2009年11月10日

ツイッター?

 最近ツイッター(Twittfr)たるものを始めた。僕の勝手な解釈ではmixiと2chの中間みたいなものだ。mixiみたいにプロフィールが分かるんだが、2chみたいに不特定多数の人間と言語を交わす。つまりちょろり君と話すんじゃなく、書かれた内容に自由に会話を書く、ん? 分かりにくいな。
 まあ、とにかくだ、いろんな人間の性質を探るのに面白そうなツールだ。小説のネタにつながりそう。興味がある人は検索してやってみてぽ。mixiみたいに招待制じゃないので。
 ただ、いまいちツイッターを使いこなせてないのが現状だ。元がアメリカのものなので、日本ではいまいち弱いらしい。英語勉強してアメちゃんたちと仲間になろうかしらん。
 できるならヨーロッパ人の日本文学ファンと友達になりたい。まずは僕が原文で海外小説を読まなくちゃなぁ。そう考えると村上春樹先生は凄い作家なんだね。

 やばい。
 物凄いこと思い付いた。これは、もしかすると明日の朝には物凄く面白いか、物凄くつまらない文章が生まれてるかもしれない。
 そんなわけで日記は途中やめ。ほいなら、またね。
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2009年11月09日

宇宙ピザ屋

 今月はしし座流星群が来るそうな。火球たる赤いのが見れるらしい。

 しかし、何たら流星群ってしょちゅうやって来ているイメージがある。何だかしょっちゅう「見に行こう!」なんて誘われる記憶がある。そして毎回僕だけ見逃す。なぜか流れ星を上手く見れない人間なのだ。

 実は流れ星ってのは、宇宙ピザ屋宅配バイクだ。勿論、それぞれの星からの精鋭デリバリー部隊だ。僕も地球のピザ屋のデリバリーをしているので、いつかは宇宙ピザ屋からスカウトが来たら良いなと思っている。
 友達のイルカ君は大阪のピザ屋で働いている。僕の店の5倍以上の売り上げがあるらしい。イルカ君は博打好きで、非常に頭が良いという妙な男なのだが、バイクが好きで大きいアメリカンに乗っている。これまでの大学の4年間はローン返済のためせっせとピザ屋の原付を走らせた。バイト店長代理というポストにまでついている。デリバリーの鏡だ。
 イルカ君も実は宇宙ピザ屋のデリバリーなんじゃなかろうか。そう考えてみると確かに彼のバイクの名前は『ドラッグスター』だ。星と付いている。実はあれは宇宙ピザ屋の宅配宇宙船で、ツーリングと言いつつこっそり山の上に行き、宇宙ピザ屋に出勤しているんじゃなかろうか。確かにあれだけゴツくてかっこいいマシンなら宇宙を走っても大丈夫そうだ。
「もしもし、久し振り、今度のしし座流星群には参加するの?」
「え? そのこと、お前に話したっけ? いや、絶対秘密にしとけよ、これはNASAの極秘情報なんだぞ」
 なんて会話が成立するんじゃなかろうか。しかし、極秘情報を知ってしまった僕には宇宙からの使者が来て口止めされるかもしれない。イルカ君には知らない振りをしておこう。この日記も極秘だ。ま、イルカ君もこの日記は読んでいるらしいが。

 店長が早上がりしたピザ屋で女の子と話ながら、店内で一番年長の僕は阿呆な妄想を膨らませて遊んでいたとさ。

 そんなこんな。
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2009年11月07日

散歩とチャリでガキには金玉

 みとぅ〜んさんと宝塚くんとぷらぷらと美観地区を散歩した。僕は自転車なら一日中こいでいられるが歩くのは10分で疲れる人間なので、休み休み散歩した。
 みとぅ〜んさんは中学校の頃のお友達だが気付いた頃にはなかなかの美人になっていた。女の子は美人になる。僕と宝塚くんは小学校から大学まで一緒の自宅の距離は100メートルなんて仲だからか、二人とも相変わらずで、昔と大して変わらずちんちくりんのままだ。
 ちんちくりんついでに、僕は一昨日自分で髪を切っていたら軽い悲劇を起こしたばかりの頭なのでちんちくりんぱっぱらぱんてぃだった。宝塚くんは髪はきちんと切っているが、後ろの寝癖が取れていなくてちんちくりんぱっぱぱらぱいぱんだった。
 僕が10分毎に休みたがる上に、みとぅ〜んさんはのんびり歩く人なので半日が美観地区で潰れてしまう。ちなみに美観地区は200メートルくらいしかない。世に言うミニ京都ってやつだ。ミニ京都の良いところはミニなところで、見るべきスポットは一日あれば一通り見れる。しかし、僕らは休憩ばかりだから、本当に一通り眺めただけになる。自転車なら一日で倉敷から神戸、200キロ近く走る人間が歩くと200メートルしか進まない。宝塚くんは文句を言わずに一緒に歩く。
 蕎麦を食って、珈琲を飲んで、大原美術館の庭園を眺め、トンボ玉を触って、酢昆布を食っていたらみとぅ〜んさんが帰る時間になった。みとぅ〜んさんは広島に住んでいる。あまりに間延びしたような一日で申し訳ない気もしたが、僕は久し振りに秋を歩けた気がして良かった。

 夜に自転車のパワーアップの連絡が入り取りに行った。まだ届いてないパーツは後日付けるとのこと。とりあえず今はハンドルに角を生やして、タイヤを細くしといた。あとはカラーチェーンが届いたら完成する。写真は完成したら上げる。ちなみにまだまだあと五万ほどいじりたいところはあるので、この前出した小説が当たると本当に嬉しい。当たると賞金プラス原稿料がもらえる。
 小説の賞金は自転車と万年筆、残りはダディーに車を買ってあげようかななんて考えている。ロクでもない息子が留年するせいで父は車を買い変えれないのだ。ママンにはマッサージチェアを考えているが多分そんなにたくさんはもらえない。多分、二人とも僕より先に死ぬので、先に買ってあげようかなと思っている。何せ僕が小説を書けるのはダディとママンのおかげなのだ。
 こんなことを書いていると良い人みたいだが、小説が当たるなんて滅多に無いことだから、滅多にやらないことに使うのは当たり前なのだ。もし、普通に就職したら普通に自分のことに使うだろう。
 親なんてのは難儀なもので20年間せっせと時間と金をかけて世話をしても運が良くて車とマッサージチェアしかもらえない。
 それでも、僕も何だかんだでいずれは親になる予定だ。一発当てて車にマッサージチェアを夢見るガキが生まれて来たら難儀するだろう。かと言ってこうあって欲しいとも今のところ特に思わない。二十歳の誕生日に「お前は昔はオレの金玉の中にいたんだぞ、わはははは」と言ってやろう。どんな反応をするんだか楽しみだ。まあ、言わないけど。

 こーへー君が米子に去ってしまうらしいので、少し会いに行ってみるとしようかな。時間ってのは早い。僕も昔は金玉だったのか。

 そんなこんな。
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2009年11月06日

いざ、あいふぉーん

 ビックカメラであいふぉーん(iPhone)の説明を聞いて来た。おぉ今の時代そんなに安いのか。料金プランが大昔のままの僕は驚きながら、あいふぉーんの夢を見た。
 あいふぉーんの便利なところは、縦書きで小説が読めるところだ。日本以外の国はみんな横書き、実は中国も今は横書きが普通でありますから、縦書き文化ってのは死滅しつつある。できれば縦書きで文字が打てれば最高なんだが、まあ、贅沢は敵でござんす。あとは音楽に強いやらネットに強いやらいろいろあるみたいです。要は小さなパソコン的なノリで遊べると。
 うへー、便利時代やー。
 あとはあいふぉーん用のエロゲーが出るのを待つだけじゃないか。すぐ廃人しちゃいます。

 だけど、ま、エロゲーとかの冗談抜きで最近のハイテク機器は廃人量産マシンになりつつある。インターネットでテレビ電話が無料でできるソフトがあるんだが、その気になれば授業だってできてしまうだろう。ただ、なかなかその気になるつもりは無いようだが。
 だが、実際にやっている廃人量産サービスとしてAmazonさんなんかがある。非常に便利だ。僕だってその気になれば、Amazonで小説とCDを頼んで、珈琲も郵送してもらっての引きこもり廃人ライフが成立する。
 引きこもり廃人ライフへの道標は怠惰であることだ。自分の足で歩かない。ロスしない。
 しかし、Amazonを利用しまくっている人を廃人と呼ぶ人は少ない。むしろハイカラな人やなぁとなる。僕ってクラシックのCDとかアウトドアなもの、つまり自分が詳しく無いものを買う時はもっぱらAmazonさんだ。ハイカラなのだ。しかし、一昔前なら「ネット通販なんて怖くない?」なんてものだった。
 車に毎日乗り、近所のスーパーさえ車って人も立派な廃人のはずだ。自転車愛好家(もどき)の僕から言わせればそんな人間は怠惰で廃人だ。僕じゃなくとも、昔の人から言わせりゃいつも車なんて人は怠惰な金持ち野郎の廃人さんかもしれない。しかし、今は車に乗る人を一般的には廃人とは呼ばない。
 本来、廃人に近い人間を廃人と呼ばない理由。それは簡単な話で、時代の変化だ。
 ハイカラな僕はあいふぉーんを使うのだ。ママンとの休みが合った日に、21歳の僕はやっと自分の携帯を自分の名義にして、あいふぉーんするのだ。ちなみにママンってのはカミュの異邦人的な母親の呼び方でちょっとしたマイブーム。異邦人では最初にママンが死んでしまうのだよ。なかなか良い小説だから読んでみておくんなさい。

 さて、僕は昼寝をするのだ。甘いもの、チョコレートなんかをかじってお昼寝をするのだ。新しい小説を書き始めたからとっても頭が疲れるのだ。昼寝と甘いものこそが小説を産むのだ。
 でも、地方大学のいまいち頭がまわるわけでもない僕は最近プロの小説家になるのは難しいと少しばかり感じ始めてもいる。だけど、僕は人間だから良い小説を書ける可能性があるわけで、プロ云々は置いといてちょっくら書きたいことがあるわけだ。
 そんなわけで僕が昼寝をするのは正義なのだ。

 もやすみちゃん。
posted by ちょろり at 18:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

普通の日記

 カルメンのハバネラが頭を離れない。カルメンが歌う。恋はジプシーの子よ、と。とてつもなくかっこいい。なるほどオペラの良さってのはこんなところなのかもしれないと一人で納得する。
 一人暮らしの部屋でカルメンを見たい。勿論、人間、一日でものごとが分かるようになるはずもないから、一昨日見て分からなかったのと同じように、相変わらずストーリーの良さなんざは分からん。しかし、歌はカッコイイし絵もカッコイイ。それだけでカルメンが好きだと言う。邪道だ。
 はて、夜、ここのところの何かとつけての大小の用事を済ませ、暇になったのでとくちんと会うことにした。スタバのテラスでジョージア片手に煙草をぷかぷか座っていたら、最近の僕は毎日大絶望状態、それも人前ではへらへら笑って大絶望していて、頭の中は水爆実験後の砂漠さながら荒れ果てていて、久しぶりに煙草片手に本と珈琲があるってのがとても落ち着くものじゃないか、なんて思った。いつからか分からないが、自分は根暗な人間になってしまったのかもしれない。
 とくちんが来てジョイフルに行く。根暗になってしまった僕にはそれが日々の数少ない楽しみになりつつある。いや、誰しも大人になれば根暗になるのかもしれないなんて考えが浮かぶ。誰しも、静かに一人で過ごす。子どものころと違い、十年後の未来、そいつを何かしら予測し、頭の裏側、自分でも探せないどこかでいつも大絶望しながら生きているんじゃなかろうか、何も自分に限ったことじゃない。その場合、とくちんという友人を週に二回かそれ以上待てる自分は幸福なんじゃなかろうか。恐らく、見当外れではないに違いない。
 クソガキであるほど大絶望を悲しむ。大人は大絶望と手を取って生きる。大絶望を大絶望じゃないと言い、笑って生きる。
 どうした、自分もなかなか若いじゃないか。
とくちんとはジョイフルに行く。時々、珈琲館やバーにも行く。だけど、僕らはお酒を飲まない。飲んだって良いけど、飲まずに地面に足を付けて話す。地面に足を付けて話せる人なんて数多くはない。きっと、どこか浮かせているか、何かに乗っている。悪いことじゃない。地面に足を付けて話してばかりいては、世界は犯罪の海になってしまう。百人の村があったとして、百人みんなが地面に足を付けて生きていたら、まあ、きっと戦争が起きる。僕らは戦争をしないように普段は地面に足を付けない。
 それでも、今日の自分は何ともしがたい不安定の中にいた。とくちんは明日には仕事があるので帰宅した。
 少しウイスキーを飲もうかと思った。ただ、ここのところ少し飲みすぎに違いない。バイト先の友人Y君が酒豪で、一緒に飲んでいたら飲みすぎているというのが二度ほどあった。昔の自分は週に三日は飲みすぎていた。昔と違って今は次の日がしんどい。老化なんてのはもっと遅くに始まるものだと昔は思っていた。Y君は美味しい日本酒をくれる。
 お酒を飲むと決まって自分の考えは昔の女の子に飛躍した。今でも時々メールが来る。一方的に打ち切られる。その子は僕のことをサンドバックか、殴られ屋とでも思っているんだろうか、そう思いながらも僕は彼女の不満を聞く。
お酒を飲むと僕の生活サイクルはいつも良くない方向に向かって走った。
 久しぶりにぼんやりとドライブをしてみようと思った。遠くまでは行かない。遠くまで行ったって構わないんだが、普段、運転はしないから疲れる。だから、ちょろっとだけ走る。ジャズかクラシックを最大音量で聞く。ここで、少し涙が出るなんてのが理想的だが、僕の目はカラカラに乾いて前を見ている。昔に一回だけ猫をひいた。それ以来、動物に注意する。注意したところで無駄だ。時速60キロの車は急には止まらない。暗闇の道の上にひかれた狸がいた。腹の辺りが真っ赤に飛び散っていた。
 ある日歩いていたら突然何かにぶつかり、僕の意識は無くなった。僕ははらわたをぶちまけ死んでしまった。そういうことは起こりえない。僕ら人間には適用されない不幸。
短いドライブの後、一人で珈琲館によって小説を読んだ。深夜のシフトの店員は忠実に仕事をこなした。一体平日の深夜二時過ぎにどのくらいの客が一人で珈琲を飲みに来るのだろう。三人連れの客が二組あって、一番離れた端の関で小説を開く。思ったより読む速度は遅く、最後まで読みきれなかった。

 久々に長い日記となった。
そんなこんな。
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2009年11月03日

小説を書いて無い日々にカルメンを観る

 小説を書き終わってからさっぱり何もすることがない。いや、用事ぐらいある。平日は学校に行かなきゃならないし、土日にはジャグリングがある。別に暇なら暇でチャリをこぐし、ギターを弾いても良い。ただ、空虚で何も無いのだ。

 今日はビゼーさんの作ったオペラ『カルメン』を見てみた。わざわざタワレコでDVDを買って来た。
 タワレコはイオンにあり、イオンなんてのはうちから近くは無い。別に遠くも無いが。馬鹿と愚民のハーフみたいな連中が休日になると集まっている。愚民な僕は時々チャリをこいで行く。夕方の倉敷はすっかり寒くなっていて、途中で心が折れかけ、近くのホームセンターでポカポカ手袋と襟巻きを買ってホットのカンコーヒーを飲み、イオンに着いた。楽器屋でギターの弦を買ってたら良い楽譜があったので衝動買いしといた。
 そもそもはビゼーのカルメンなんざ買う気は無かったのだ。商店街のお茶屋さんが休みだったから手持ち無沙汰になりどこか足を伸ばしてみたかっただけなのだ。CDを買うにせよ、本当は魔笛が欲しかったのだ。しかし、カルメンを買った。魔笛より先にカルメンが目に入った。さらに、カラヤン指揮だったもんだからついつい買ってしまった。別に指揮者の良し悪しなんざ分からないが、カラヤンは何枚か聴いているが悪い演奏は無かった。というか、プロでメジャーレーベルからCDをプレスしている以上、悪い演奏なんか滅多に無い気もするんだが、まあとにかく僕はカラヤン指揮のカルメンを買ったのだ。
 カルメンを楽しみにしながら、とくちんとチャリのメンテナンスに行った。メンテナンスついでにカスタムの相談をしたところ、心が踊ってしまい、ついついやらかしてしまった。タイヤチェーンハンドルのエンドバーと三つも行ってしまった。あとはペダルとサドルとブレーキワイヤーのカバーの色を買えたらちょろりスペシャルになる。勿論、三ヶ所もいじると決して安くは無い。中古のママチャリ3台近く買えるぐらいはする。でもバイクは一台も買えない。車はガソリン満タン四、五回ほどだ。安くはないが、高くもない。
 チャリを預け、とくちんと別れ、岡山のフレッド君ちに行ってみた。フレッド君はバイトだったので留守番しながらカルメンを見た。曲はとてもカッコイイが、ストーリーは何が良いんだかさっぱり分からない。まあ、オペラも小説を書く上ではとても大事な勉強だ。来年の夏までは毎月一本ずつ観ることに決めている。留年学生は文化的なのだ。
 しかし、世界の名作オペラの良さが理解できないってのは少なからずショックではある。ショックの中、音楽に包まれて乗り物酔いしたような頭でフレッド君のバイト先に行ったらチャリだけあって肝心の本人は見当たらなかった。特に用事も無いからそのまま戻って、ぼんやりしていたらフレッド君も帰宅してきた。

 そんなわけで今日はカルメン以外は特に覚えていない。週末に自転車が戻ってくるのが楽しみだ。今日は三時間後にはバイトだ。難儀過ぎる。
 空虚な日々なのだ。ぼんやりカルメンを眺め、バイトに行って、また夜もカルメンを観るんだろうか。長いから観ないかもしれない。3時間もある。ヘッドホン付けて観ながら眠るってことになるんじゃないかな。
 小説を書くって活動が無いと僕の頭は時間の上でダラダラ伸び切ってしまって駄目だ。メリハリたるやつがない。

 しかし、カルメンの音楽が耳に残って今も頭の中をぐるぐるしていて困っている。

 ま、そんなこんな。
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2009年11月02日

お金の話とちょろり学

 朝からジャグリングがあって、夜はバイトがあって、わたしゃクタクタなんです。でも、これで友達の結婚式に祝儀を持って行けるし、やっと教科書が買えます。さらに、お茶道具も買いに行けますし、フィガロの結婚のDVDも買えます。最近なぜかフィガロの結婚を観てみたかったのです。CD棚が一つ欲しいんですがそれはちょっと調子に乗りすぎです。たまにはおっぱいパブやテコキ屋さんにも行ってみたいですが、そんなお金はありませんし、ま、そんなところに行かなくても僕の毎日はおっぱいパブにテコキ屋さんなので問題ありません。どういう風におっぱいパブにテコキ屋さんなのか、頭の中がです。僕の頭の中ではおっぱいより柔らかでテコキより刺激的な考えが大抵いつも泳いでいるのです。そんなわけで頭の中に引きこもれる睡眠や、煙草に珈琲という活動は一番楽しいです。お茶道具が手に入ったらさらなるバリエーションができます。
 しかし、お金があるといろんなことができます。嬉しいです。ただ、お金があっても良い小説は書けませんから、無けりゃ無いで構わんのですが、まあ、やはりある方が嬉しいです。髪も切れます。駅前の激安散髪屋さんで「浮浪者チックな感じに伸ばしたいので、とりあえず頭がかゆくならない程度にすいて下さい」なんて頼めます。散髪屋さんは「長さは変えない感じですけば良いんですね?」なんて答えるわけですから「最近前髪がはげてきてるから前髪は一本たりと切らないで下さい」なんて言うと黙って仕事をします。
 かくいう僕も「にいちゃんピザ持ってきてくれ」なんて頼まれたら「はい、かしこまりました」なんて言いながら歌を歌いながら配達に行かねばならないわけです。何せバイト代をもらっているわけですから。
 しかし、「にいちゃん、金やるから大道芸やってくれ」だの「にいちゃん、金やるから小説書いてくれだの」言うことには僕は応じるとは限りません。そりゃ正直なとこ金も欲しいですが、そういうことは元々好きでやってることなんだから、別に気が向かなけりゃやらんです。まあ、そうは言っても大抵の場合は気が向きます。むしろ、無料でやってることもしょっちゅうあるわけですから。ただ、明らかに馬鹿にされているだとかそういう場合はやらんわけです。ピザならバイト代さえくれりゃヤクザのところでも配達しますけど。
 まあ、誰にだってそんなことはあるものでございます。「ねぇちゃん、小遣いやるからおじちゃんと気持ち良いことせんか?」なんてことには首を振る女の子がほとんどでしょう。この場合はプライドたるやつです。「にいちゃん、小遣いやるからこのボストンバックを駅のコインロッカーの中に入れて来てくれや」なんてのも首を振る人は多いでしょう。この場合は法律です。「にいちゃん、小遣いで百円やるから町中の犬のクソを拾ってきてくれや」なんてのは、リターンの低さです。ま、実際はそれらの理由なんてのには罪悪感だの背徳感だの嫌悪感だの、いろいろあるんでしょうが、ま、要は「やりたくないからやらん」というわけです。
 学生だから甘いことを言っている? いやいや、何を甘いことを言っているんですか。学生だろうが、社会人だろうが、ニートだろうが、乞食だろうが、人間なわけです。金はある程度必要ですし、誰かに養ってもらうにはそれ相応のこともあるわけです。
 近くの医大の二十歳くらいの学生がベンツに乗っていたら確かに腹も立ちますが、そりゃそいつには“ベンツに乗る運”があっただけの話です。運という要素を無視する人間は甘いのです。どんなに凄いトレーニングをしてきたアスリートでも最後の勝負の瞬間は運です。むしろ、そういうハイレベルなことこそ運の要素が強いわけです。勿論、我々の庶民的生活にも運は力を及ぼします。
 まあ、運は置いておいたとしても、医大生には医大生の悩みがあり、留年中堅大学生にも悩みがあり、幼なじみのご近所のヤンキーぷーたろー君にも悩みがあるわけです。どの悩みが高尚かどうかなんてのはどうでも良い話で、やはりみんな苦労もしているのです。
 だから、学生だから甘いのだよ、なんて考えを持つ人間なんてのはそれこそ甘甘なのです。僕は甘いものは好きですが、脳味噌が溶けて出たような馬鹿の甘さってのは嫌いです。

 しかし、ま、お金の問題ってのはなかなか大きな問題です。なかなか捉えられない。正社員になった経験が無いからかお金に関する引き出しは少ないですから。確かにそういう点では甘いです。でも、学生だから甘いんじゃなく、その経験が少ない分甘いってだけです。単に経験の差だけです。大道芸でお金を稼いだことの無い社会人は僕よりも甘い部分があるってわけです。
 お金の問題についてはまだまだ勉強が必要ですな。

 最近、ここ4年分の日記をまとめて何か本を書いてやろうかと画策しております。ちょろり学ってやつです。それは単に趣味なんで誰に読ませるわけでもないですが、良い小説のネタ帳ぐらいになれば良いなと思っていたり。とりあえずお金の章はどんな具合になるのやら。

 ま、そんなこんな。
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2009年11月01日

人に見せる

 今日はルーキーたちを引き連れジャグリングに。なかなか上手く行った。何が上手く行ったってルーキーたちが楽しくステージを踏めたということだ。
 ジャグリングで大事なことっていろいろあると思うけど、やはり“人に見せる”ってことだと思う。いや、ジャグリングに限らず何でもそうだ。人に披露するってこと。これはとてもしんどいことだが、価値有ることだ。
 極論すると一人でやるんならどんなに上手かろうが下手だろうがどっちでも良い。一人でやるんだから自分だけが満足すれば良い。それはそれでたしなみがある。例えば自転車とかジョギングとか仙人修行とか。一人でやることにはストイックさというのがある。それはそれで重要なのだ。
 しかし、それを人に見せるというのは更に上のレベルである。バッティングセンターで毎日ホームラン賞を100回以上取るおじさんと、成績は冴えないが一軍でプレーするプロ野球選手、当然プロ野球選手の方が上だ。物凄く学問ができるサラリーマンと、いまいちうだつは上がらないが毎年何かしら論文を書き上げる研究員。やはり研究員なのだ。
 見せる人ってのは恥をかく、叩かれる。そんなものは当然分かっていてもやる。見せる人ってのは立派なのだ。見せるだけでも価値がある。
 別に下手くそだろうが人前で見せる。それが大事だ。
 できるなら、恥をかくとか叩かれるとかそういうことを全く考えず、ただ、『自分以外の人間に何を見せるのが最も良いか』を考えれるってのがベストだと思う。そういうところで技術云々なのだ。
 とりあえずはルーキーたちが人前で見せることに成功したんだから素晴らしいことなのだ。きちんとステージに立って活動したんだから立派な岡山大学ジャグリングサークルだ。地域の保育園の祭りで園児を楽しませる、なかなか素晴らし過ぎるよ。
 そんなわけで神様、僕は真面目に生きてるから単位を下さい。贅沢は言いません、普通の人並みに生きたいのです。人並み以上のことのためには自分で努力しますから、人並みまでのことは神様お願いします。ふう、人並みまでのことも自分で頑張らねばならないのか。

 しかし、明日もジャグリングでその後にバイトで、ああ休む暇が無いよ、ああ、というやつだ。ああ、難儀なことよ。ああ、難儀、難儀、と言っていても難儀にしかならないので、裸体のブラジル人のサンバでも想像しながら歩こう。
 しかし、僕は裸体のブラジル人にはなれないのだ。もしなれたとしても、きっと僕は自分に喜びは抱けない。裸体のブラジル人じゃない僕しか、裸体のブラジル人に喜びを抱けるのだ。だから、僕はリオのカーニバルには一生行かないだろう。裸体のブラジル人を夢見て暮らす。

 しかし、最近、僕はなかなかの大嘘付きなんじゃないだろうかと思う。きっと僕は自分の思っていることすら分からない程に嘘を付いてしまったのだろう。
 ま、よく分からない。

 そんなこんな。
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2009年10月31日

ジャグリング祭りと吐き出し

 なぜか今週の土日は合計で4本以上ショーをやることに。燃えるジャグリング少年だ。
 場所は岡山市のガス屋さんの展示場と保育園のお祭り。何だか季節外れみたいな妙な時期にあるなと練習していると、ああ、ハロウィンなのですね。なるほど。男女乱れて明日の仮装の準備なんざしてキャッキャッ言ってやがらぁ。
 かたや僕の方は最近は珍しくセブンボールを熱心に練習している。フラッシュぐらいは段々できてきた。そんなに燃えるつもりも無かったんだが結果として燃えている。来週からはクラシックギターを真面目に教えてもらう約束もしている。魔笛っちゅう曲を弾きたいのだ。何だかどんどん妙な遊びばかり上手くなっていく。何かを間違えている気もする。僕もたまにはキャッキャッ言うべきだろう。
 キャッキャッキャッキャッ。
 日記にも絵文字を入れるべきだろう。「どの絵文字使うか考える暇があれば、もっと面白い文を書けば良いのに」そんな考え方ではキャッキャッ言えないのだ\xF8\xB4
 キャッキャッキャー\xF6魯ΕD礇DDDDDD哀\xAEギギグギギギあんちゃーん\xF8\xB4

 はて、昨夜は久し振りにお酒をたしなみすぎて、肺が痛い。胃腸が重たいのは勿論ながら肺が痛い。
 最近読んでいる大江健三郎「個人的な体験」の主人公の鳥(バード)君はかつてウイスキーに溺れた一ヶ月で大学を辞めている。僕はお酒がとても弱くてすぐ酔うくせに飲むのでお酒に溺れるというのがよく分かる。個人的な体験は本当に今の僕に染み渡る良い作品だ。
 良い作品を読んでいるととても世界が充実する。時々、山にこもってゆっくりと本を読みたいと思う。きっと全ての読書家がみな夢見て、結局やらないことの一つだろう。
 一人暮らしの頃、僕の家にはテレビが無かった。パソコンはネットがつながっていなかった。そこで生まれて初めてのまともな小説を書いた。一人暮らしを辞めるまでにもう一本書いた。
 結局、一年間だけ暮らし、大学を一時離れ実家に戻り、今は実家から大学に通っている。二本の小説たちは箸にも棒にもかからず落ちた。僕はその部屋で何をしていたのだろうか。よく思い出せない。本を読んでいたし、ジャズも聴いていただろうし、ギターもよく弾いたし、安いワインとウイスキーをちびちび舐めていた。だけど、それだけで一年間という時間はすっかり埋まってしまうのだろうか。
 一人暮らしをする前までは詳しくは書かないけど毎日絶望していて、一人暮らしをした一年のことを僕は思い出せない。大学から離れていた半年は働いていて、今年は小説を書いている。昨日は久し振りに酒を飲みすぎた。今日はジャグリングの練習をした。
 ん? 結局今年も小説を書いているしか覚えていないぞ。
 大学の四年間がもう少しで終わり、五年目の大学を迎えようとしている。結局小説を読むぐらいしかしてなかったのかもしれないが、ぎこちない笑い方を覚えてしまったように思う。代わりに人に対して嫌な顔をしなくなったとも思う。つまり、我ながら人との接し方なるものをきちんと学んだらしい。
 接し方というと、人を笑わせられるようなことが少しずつできるようになった気がする。
 ナルシストなので自分は大したものだ、なんて思ったりもする。
 かつて周りの大人たちが僕の大道芸、ジャグリングを凄く誉めてくれたけど、当時はさっぱり分からなかった。何せ大道芸なんかしていても同世代の女の子にはモテない。ただ、最近は何となく分かるようになってきた。
 僕の大学四年間をクソ呼ばわりするやつがいるけど、僕は大道芸をして人を楽しませることができるようになったわけで、大道芸ができない人間よりもその点では僕は遥かに優れている。だからって全ての点で僕が優れているわけじゃない。相変わらず僕は女の子にはモテないし、最近は女の子の素肌を見ると吐き気が来る。性欲と嫌悪感が混ざって胃にやって来る。そんなわけだから、優れているどころか駄目な点は多い。

 そんな感じをベースにした大道芸人の小説を書こうかななんて思っている。とうとう大道芸の小説を書くべき時が来ているのかもしれない。
 よく分かんないけど吐き出しの時期なのかもしれない。最近、ちょっと文体も掴みかけているし、まあ、本当に良い時期ってやつなのかもしれない。今年は当たり年ってやつなのかね。

 とにもかくにも明日、明後日のジャグリングを頑張ろ。そろそろステージももう一段階レベルアップさせたいですな。7ボールフラッシュうぃずローラーボーラーとか? 持ち運びが楽な道具が良いですな。ナイフとか火吹きとか? 何か無いかしら。ショーの締めに使える派手なのが欲しいですな。

 ま、そんなこんな。
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2009年10月30日

Yさんちにジャズがあれば

 バイト先の友達、Y君。彼驚く程酒強い。年下のくせにザルかね。
 初めは先輩風吹かせていたが、気付けばひいひい言いながらも後ろを付いて行く。
「すみませんYさん。勘弁してください」
「いえいえ福田さん、御謙遜をば」
「それでは、お一つ頂きましょう」
 気付いた頃にはYさんの自宅にて女の子も一人増えている。Yさん女の子には優しい。ジェントルマン。
「Yさん寝られますか?」
「明日はバイクの申請をしに行くんです」
 酒を飲むと寝付きの悪い僕は女の子を眺めながら、残った日本酒を飲む。これがなかなか美味い。女の子とのトークは下手くそだから女の子もしばらくすれば眠る。
 Yさん洒落たものでアート・ペッパーの名盤を持っている。二人とも眠っているから勝手に流す。アート・ペッパーのミーツ・ザ・リズムセクションこれは素晴らしい名盤。アート・ペッパーは良いのです。是非、ご賞味あれ。
 ベットに寝たいが、女の子が眠っている上に名盤に聴き入る。ここで男なら女の子にルパンダイブ? いえ、アート・ペッパーにルパンダイブ。
 頭が痛い。たとえ、世界の男たちが僕を間違えていると言っても僕はジャズを聴く。痛い頭を揺らしながら。
 女の子は平和に眠る。
 昔の恋愛を思い出して少しばかり悲しい。次の小説はどこに落ちているだろう。
 ごめん、何だか悲しい週だ。

 でも、僕はジャズを聴く。信じたものは死ぬまで信じたい。嗚呼、遠くに自転車をこぎたい。お酒美味しい。素晴らし過ぎる。
 またYさんちにはお邪魔させて頂こう。

 ま、そんなこんな。
posted by ちょろり at 03:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする