を吐きだす、心から、普段言えないことを、そういうのが最後のゴールってところがある。多分。そう考えると、さっかあげた小説としてはいまいちな遺稿たち、彼等は文章の為す仕事を見事に果たしている。素晴らしい文章と言える。
  本来、小説なんてのも素晴らしい文章を目指すべきなんだけど、生きてる限り褒められたいのが人間ですし、生活もあります。小説を書きながら生きていくには、本音を吐きながらも他人から面白くなくちゃいけないのです。誰からも褒められない、生活もできない、そんなんじゃ文ってのは書き続けられないんでしょう。つまり、他人を喜ばせる為に文を書くというのは、同時に作家自身が生きる為でもあるのでしょうね。

  堅苦しいことがつづいたけど、そんなわけで阿呆の一生は良い文書なんだけど、良い小説とは言い難い。じゃぁ、阿呆の一生を芥川さんを知らない人が楽しく読むにはどうするか?  思うに大事なのはここからです。とっつきにくいけど良い文章、そういうのをたしなむ方法。
  まあ、話の筋から分かるかもしれんですが、芥川さんの友達になれば良いわけです。そりゃ、親友にはなれないかもしれないけど、「ああ、芥川さんね。知ってるよ。こういう人でしょ」くらいの知合いなら無理ではないでしょう。できる限り近付けばより楽しめる。たくさんその作家の作品を読む。簡単な方法ならWikipedia。Wikipediaは正確とは言い難いですけど、作品を楽しむだけなら問題無く、手軽です。作品を系統立てずに読みまくるよりはWikipediaで主要作品とその背景を知って読むってのなら、案外Wikipediaの方が遺稿を読むには便利だろうと思います。バラバラにたくさん読んでいくってのは、むしろ、単品としての良い小説を捜すっていう側面が強いとも言えるようにも思います。
  遺稿と言われる作品ってのはそういう作業はどうしても必要な気がします。
  それでも、読むべき遺稿ってのはあって、或る阿呆の一生は間違い無くそういう小説なわけです。

  まぁ、別に意識してなくても好きな作家ってのは気付いた時にはたくさん読んでるし、親しみを持つようになっているから、無理する必要は無いんだけどね。
  まあ、芥川さんはかっこいいですからね。とにかくシャキシャキサラサラなのにずっしり重たい文を書く。最近の作家の場合、村上春樹なんかはフワフワスルスルなのに重たい文章って感じです。フワフワよりもシャキシャキの方がかっこいいですし、スルスルよりもサラサラの方が潔い感じがして、僕は芥川さんみたいな文の方が好きです。まあ、最近はフワフワブームだからどうしても難しいですけど。
  でも、フワフワスルスルも何年かしたら、素晴らしいなーかっこいいなー、となるのかもしれんです。

  自分がかっこいいと思う人を知るってのは、別に意識しなくてもいつかやることなんだろうし、まぁ、無理に読まなくても良いのかも、そう考えると小説について誰かに紹介みたいなことをするなんてのは野暮ったいことですよ。
  こうなるも身も蓋もないです。

  芥川さんのかっこよさ、良い小説を書いた向こう側、そんなのがチラ見できちゃう作品なんです。 


遺稿に対する文なので、日記だけど少し堅く書いたりしたよ。

そんなこんな。
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2009年12月17日

煙草のかふかについて

  連載小説「煙草のカフカ」がブログの方では上手くアップロードできていないようです。
  mixiの方では上手くアップロードできてるんで、気になる方はmixiでよろしくです。

  じゃあ、こちらは普通のいつもの日記で。
  最近は坂口安吾の桜の森の満開の下を読んだんですが、久々にいまいちよく分からなかった。最近は読書力がついて来たのか、大抵の作品は良さ、悪さを感じながら読めると思っていたので少し残念。
  しかし、よく考えれば普通のことなのだ。小説なんざ曖昧なものだから、同じ作品を読んでみたって良いと思えない時は良いと思えない。ずっと良いと思えないものもある。
  小説なんて曖昧なものなのだ。僕はそう思う。
  たまに、良い文章だの悪い文章だの言うけど、結構だれでも良い文章は書ける。切実に書かれた文ってのは良い文章である。文法的なミスがあったとしても、意味さえ通れば問題は無い。逆に美文のようなものでも意味が全くないって文もある。そういうのは、美文には違い無いが良い文章だと僕は思わない。
  勿論、人によっては逆のようなことを言う人もあるだろう。文章とは芸術であり、美しさが全てと。間違ってないと思うが、思うに、文章なんてのは所詮はコミュニケーションツールだと思う。誰かが読むために文はあるのだ。勿論、自分のためという場合もある。メモなんてのは未来の自分へあてた今の自分の考え、思い付きの固まりだ。今の自分と未来の自分ってのは他人だ。そりゃ自分だけど、全く同じを持てる、同じように理解できるとは限らない。昨日の朝は納豆が美味しかった。今日の朝は納豆がネチャネチャしてイラついた。なぜって、やはり他人だからだ。自分だけど。
  とにかく、文章ったのは誰かに読んでもらうためのものなのだ。
  そんなら、そこには何かしら伝えるものがなくちゃいけない。こういう考えって良いよー、女の子は清楚であるべきだ、まあ、何でも良いけど伝えるための媒介なわけだ。
  そうすると、意味を持たないような美文なんてのは良い文章とはあまり思えないわけだ。

  眠い、ねよ。

  そんなこんな。
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2009年12月16日

あれれ?

  連載小説「煙草のカフカ」がブログの方では上手くアップロードできていないようです。
  mixiの方では上手くアップロードできてるんで、気になる方はmixiでよろしくです。

  じゃあ、こちらは普通のいつもの日記で。
  最近は坂口安吾の桜の森の満開の下を読んだんですが、久々にいまいちよく分からなかった。最近は読書力がついて来たのか、大抵の作品は良さ、悪さを感じながら読めると思っていたので少し残念。
  しかし、よく考えれば普通のことなのだ。小説なんざ曖昧なものだから、同じ作品を読んでみたって良いと思えない時は良いと思えない。ずっと良いと思えないものもある。
  小説なんて曖昧なものなのだ。僕はそう思う。
  たまに、良い文章だの悪い文章だの言うけど、結構だれでも良い文章は書ける。切実に書かれた文ってのは良い文章である。文法的なミスがあったとしても、意味さえ通れば問題は無い。逆に美文のようなものでも意味が全くないって文もある。そういうのは、美文には違い無いが良い文章だと僕は思わない。
  勿論、人によっては逆のようなことを言う人もあるだろう。文章とは芸術であり、美しさが全てと。間違ってないと思うが、思うに、文章なんてのは所詮はコミュニケーションツールだと思う。誰かが読むために文はあるのだ。勿論、自分のためという場合もある。メモなんてのは未来の自分へあてた今の自分の考え、思い付きの固まりだ。今の自分と未来の自分ってのは他人だ。そりゃ自分だけど、全く同じを持てる、同じように理解できるとは限らない。昨日の朝は納豆が美味しかった。今日の朝は納豆がネチャネチャしてイラついた。なぜって、やはり他人だからだ。自分だけど。
  とにかく、文章ったのは誰かに読んでもらうためのものなのだ。
  そんなら、そこには何かしら伝えるものがなくちゃいけない。こういう考えって良いよー、女の子は清楚であるべきだ、まあ、何でも良いけど伝えるための媒介なわけだ。
  そうすると、意味を持たないような美文なんてのは良い文章とはあまり思えないわけだ。

  眠い、ねよ。

  そんなこんな。
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煙草のカフカ8

  白服二人、その後ろに煙草の健介、その後ろをまた白服二人という順で一行は進んで行った。白い壁に扉が続くだけの廊下。他の囚人、いや、囚煙草の姿はみえない。囚煙草じゃない普通の人間の姿すら見えない。もしかすると、この広い刑務所にいるのは自分一人なんじゃなかろうか、それこそが罰というんじゃなかろうか。普通の刑務書でも悪いことをしたら独房に入れられるという。人間は孤独にこそ絶望すると聞いたことがある。しかし、一蹴間ていどのことなら孤独ぐらい耐えれるさ。しかし、単なる独房じゃない。こんなに広い独房に僕一人きり、挙句に自分はもはや昨日まで馴染みのあった人間の姿じゃない。自分は本当に自分なんだろうか。孤独の中で自分は自分を全て燃やし切るんじゃなかろうか。
  急に訪れた不安に耐えられず健介は前を行く二人の看守に聞いた。
「あの、僕以外に煙草になった人達が見えないんですが、こんな広いところに僕一人きりなんでしょうか?」
  機械の声が白い壁に反響する。自分の声なのだろうか。確かに自分が言いたいと思ったことが音になったに違いないが、抑揚の無い機械の合成音、これがますます健介を不安にした。
「こちらの建物には原則、人間煙草はいません。こちらは言うなれば管理や事務のためにあるんです」
  白服の声は確かに人間の声だったが、ほとんど抑揚のない喋り方だった。静かな廊下に反響して、一体四人のうち誰が言ったのか分からない。
「じゃあ、一体囚人たちはどこにいるんですか?  他の職員たちは?」
「囚煙草たちは隣の監房棟にいます」
「刑務所の職員たちはそれぞれ仕事をしています」
「我々はあなたを監房棟につれち行っているのです」
「あなたはもうじき監獄に着く」
「あなたが何を知ろうと知るまいと、あと少しすればあなたは監獄の中にいる」
「我々はあなたを監獄へと連れていくために必要なことをする」
  機械の声に、どの白服の声とも分からぬ返事。
  健介は自分は囚人、いや囚われの煙草であり、刑を受けていることを思い出し、涙が出そうになった。しかし、最早目玉すら無い健介には涙も流れない。涙が流れないと知ると悲しむのも馬鹿馬鹿しいような木がして来て、またさっきの自分の煙草の味を思い出して気を取り直した。
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煙草のカフカ8

  白服二人、その後ろに煙草の健介、その後ろをまた白服二人という順で一行は進んで行った。白い壁に扉が続くだけの廊下。他の囚人、いや、囚煙草の姿はみえない。囚煙草じゃない普通の人間の姿すら見えない。もしかすると、この広い刑務所にいるのは自分一人なんじゃなかろうか、それこそが罰というんじゃなかろうか。普通の刑務書でも悪いことをしたら独房に入れられるという。人間は孤独にこそ絶望すると聞いたことがある。しかし、一蹴間ていどのことなら孤独ぐらい耐えれるさ。しかし、単なる独房じゃない。こんなに広い独房に僕一人きり、挙句に自分はもはや昨日まで馴染みのあった人間の姿じゃない。自分は本当に自分なんだろうか。孤独の中で自分は自分を全て燃やし切るんじゃなかろうか。
  急に訪れた不安に耐えられず健介は前を行く二人の看守に聞いた。
「あの、僕以外に煙草になった人達が見えないんですが、こんな広いところに僕一人きりなんでしょうか?」
  機械の声が白い壁に反響する。自分の声なのだろうか。確かに自分が言いたいと思ったことが音になったに違いないが、抑揚の無い機械の合成音、これがますます健介を不安にした。
「こちらの建物には原則、人間煙草はいません。こちらは言うなれば管理や事務のためにあるんです」
  白服の声は確かに人間の声だったが、ほとんど抑揚のない喋り方だった。静かな廊下に反響して、一体四人のうち誰が言ったのか分からない。
「じゃあ、一体囚人たちはどこにいるんですか?  他の職員たちは?」
「囚煙草たちは隣の監房棟にいます」
「刑務所の職員たちはそれぞれ仕事をしています」
「我々はあなたを監房棟につれち行っているのです」
「あなたはもうじき監獄に着く」
「あなたが何を知ろうと知るまいと、あと少しすればあなたは監獄の中にいる」
「我々はあなたを監獄へと連れていくために必要なことをする」
  機械の声に、どの白服の声とも分からぬ返事。
  健介は自分は囚人、いや囚われの煙草であり、刑を受けていることを思い出し、涙が出そうになった。しかし、最早目玉すら無い健介には涙も流れない。涙が流れないと知ると悲しむのも馬鹿馬鹿しいような木がして来て、またさっきの自分の煙草の味を思い出して気を取り直した。
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2009年12月15日

煙草のカフカ7

 健介は自分を吸っている。これは不思議な感覚だった。はた目で見ていても大きな煙草が勝手にぷかぷかと煙を上げている、多く煙が出るときは健介が大きく吸っている時だろう。妙なものだ。白服が言った通り煙草はゆっくりと燃えた。
「どうだ、美味いかい?」
「はい、美味しいです」
「それは良かった。消すときにはつけるときと同じように頭を突っ込めば良い。少し試してみなさい」
「シケモクになったら不味くなるんじゃないですか?」
「馬鹿垂れッ、そんなのきちんと対応しているに決まっているだろう。ちゃんと同じ美味さが次からも楽しめるから、とりあえずは人間煙草着火機の使い方は覚えなくてはいけないからね」
 健介は渋々着火機に頭を突っ込んだ。ゆっくりと頭のぽかぽかした感じが無くなっていく。
「もう、良いだろう。抜いてみたまえ」
 偉そうな白服に言われるままに頭を抜く。確かに、ぽかぽかした感じもさっきの良い香りもしない。しかし、自分の頭に火が付いているか付いていないかは確かめようが無い。それでも、煙がさっきのように視界に出てこないのだから消えているのだろう。
 火を消してしまうと妙な寂しさがあった。
「さて、君の懲役の期間だが、七日、つまり一週間だそうだ」
「え、そんなに短いのですか?」
「まあ、君の罪からしてそんなところだろう。むしろ長いぐらいだろう」
「そうだ、煙草の美味さのせいですっかり忘れかけていましたよ。僕の罪とは何ですか?」
 偉そうな白服は煙草を床に落として踏み消すとわきに置いていた書類を取った。
「君、アパートのベランダで煙草を吸っていただろう。それだよ」
「そんな、自分の家ですよ」
「自分の家とは言っても煙が他人のいるところに流れたり、喫煙している姿が公衆の目に触れるという点でまずいのだよ。それだけなら三日なんだが、君、灰皿をベランダに置きっぱなしだったろう。それで二日延びて七日だ。気持ちは分からんでも無いし、実際この程度の喫煙では通報されない喫煙者の方が多いんだがね。確認が取れてしまった以上は懲役なのだよ。通報は君の家の近くの一般の人だな。詳しいことはプライバシーの関係で明かせないが、おそらくアンチ喫煙団体の人間か何かだろう。まあ、一週間程度の懲役の人間というのは、はっきり言って不運ぐらいなものだが、禁煙の良いチャンスとでも思うより他無いな。別に前科なんかが付くわけでもないんだからさ」
 健介はがっかりしながらも、早くも先ほどの感覚を味わいたくてうずうずしている。しかし、同時に冷静さを取り戻して聞いた。
「さっき十二時間ほど吸うと僕は死ぬと言っておりましたが、一週間の懲役でも死ぬような人はあるのでしょうか?」
 偉そうな白服は声を立てずに嫌な笑いを口元にこぼした。
「いや、懲役一週間の人間なら死ぬことは滅多に無い。というか、煙草刑務所内で死ぬ者というのは滅多にいないんだよ。というのも、君は喫煙者だから分かるだろうが、煙草を全部吸いきるのが難しいってのは分かるだろう。フィルターが溶けるまで吸わないと煙草の葉ってのはどうしても少し残るんだ。だから、釈放されてから三日以内に死ぬというような形になるわけだ。それでも、一週間なら死ぬことはあるまいから大丈夫さ。そもそも
一週間で自分の一生を吸いきるほどの喫煙者はもっと重たい罪でここに入るから大丈夫さ。安心して吸いたまえ、あははは。質問が無ければこれで入所式兼当刑務所の説明を終わろうと思うがよろしいかな?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃ、彼の部屋とその他施設の案内を後は頼んだよ」偉そうな白服は平凡な白服たちに言った。
 健介はなかなか良いところだな、なんて思いながら部屋を後にする。
「おっと、忘れていた。私は君の担当の実由博信(サネヨシヒロノブ)というから何か困ったことがあったら、その辺の看守に私の名前を言いなさい。一応、刑務中佐なんて偉そうな役職をしているがだいたい暇しているのでいつでも来なさい。それでは良い更正生活を」
 健介は部屋から出る前に一礼して、といっても彼の体は曲がらないので車輪でくるりとまわって『健介』と書かれた文字を実吉に向け、平凡な白服たちについて廊下を歩き始めた。
posted by ちょろり at 05:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

煙草のカフカ(2)

 二人の黒服、片方は背が高く痩せこけていて鼻眼鏡をしている、対してもう片方は背が低くよく肥えている。ノッポの方が年齢的にも上司と言った感じである。小さい黒服がかがみこんで掌を健介煙草に押し当てながら言った。
「これはなかなか若者ですねー。葉がしっかり詰まっていますや。何歳なんですか?」
 背の高い黒服は小脇に抱えていた書類をめくり、小さい黒服に言う。
「二十二歳、男、大学生とのことですよ。しかし、喫煙犯罪者と言えどもプライバシーはありますから、そう無闇に触ったりしてはいけません。本人確認だけしなさい。健介という名が入っていますか?」
 小さい黒服は大きな煙草をくるりとひっくり返すとそこに確かに「健介」と文字が刻まれている。
「はい、本人に違いありません」
 小さい黒服はまだ煙草をぐいぐい押して中身の確認をしている。
「それでは運びましょうか」
 大きい黒服は書類の束の中から小さく折りたたまれた白い布を取り出し、広げた。絹のようにつるつるとしているが、正確に何の生地かは分からない。人間ほどの大きさの煙草をすっぽり包めるほどの大きさだから、絹であれば相当な値段であろう。それを健介にかけてしまうと二人で両端を持って運び出しにかかった。
二人の黒服はとても重たそうに煙草を運んだ。実際には一キロ程度のものだった。わざと重たそうに運ぶのは、誰かに見られていても煙草とばれないようにするためらしい。大きい黒服がさっき言っていた喫煙犯罪者にもプライバシーがあるということも関係があるのかもしれない。しかし、例の白い布が目立ってしまうので、結局、何かしら怪しいことに変わりは無い。
 二階の健介の部屋から降りる階段の曲がり角で小さい黒服が煙草をぶつけてしまうと大きい黒服は静かに言った。
「もっと慎重に運びなさい。折れては大変なことですよ」
 折れるとまずいらしい。いよいよ怪しい。
しかし、決定的に怪しかったのは二人の乗ってきた車だった。白い霊柩車としか言いようが無い。これは目立つ。しかし、ここまで変テコだと人間は関わり合いたく無いと思い、逆に仕事には好都合なのかもしれない。休日の午前中、健介のアパートの周りには誰もいなかった。
 棺を入れる場所につやつや光る白い布をかぶせたまま煙草を入れてしまうと、白い霊柩車は出発した。
(続く)

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 案外楽しい。煙草の健介くんを待つのは一体どこなのか?
 勿論、ほとんど何も考えていないので僕も知らない。
 大きな煙草ってのが楽しすぎる。

 そんなこんな。
posted by ちょろり at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月13日

煙草のカフカ

  健介は朝目を覚ますと自分の体が煙草になっていることに気が付いた。
  健介は勿論驚き悲しんだが、それ以上に筆者が随分と困った。グレゴーリィのように毒虫のような生き物にでもなってくれていれば、まだよろしい。煙草じゃ喋るのか、目が見えたりどんな感覚があるのか、何となくすら想像も付かない。しかし、主人公健介君は朝おきた時には心を持っているかどうかも分からぬ煙草になってしまっていた。文句を言ったって、どうにもならぬ。筆者以上に健介君は困っているのだ。その日の健介君には女の子との大事なデートがあった。
  それでも、まだせめて鼠、ほ乳類が一番、動物なら助かるのにと、筆者の方はまだたらたらと未練を引きずっているらしい。
  かくいう本人、健介煙草氏は立派なもので、自分の運命を引き受けたとでも言わんばかりに堂々と布団の中を転がっている。いや、煙草だからもはや何も感じてすらいないのか。表現できないだけか。それでも、コロコロと転がるのはやはり何らかの意思あってのことだろうか。これだから、命を持たない物質なんかに変わられると困る。
  それにしても、この煙草の大きなこと、元は人間とあって、身長は随分なものだ。健介は背の高い方ではなかったが、煙草の平均身長とくらべるとゆうに十倍以上、煙草界の大巨人現る、というやつだ。だから、どうした。筆者は愛煙家、このご時勢に難儀なことだが、一日に二箱は吸わないと口が寂しい、貧乏だから一箱で我慢することもあるが、本音は三箱、根本まで吸わずに、最初の美味い部分だけ吸いたい。金持ちになって時間的、金銭的に悠々たるものできれば、キューバに行って、
「一本くださいな」
  黒い顔に深い皺が刻み込まれた煙草農夫と、彼の自家製巻煙草でお茶がしたい。
  しかし、こんな煙草には参ってしまう。
  長さだけなら、切ってゆっくり吸って行っても  構わないが、太さも大根以上。転がる度に頭から葉っぱがこぼれてくる。たまらない。落ちたカスを集めて新聞紙くらいに巻いてやっても良いんだが、もしかすると、その部分のものは健介君の脳みそだったところかもしれぬ。
  煙草界の大巨人になっても何ら良いことはない。
  ああ、可哀想にもうじき約束の十時が来る。女の子は彼が煙草になったであろうことなど知るよしも無く待ちぼうけ、筆者は転がる煙草を前にこれ以上書くこともなく書き呆け、かく言う本人は明日も煙草でいなけりゃならぬ。呆けているどころじゃない。
  時計の針が十時をさした。かわいそうに、よりによって煙草とは、まだ時計の針ならば動いて何か暇を潰すこともできように。
  デートを逃し残念、そう思っていると玄関から何者かが入って来る。一人暮らしの健介君、煙草の姿では何もできない。みるみる内に黒い服を着た男が二人、煙草となった健介君の枕元にやって来た。

(気が向いたら続く)

  電車での暇つぶしに本当にくだらないものを書いてしまった。カフカファンの人ゴメンぽ。別にカフカへのオマージュでも何でもなく、単なる遊びです。

  そんなこんな。
posted by ちょろり at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

乞食の才能と愛について

  小説のネタがすっからかんしたので酒を飲みに出た。酒を飲んだってすっからかんのあっけらかんの時もあるが、人と話ができる分、部屋でうんうん唸るよりかは良い。
  最近はうんうん唸りすぎた。
  デカルトの考え方が好きだ。本を捨て、旅に出る。
  僕はちょっと考えるところがある。大学卒業資格を捨てて、文学部や、理学部数学の授業に出ようか、という考えだ。
  小説は適当でありながら、綿密なものだから、人生一つ捨ててでも追いつかない。学歴捨てて知識を拾いに行こうか。小説ってのは楽しすぎる。

  深夜の美観地区に僕はいる。
  とても暗い。垂れ柳が可愛い。
  向こうで男がオンナを泣かした。
  もしも、男がそのままここを去るなら、僕は温かな缶コーヒー一本で女を買えるだろう。
  あら、女は笑い出した、怒り出した、人生なんてのは甘く無いのだな。
  バーカ。

  人生に一つだけ後悔がある。セックスを馬鹿にし続けたこと、それで僕は女を愛せなくなった。ゲイにでもなろうか。なろうとしてなれるものでもないか。

  美観地区に来る前は酒をおごってもらった。不意に隣のお人におごって貰えた。ありあんす。
  僕はわりと乞食の才能があるらしく、いろんな人からいろんなものを貰える。よねださんに革ジャンをもらったり、タミオさんに高いメモ帳を頂いたり、やまなんぼにいろいろもらったり。
  それは惨めだからだろうか。はたから、僕は惨めに見えるのか。愛されているからか。愛されるとは惨めなことなのか。

  うーん、さむい。
  家に帰ってアンダルーサを弾こうかな。アンダルーサは良い曲なのだ。

  そんなこんな。
posted by ちょろり at 03:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月12日

神様参り

  今日は今年最後の神社参りして来た。毎月一回、深夜に最上稲荷に行っている。特に意味は無い。割りと真面目に賽銭も入れるし、拝んではいるが、そのまま煙草をプカプカ吸っているし、半分以上単なる夜の暇潰しだから、神様を信じているとは言い難い。でも、割りと真面目に拝む。
  神様がいるかどうか。結構面白いテーマだ。
  神とは作るものだ。小説でも、音楽でも、まあ、何でも良いんだけど、つまるところ神を作れるかという話だろう。多分ね。最近の僕はそんなことを考えている。
  そんな具合でぶらぶらと12月のお参りも終わり、今年も終わる。
  来年も時間が経てばきちんと終わるし、その次の年もきちんと終わる。死んでしまうと年が越せない。何としてでも死にたくない、突然そんなことを思う。
  線香を焚いて、賽銭無げて、夜の道を車で帰る。
  来年もその次の年も何かがある。
  妙に絶望的になる。明日にでも自分は死ぬべきじゃなかろうか、真面目にそんなことを思う。とくちんが隣に乗っているから、とりあえずは今日は家に帰ってしまおう。
  そんな短時間に心が何の理由もなく上下する、神の仕業かしらん、神は自分で作るものだ。正しい神を作らねばならない。
  我ながら、わけ分からん。疲れているのかな。貧乏だからかな。ああ、種々ある忘年会やら新年会やらが心から面倒臭いのだ。でも、不意に良いネタが拾えたりするから人の集まりには行くに限る。しかし、面倒くさいってのは否めない。人と話すと緊張するから疲れる。やだやだ。

  そんなこんな。
posted by ちょろり at 03:14| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする