2016年04月27日

山の電話線。

四月二十三日。

電話線を張るなんてのは、昔の戦争映画で通信兵がせっせと電話線のリールを転がしてやっているくらいのイメージだが、山小屋では相変わらずやる。ただし、リールはないので、よく焼きそば状態になる。
もちろん、稜線の小屋ではしない。僕の暮らす中継地点の小屋特有の仕事だ。

今年は暖かく雪が少ないので、電話線を張るのが難儀だとソーさんは言う。
ソーさんは、かつて働いていた頃にもお世話になった。今や若くして支配人である。確かまだ三十前半じゃなかっただろうか。
山小屋の支配人というのはすごい。その山域の全てを知らねばならない。人望や仕事の能力全てに優れていないといけない。

普通の人は雪がある方が作業が大変と思うかもしれないが、電話線を張るときには、雪が無いと、藪こぎになる。
藪こぎっていうのは、藪をかき分けて進むわけだ。
山には熊笹なる笹が生えている。
竹、笹というのは植物の中でも物凄く進化しているやつらで、物凄く強い。
通常の植物は一つの種で、一つの幹なり茎なりが伸びて、葉を付け、花を付ける。
しかし、笹の場合、一つの笹が一つの藪を作る。
笹だと少し分かりにくいかもしれないが、竹林も同じだ。あれは、全部一つの竹なのだ。根っこで全部つながっている。
そして、彼らはすさまじく固い。
それでいて軽量だ。

どんどんと笹竹に関する余談が進むが、竹林というのは数十年に一度、一斉に花が咲いて、枯れる。これが金色のような花だそうだ。かつては、その花から落ちる種子は貴重な食料だったそうだ。
そして、同時に災厄の予兆でもあった。
鼠などの農業上の害獣にとっても素晴らしい食料であるため、竹林が花開いて数年は飢饉が起きやすかったそうな。

山に生えているのは熊笹である。
まあ、笹だ。
こいつらが優秀なのは、極寒の重たい雪の下でも平気で越冬する。
雪解けとともに現役バリバリでまた伸びてくる。
細いので、竹のように固くはないが、竹と同じ構造の茎なので、非常に強い。
斜面を登るときには、熊笹を握れば、全体重をかけても、まあ、まず千切れることはないし、もちろん、その程度で細胞が傷んで枯れることもない。
とにかくタフな植物だ。

今年は暖かいので、今の時期でも、僕らの身長くらいの高さまで茂っている。

雪があれば、こいつらは雪の下で寝ていて、その上をてくてく歩いて電話線を張るだけなのだが、雪がないとこいつらの間をかき分けて進まねばならない。

焼きそば状態の電話線が、また熊笹先生にひっかかる。
歩いても二十分程度の距離を朝から夕方までかけて電話線をつないでいった。

昼のカップ麺とおにぎりが美味しかった。

まあ、そんなこんな。山の生活が始まっている。
ヘリコプターでびゅーんと入る。
僕の働く小屋は谷間の小屋で、ヘリコプターはその手前の横尾尾根って言うのをこえる。
尾根を越えた谷間に小屋があるので」、」尾根を越えるためにぎゅっと上昇してからぐーんと下る。
これが乗り物酔い、高いところが苦手な僕には実に参った。
それでも、ヘリが尾根を越えて少しすると小屋が見える。
何も変わっていない。
ヘリで入るのは初めてだったが、かつて働いていた頃と全く何一つ変わりない。

昔働いていた頃よりも電波が良くなっているらしく、日記も書けそうな。
まあ、せっかくの山なので日記を書くのも面倒なので更新するんだか分からないけれど。

バイトの頃と違って部屋が広い。
実に快適。

かつて一緒に働いていた人は、そーさんだけだった。そーさんも今や支配人。若くして小屋の支配人、そーさんはすごいのだ。
大学の頃からずっと山で働いている。

そして、そーさんは料理も美味いのだ。
今回、山に戻ろうと思えたのは、そーさんが軽い感じで、
「いつでも戻って来いよ」
と言ってくれたからというのはとても大きい。

そう、山に行くじゃなく、山に戻るなんだなとしみじみ思えている。
ここはとても居心地が良い。
嫌なことが何一つない。
ちょっと嘘くさいと思うほどに。

雪かきをして、今年は雪が少ないので、二日目にして水の確保も、風呂のボイラーの設置も出来た。
明日は早くもお風呂に入れる。
そう、この小屋は日本でも数少ない風呂に入れる山小屋なのだ。すぐ隣に沢があるので、水に困らないのだ。

アフリカに向けて良い日々が始まりつつある。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 19:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

山の生活が始まった。

四月21日。

山の生活が始まっている。
四月の十九日にヘリコプターでびゅーんと入る。
僕の働く小屋は谷間の小屋で、ヘリコプターはその手前の横尾尾根って言うのをこえる。
尾根を越えた谷間に小屋があるので、尾根を越えるためにぎゅっと上昇してからぐーんと下る。
これが乗り物酔い、高いところが苦手な僕には実に参った。
それでも、ヘリが尾根を越えて少しすると雪の中に小屋が見える。
何も変わっていない。
ヘリで入るのは初めてだったが、かつて働いていた頃と全く何一つ変わりない小屋が山の中にぽつんとある。

昔働いていた頃よりも電波が良くなっているらしく、日記も書けるかもしれない。
まあ、せっかくの山なので日記を書くのも面倒なので更新するんだか分からないけれど。
と、思ったら、やっぱり電波はなかった。
向かいの山にドコモの電波の基地局があるらしく、そこのスイッチが入って、うちの小屋の電波の増幅器もスイッチを入れたら、電波もいくらか入るらしい。
まあ、また、電波が入ったら上げるとしよう。

バイトの頃と違って部屋が広い。
実に快適。

かつて一緒に働いていた人で残っているのは、そーさんだけだった。そーさんも今や支配人。若くして小屋の支配人、そーさんはすごいのだ。
大学の頃からずっと山で働いている。

そして、そーさんは料理も美味いのだ。
今回、山に戻ろうと思えたのは、そーさんが軽い感じで、
「いつでも戻って来いよ」
と言ってくれたからというのはとても大きい。

そう、山に行くじゃなく、山に戻るなんだなとしみじみ思えている。
ここはとても居心地が良い。
嫌なことが何一つない。
ちょっと嘘くさいと思うほどに。

雪かきをして、今年は雪が少ないので、二日目にして水の確保も、風呂のボイラーの設置も出来た。
三日目で早くも風呂に入れた。
そう、この小屋は日本でも数少ない風呂に入れる山小屋なのだ。すぐ隣に沢があるので、水に困らない。
足を伸ばせる湯船は嬉しい。
平地と比較しても素晴らしい。
出費ゼロ円というのも良い。

気温は、まあまあ寒いけれど、今年は暖かい方で朝でも0度前後だ。四月としては寒いかも知れないけれど、平地の冬と大して変わりない。

そう、山小屋ってのは、案外、良い生活が出来る。
もちろん、小屋にもよるし、人間関係にもよる。
僕が今の小屋で快適なのは、初めて来た歳に一緒にバイトで入ったキムねえっていう人が偉大だったからというのは大きいと思う。キムねえは人間力の塊のような人で、キムねえが一人いるだけでその場の空気が変わる。延々と下らない話をし続ける。
まあ、言うなればオバタリアン気質なのだ。
ただ、単なるオバタリアンではなく、いろいろな経験の引き出しもあるし、仕事も出来る。
僕が一人で来ていたって、まあ、それなりには覚えてもらえたかもしれないけれど、今ほど周りからきちんと覚えてもらっていて、良くしてもらえることはなかったと思う。キムねえの力は大きかったと今でも思うし、感謝している。キムねえも多分夏には山に来るだろう。キムねえは神出鬼没だ。

それでも、東京の日々を懐かしくも思う。
自転車屋さんの仕事はやはり素晴らしかった。
給料面や休日面で苦労はあったが仕事としては素晴らしかった。
お客さんも良い人たちだった。
仕事帰りに昭島で飲んでも楽しかったし、福生の夜も楽しかった。ジローさんは実に凄い人だった。
福生って言うのは吹き溜まりのような町だ。少し説明が難しいのだが。人間くさい。理不尽とかヘンテコとかがよく似合う町だった。人間のにおいがする町だ。
山小屋って言うのは人間くささがない。
東京にはまさやさんもいた。
休日には最高に素晴らしいロードバイクに乗っていろんなところに行った。
時々、夜、友人も遊びに来てくれた。

まあ、全ては得られないんだろう。
東京には東京で良いところがあったし、山には山で、もし故郷に帰ることがあれば、やはり故郷にも良いところがある。
どうしても全てを手に入れる事はできないんだろう。
自転車と同じで何台も持っていても結局1度に乗れるのは1台だけなのだ。

アフリカに向けて良い日々が始まりつつある。
この日記をアップロード出来るのはいつの日やら。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 19:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月17日

とりあえず。

松本の丸善にてアチェベの崩れゆく絆を手に入れて。
明日はあれこれ事務所で研修とかなんとか。
明後日には入山だそうだ。

銭湯に入って、ビールを買って。
山に入ればしばらく町の生活とはお別れだ。まあ、別に風呂なんか毎日入らなくて良いし、携帯も通じない方が気楽だし、本は数冊あれば十分だし、まかないで焼酎はもらえるし、別段、困るようなことはないのだけど。
確かに少々不便はする。
煙草が売ってないとか、Amazonでポチれないとか。
でも、厄介なことは無い。
山の暮らしは気楽だ。

昔、働いていた頃にはマンテンさんというおじいちゃんがいた。
感じだと満天だったろうか。
頭を綺麗に刈り込んだ北斗の拳に出て来そうな雰囲気の体格の良いおじいちゃんである。
夏は山で三ヶ月ほど働き、山が終わると、アメリカに行き、レンタカーで国立公園をまわってキャンプするのだそうだ。
満天さんの過去のことは知らないけれど、多分、山での気楽な生活、もちろん、仕事は一生懸命するんだけれど、山小屋で働かないと、他ではお金を出しても買えない生活、時間、空気みたいなものが好きだったのだろう。
満天さんは、僕に平地で働いて奥さんもらわんとな、と言っていたけれど、気付くと僕は山に戻っていた。

ぼんやりと、はて、これからの人生どうしたもんかな、などと考えてみることもあるが、まあ、何か小説でも書きつつ、目の前にある日々の生活を順番にやっていけば良いんじゃないかな。
どうなんだろう。
まあ、何にせよ出来ることと言えば、そのくらいなので、とりあえず小説を書こう。
先月までやっていた作品は90%くらいまで進めたけれど、どうしても最後が分からなくてボツにしてしまった。またいずれ加筆修正して完成させれば良いか、なんて。

生活も変わるし、今年は一本、文学賞に送れるようなきちんとした作品を書きたい。
文学賞なんか送っても、もう、出版業界も元気がないらしいので、あまり意味は無いのかもしれないけれど、文学賞に応募できる程度の完成度っていうのは、今でもボクの中で一つの基準だ。

とりあえず、アチェベが予想外に結構おもしろい。
山に入る前に読み終わってしまうかもしれない。

まあ、とりあえずね。とりあえず。目の前に順番に降ってくることを、出来るだけののとをやって進めていけば良い、多分ね。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 18:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月16日

自転車に良いカメラ?

今回から一眼レフを使って写真を撮っているのだが、いまいち良い写真が撮れない。
ファインダーをのぞいて構図を取るということに慣れていないせいなんだろう。

自転車で写真を撮るというのも実にいろんな方法があるだろうが。
自転車の場合、案外、風景写真というよりスナップみたいなものが多いと思う。
風景写真の場合、ある程度、良い風景の撮れるであろうスポットに当たりを付けて行くけれど、スナップは歩いて探して切り取るといったような雰囲気だと僕は勝手に思っている。

そう考えると、やはり自転車には一眼レフより防水、耐衝撃のアウトドア系のコンデジが良いのだろう。
僕はオリンパスのタフシリーズを使っている。
一台目は落として液晶が壊れたが、しばらくは使えた。
今のは二台目。
本当にかなりラフに扱っても平気だ。

あとは、HDR撮影についてはコンデジの方が優秀な気がする。
HDRとは、複数の写真を高速で撮って、明るさがうまく見えるようにする昨日だ。
自転車の写真の場合、自転車は日陰にあって、背景は日なたということが多い。自転車の方に光を合わせて撮ると背景が飛ぶ。後ろに合わせて撮ると、自転車が暗くなる。
HDRならそれが解決する。
でも、一眼は物理的にシャッターを切らないといけないので、どうしても複数の写真を高速で撮ろうとしても少しの手ブレでまったく駄目になってしまう。
コンデジは割と雑にやっても、そこそこ綺麗に撮れる。

まあ、コンデジはさすが技術無しでもボタンを押すだけで綺麗に撮れるよう作られているだけある。
一眼の方が綺麗かと言うと、パソコンで見てないので分からない。
カメラやスマホに表示されるサイズでは、まったく遜色なく見える。

今回は一眼レフをオルトリーブのフロントバッグに入れて、コンデジはリュックの肩ひもにケースをつけてはめている。
やはりコンデジが圧倒的にアクセスが良い。
スマートフォンのカメラも便利は良い。ただ、電池のことなど考えなくてはいけないので、やはりコンデジが便利だ。

良いなと感じる風景の瞬間にすぐ撮れる。
自転車の場合、すごく大事なことだろう。

でも、一眼レフをメインで使うようにしてみようと思う。
せっかく買ったので、というのもあるけれど、自転車でもロードバイクが一番速いように、カメラも一眼レフがやはり一番性能は高いはずなのだ。
ロードバイクに乗らずに、「ロードバイクなんてレースのための乗り物だから普通の人には必要ないよ」なんて言うのはちょっとイマイチなのと同じように、一眼レフをきちんと使い込まずして、うんたらかんたら。

ただ、一眼レフはやはり持ち運びが難儀する。
ツーリング車の場合、オルトリーブのフロントバッグなんていう便利なものがあるけれど、ロードバイクの場合、なかなか難しい。
僕はロードの場合はカメラは裸のままレンズキャップだけ付けてたすきがけにしていた。
結局、すぐ撮れて、荷物としてもさほど邪魔というわけでもないとするとそのやり方になるんだろう。
カメラには優しくないけれど。僕のは安物なので、割と安心している。壊れたら新しいのを買い換えか、或いはやはり一眼レフが肌に合わないと思えば、それはそれで良い。

それでも、やはり自転車はロードバイク、カメラは一眼レフこそがそのジャンルの一つの頂点であるはずだ。
技術や工夫は必要かもしれないけれど、一眼レフを使いこなせるよう頑張りたいところ。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 22:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

若者には暇がある。

諏訪のゲストハウスが満室だったので、峠を登り、塩尻へ下る途中の公園でまた野宿している。松本までいってしまっても良かったのだが、程よい公園に程よい屋根があったので。
夜遅くに着くと、それはそれでまずいのだ。山で働く人は早寝の人も多い。

こんなことを言うと長野の人には怒られそうだが。
やはり田舎になると、車をぶるんぶるん言わせて、ぐるぐる駐車場の中を何周もする人が増える。
東京なんかはそういうことをできる程の場所もないからか、あるいは僕が知らないだけなのか。
それでも、やはり田舎には多い気がする。
多分やることも無くて暇だから、買いたての車でぐるぐる回ってるんだろう。ガソリン代とジュース代、煙草代くらいしかかからないし、そういうのを喜んでくれる女の子も世の中にはいる。

まあ、若者ってのは暇だ。
車をぶるんぶるんしてみたり。
僕だって、まあまあ、暇だ。
自転車で野宿してみたり。

でも、今より若かった頃は、もっと暇だった気がする。
何だか絶えず誰かと遊んでいたかったような、何かしたいような気がする。
野宿なんかでも、ちょっとした旅人の出会いなんてものを求めていた気がする。
今は、まあ、どっちでも良い。誰かいれば、それなりに話すし、いなければさっさと飯を食って、文をまとめてみたりして眠る。
野宿に限らず、昔ほど暇でそわそわするってことは減ったと思う。

多分、割とみんなそうなんじゃないかな。歳喰うと暇じゃなくなってくる。

単純に残りの時間の問題なのかなと思う。
昨日、高尾まで見送りしてくれたトムさんなんかが分かりやすいかもしれない。
74歳なので、何事も必死だ。楽しむことに対して貪欲だ。美味い飯の話を聞けば行くし、自転車もせっせと練習する。今でも女の子がかわいいだのなんだの、最近、朝立ちするようになっただの、まあ、パワフルだ。

それでも、トムさんは多分暇というのは感じていないと思う。
もちろん、今は仕事はしていないので、時間はあるけれど、どうでも良いことに使う時間って言うのはないだろう。何せ残りの年数が見えている。
トムさんに限らず、一見時間を持て余している老人たちは案外暇では無い。
それなりに自分にとって価値があると感じるものにしか一生懸命にはなりにくい。
時間が余ったからと言って、老人全員がゴミ拾いのボランティアをするわけではない。ゴミ拾いする老人はゴミ拾いに何かしらの価値を見出している、社会貢献をすることで、自分の存在意義みたいなものを確認しているのかもしれない。

若者は逆に残りの時間が膨大にある。
だから、何かしようかなとそわそわする。
別に意味があるかないかは関係なく、余った時間を何でも良いから、何か行動で埋めたい、と。
車でぶるんぶるんしたり、自転車でぶらんぶらんしたりするわけだ。

そう、歳を取ると、無意味や無価値に見えるものに反応しづらくなっていく。
若者の素晴らしいところは、何でも良い、目の前にぶら下がった何かに当人も意味が分からないままでも夢中になれる。
打算的じゃ無い。
もちろん、車で駐車場をぶるんぶるん何周もするような実に無駄な行為もあれば、案外、誰も気付けなかったような面白いことや便利なものを見付けてしまうようなやつもいる。

田舎の若者がぶるんぶるんと車を走らせるのは、案外とても大事なことなのかも知れない。
そういう中での会話や空気感だとか。
誰に教わるでもなくみんなしてるぐらいだから、やっぱり何か本能的なものがあるんだろう。

それにしても土曜の夜なので、実にぶるんぶるんが多い。
何かの集会とかが始まったらどうしよう。
眠るだけか。
眠っていれば大丈夫。
世の中、眠っていれば必ず朝が来て目がさめるだけ。
目が覚めないこともあるのかもしれないけれど、まあ、あまり深くそういうことを考えていては何も出来なくなる。
もちろん、最低限のラインだけ守らねばならないにせよ。
まあ、きちんと地球は回って朝は来る。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 21:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月15日

まさや先生の偉大さ。

久し振りの野宿は楽しい。
ゴルフ場の近くの空き地。トイレが無いのが少し不便だが、人は全くいないし、星も悪くない。
飲み残しの魔王を湯で割って飲んでいる。

早朝にまさやさんが最後の別れを告げに来てくれた。仕事前に来てくれた。
仕事に行くまさやさんと駅まで一緒に行き、改札のところで涙が出て来て参った。
男同士の別れで泣くなんかホモか、ってくらい自然に涙が出た。
割と僕はさらさらしている人間なので、人と別れる時でも、挨拶をして、伝えるべき事を伝えたら、あとは縁次第、その後も連絡を取り合う人もいれば、そうでない人もどうしたっている。
だから、そんなに自然に、しかも駅なんかで涙が出たのには自分でも驚いた。

それでも、まあ、それもそうかと納得する。
まさやさんは昭島での心の支えだった。
お互いに心から尊敬し合った。
大人になるとそういうことってなかなかない。
もちろん、他にもたくさん仲良くしてくれた人はいたけれど、出発の朝、わざわざ仕事前に来てくれるなんてのはやっぱりまさやさんだけだ。
まさやさんという人間に深く心打たれた。
仕事も天才的だったし、知識も、筋肉も、生き様も、全てにおいて天才的だったし、何より人間くさかった。
彼は本物の天才だったし、同時に僕のことを本物の天才だと思って接してくれた。

まさやさんの偉大さ、ありがたみに、最後の最後でしみじみ気付いた。

退去の立ち会いをして、意外と結構良い値段言われて、店に最後の挨拶によって、トムさんとランチをして、高尾まで一緒に走ってくれて、お茶して、別れを告げた。
トムさんはもう74歳だ。次に会うまで元気にしていて欲しい。
トムさんにも本当にお世話になった。
74歳の友人がいるというのは良い。いろいろなことに触れられる。

荷物を明らかに積み過ぎた自転車は全然坂を登ってくれなかった。久し振りに自転車を押して歩いた。
このルートはパタゴニアから帰ってきたとき、成田から岡山まで帰るときに走っているルートだ。それ以外もロードバイクでも何度か走っている。
何だかとても懐かしかった。
天気も素晴らしく良かった。
それから、かつて考えていたことを思い出したりした。
でも、かつてほどネガティブではなかった。まだ疲れてないからかもしれないけれど、多分、いくらか僕も生きていく術を身に付けたのかもしれない。タフに生きる方法をいくらか。

明後日は雨だそうだが、まだ150キロほど松本まであるので、明日の到着は難しいだろう。
いかんせん、荷物が重すぎる上に山間のルートだ。
でも、少し無理をしてでも、明日の到着を狙いたい。

野犬がヒョンヒョンと外で鳴き始めた。
特に対策できることもないので、さっさと眠ろう。

ま、そんなこんな。
posted by ちょろり at 21:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

とことんまで。

オリーブと焼酎を食べている。食品は出来るだけ捨てたくない。
だいたいのものを捨てた。
真の断捨離だね、などと誰かが言っていたが、多分、また生活すれば溜め込むんだろう。
もうすぐクロネコヤマトが荷物を取りに来てくれる。あとは全てゴミに出して。
昭島シティーの日々が終わる。
そうこう言ってたらクロネコヤマトもやってきた。

久々に自転車に旅の装備を付けたら腰が砕けるかと思うほど重かった。
山にこもるのでそれなりの荷物の量になる。
それでも、山にこもるのだって、荷物なんて減らそうと思えばいくらでも減るのだ。一人で雪山に入るわけじゃないのだから、最低限の荷物だけ持てば十分なのだ。
でも、たんまり持って行く。

一つに旅の自転車とは物が多ければ多いほど良いという間違った考えがある。
そんな考えは間違っているのだが、ただついつい不思議と重たくしすぎた下手なパッキングににやにやしてしまう。

皮のサドルはまだ馴染みが出ていないので松本まで行くのが実につらそう。
昔はそんなことも分からなかった。
いろんなことが分からなかった。

自転車のことだってそうだし。
もっと遙かに遠くの何かを分からなかった。
今も多分そうだ。

でも、昔分からなかったことを今は理解しているかは別にせよ、分かってなかったということは分かっている。

嗚呼、楽しいことがしたい。
死ぬ程ね。
心から死ぬほど。
本当に死んでしまうほどに。
作り物でもない、空気を読むでもない。
地面から生えてきたような。
空から降ってきたような。
一種のララバイとか、イデアとかそんかもんか。
いや、違うな。
二番煎じの鮮度の落ちた楽しいことも悪くはないけれど、取れたての生えてきたばかりの、降ってきたばかりの楽しいことだ。

結局、ぼくは思うんだけど。
探検家が減ってしまったんじゃないかな。
ついつい、地図に書かれた道だから、誰かがすでにやっているルートだから、有名人の物まねだから。

そんなことを考え出すとキリがないんだ。
安部公房だって、なんだかんだでヨーロッパのシュルレアリスムの物まねだし、芥川は漱石門下だ。
真似をするのか反発するは別にして、だれかの真似になるってのはどうしても避けられない。

前に立つって恥をかくことだ。
大道芸をしている頃からずっとそう思っている。
ステージに立って事じゃ無い。
誰かがしてない何かをするってのは、恥をかくことだ。
前に立ってない人間はステージには立てない。普通の人間は普通の人間をわざわざ見たいとは思わない。

恥をかくのは馬鹿なことだと考える人が増えた。
確かに、馬鹿な恥かきもいる。
でも、若い人ならとことんやれば恥は恥じゃなくなる。
年老いた人は分からない。でも、とことんやれれば恥じゃない。
ただ、残った時間なんかの問題で、やはり若い人は強い。
十年前にしていれば馬鹿だったことも今は違う。また、十年後も違う。
ただ、とことんやるとどこかに突き当たる。
そこまで行けばそっちのもんだ。

多分、そんなもんなんだ。
きっと、ね。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 02:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月13日

利己主義であるべきこと。

まさや先生の会が終わって、出発の準備が整った。
まさや先生は本当に巨人だ、偉人だ。

本当の意味でどこまでも利己的でないといけないんだろうな、なんて思ったりした。
利己主義は世界を滅ぼすとは言うけれど、利己的であることが必ずしも他人に冷たいとは限らない。
自分って言うのは、案外、あるようでない。
アイデンティティなんてのはない方が普通なのだ。
周囲ありきだ。

人間にせよ、ほかの動物にせよ模倣というのはとても大事な能力の一つだ。
動物は親だったり、群れの年長者の真似をすることで生きる術を身に付けて行く。
本能的に強そうな個体の物まねを何かしらしたいと感じるのは、動物としての本能なのだ。

真の意味で利己的になるということは、自分の周囲の人が素晴らしい人間ばかりになるように努力するということも含まれる。
人を選り好みするというわけじゃなく、それぞれの人の素晴らしいところを感じて、その人ごとに伸ばしたら良いところが伸びるよう手伝う。

真の利己主義は優しいんじゃないかな。そんなことを無駄に考えたりした。

眠い。そんなこんな。
posted by ちょろり at 02:36| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月12日

わかれ。

やっと眠れる。
別れを告げるのに、会う人が多かった。
金曜の夜のまゆみ先生が朝まで爆発してくれて、日曜の朝の走行会は20人近くお客さんが来てくれて、夜は再び先生が朝まで炸裂して、今日は昼にぐっさんと自転車会話して、それからお世話になった彫り師さん(僕はタトゥーを入れていない。自転車屋の仲の良いお客さん)にお肉とお酒をご馳走してもらった。
プレゼントもいろいろ頂いてしまった。ありがたい。

あとは明日まさやさんと最後の作戦会議をすれば別れもおしまいだ。
あともだれかとぽろぽろ会うかもしれないけれど、一回通り別れの挨拶は交わした。

本当にたくさんの人が別れを告げてくれた。

仕事のことはネガティブなことを書くことが多かった。
ただ、これまでの人生で最も人のために何かを作ることが出来た三年間だったと思う。
自分が思っていた以上に僕は良い自転車屋さんになれていたらしい。

「なあ、遠くに行くなんてやめろよ。みんなと楽しくやっていこうぜ。こんなに深くお前の自転車に関する態度を愛してくれている人がたくさんいるんだぞ。こんなに仕事を通して愛される人生は他になかなか無いぞ」
全くね。正直驚いた。
おれもそう思う。やっぱり出発しません、って謝っちゃった方が良いのかな、ってさえ思う。

自転車屋を辞める今になって魔法が解けるように、自転車なんてさっぱり分からないような気持ちがしてくる。自転車って本当難しい。改めて考えると本当に自転車について何も分かってない。
まあ、それでも本当によく自転車のことは勉強した。寝ても覚めてもっていうと大げさかもしれないけれど、本当に休みの日も八割くらいは自転車に捧げた。これからもしばらく自転車のために捧げるんだけれど。
それでも、本当に僕は自転車のことを何も分かってないなと、改めて考えるとしみじみ思うのだ。
ただ、僕は全力で僕の分かること、体験したことや勉強したことを人に伝えてみた。
多分、たいした情報はなかったようにも思うのだけど、みんな本当に感謝してくれた。

どうしてアフリカに行くのか。
何でだろうね。
不思議だ。

アフリカ以外じゃいけないの?
うん、いけないんだ。
理由はないんだけどね。

してみたいと思ったことを出来る人間でいたい。
実のところ、自転車で海外を走るって誰でも出来ることだと思う。
自動車を買うのを我慢すれば、費用は捻出できる。
時間だって仕事をやめれば作れる。
その程度のリスクを踏んで、海外に自転車を持って行ってしまえば、あとは何とかこぐ。なかばヤケクソでも。
その気にさえなれば、誰だってアフリカを走りに行ける。

元ウルグアイ大統領のホセ・ムヒカ氏の言うように、人々はあまりに多くのことを求め、狂った経済原理の上で働き続け、物を消費し続けることで、便利を手に入れているように見えて、逆に不幸になっていっているのかなと感じる。
少しばかり所持品を大半放棄して、自転車にまたがれば幸福な世界が待っている。

ホセ・ムヒカ氏の話では、地球が壊れるというのが問題とは言っていたが、実のところ、大量消費大量生産の世界で一番損をするのはその中で生きている当人たちだ。
別に自然破壊とかだけの話ではないと思う。

自然の理にかなっていないことをしていれば、自分が生きている上でいろんなことのツジツマが合わなくなってしまう。
あまり幸福では無い世界だと思う。

私が私で居続けられるのは、周囲の人やものなんかが私を認識してくれているからだ。
私という存在は周囲の他者なくして存在できない。

ねむい。
もやすみちゃん。
そんなこんな。
posted by ちょろり at 00:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月10日

鮮度のこと。

昭島シティー三年間で一番学んだことは、人間は歳を取り鮮度を失うということなのかもしれない。
歳を取っても力強く生きる人はいるけれど、鮮度は失う。

だから、多くの人はサラリーを得られる仕事に就いたり、大きな組織に入る。
ただ、組織だとかがどうにも馴染まない人もいる。
それに組織に守ってもらえるという構造自体が破綻しつつある。
リストラが云々だったり、若者が夢は正社員と考えてしまったりする。
ただ、現実には崩壊してしまっている。正社員の夢を持つ時点で、残念ながら正社員は遠い。あるいは、夢見る安定した正社員なんてのは、もう大学新卒の子や、高校を卒業してすぐの子たちに可能性はあれど、正社員自体を夢見る若者には遠い幻想だ。
そして、そういった正社員に新卒から入れた人も、ドロップアウトすれば二度と戻れないという構造を理解しているから、どんなに過酷な勤務になっても続けざるを得ない。

とある知り合いの女の子は、都心でOLをするのだが、年に三回ほど痴漢に遭うそうだ。
女の子はあまり給料が良くない。卒業するときに就職活動をあまり熱心にしなかったので、いまいち良い給料の仕事には就けなかった。
だから、都心から少し離れた町から一時間ほど掛けて通勤する。
東京の痴漢というのは実に悪どく、少しお尻を撫でるとかだけじゃなく、結構しっかり触ってくるそうだ。
その子はどちらかというとおとなしいタイプの子で、そういう自分の性格のせいで痴漢に遭うのだろうかと気にしていた。
痴漢だけでもつらいのだが、その話を聞いた少し前くらいに会社の経営陣が変わり、人員整理が行われ、残った社員は毎日ひどい残業で、終電で変える日々になってしまっていた。

僕はそんな会社はやめた方が良いと思う。
或いは会社の近くに引っ越した方が良い。
特別やりたい仕事でもないし、年に三回も悪質な痴漢に遭う。
どうも東京になじめないと言う。

ただ、辞めない。

辞めない理由は、当人が言うには、東京オリンピックまで住んでいたいということだ。
僕にはさっぱり理解できないし、多分、ほとんどの人が理解できないだろう。
オリンピックに興味があれば、地方からでも新幹線で東京に行って、宿を取って観れば良いだけだ。

理屈で言えばそうなのだが、女の子はそれを体に巻き付けることで何とか東京の暮らしを凌いでいた。

「あんたは簡単に辞めれば良いと言うけれど、ほとんどの人があんたみたいにさっくり簡単に仕事を辞めてぶらぶらするような生き方は出来ないんだよ」と言う。
「まあ、そうだね。ごめんよ」などと言って笑ってみるが、僕だってそれなりのことを背負って仕事を辞めたり、ぶらぶらしている。

簡単そうにやっているし、まあ、実際簡単なんだけど。
まあ、それなりに苦労はある。

はっきり言ってしまえば、仕事にしがみついて生きている方が簡単だし楽ではある。ぶらぶらするのは大変なのだ。

なんてヒドいことを言うんだ、なんて無責任な野郎だ、てめぇはきちんと働いたことがないからそんなことが言えるんだ、などと言われるかもしれないけれど。

まあ、間違いなく、生きていく上での事だけ考えれば自転車屋を続けている方が楽なのだ。
自転車屋ってのは、好きな仕事でもあるし、誇りもある。
給料は悪いとは言っても、日々の食事に困ることはない。

ただ、鮮度の問題なのだ。
鮮度の良い内には出来ることが多い。
それをしないで、鮮度の良い時代が過ぎてしまうと、もう駄目だ。
若くて羨ましいなぁ、おれもそんなことをしてみたい、と言われることもあるけれど。

誰にも等しく若い時代はあったのだ。鮮度の良い時代はあったのだ。
そして、分かっていたはずなのだ、今自分が若いと言うことを。そして、若さが失われつつあるということを。

十年先を見越すのは難しい。
ただ、鮮度のある時代は必ず失われる。

小説家の先生だって、もう、鮮度は失われている。毎回同じようなUFOの話になってしまう。
UFOの話は面白い。だけど、小説家がまるきりUFOや神様を信じ切って全てをゆだねてしまったら、もう小説じゃなくなる。単なる聖書の翻訳、たとえ話になってしまう。
小説家は多くの考え方を受け入れられなければいけないけれど、やはり自分自身こそが神じゃないといけない。
もちろん、謙虚さはないといけない。
ただ、人が小説を読むというのは、情報を求めているんじゃない。感動を求めている。自分の知らないものや考え方、自分の好きなものや考え方の先にあるまだ見ぬ素晴らしい世界に触れたくて小説を読む。
表現の差こそあれど、小説の中には作者という神が宿っていないといけない。

まあ、そうは言っても先生ももう十分歳を重ねている。
若かりし日より鮮度が落ちている自分のことも分かっている。
組織や会社に属していない自分という立場も分かっている。

残念なことだが。
OLの女の子のお尻も歳を取って人生の鮮度が落ちれば、痴漢にすらさわってもらえなくなる。
女の子は鮮度の問題を忘れている。
永遠に自分は若いとは思っていないにせよ、どこか重要なことを忘れている。

女の子に限らず。

僕だって本当のところは鮮度のことを忘れているところもあるのかもしれない。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 00:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月09日

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まゆみ先生からお呼びが掛かって福生へと。
福生の夜は長い。
11時に行けば3時までは固い。
まゆみ先生と会うとさらに長くなる。
平日だろうが週末だろうが関係なく長い。

来週去ると言うことで今日は空が白むまでだった。
まゆみ先生はあれこれ話してくれる。
酔いが回ると最近のUFOの話になる。
宇宙の話は意識体や死後の世界の話につながる。
まあ、だいたいはよく分からない。
マニアックすぎて分からないということもあるけれど、先生も伊達に先生ではなく、人生経験が長い。
UFO以外の経験、蓄積なんかがある。

レノンで三時前まで過ごしてから、殺人事件なんかも起きるチャオプラヤに行こうとなったのだが、扉を開けるとおじさんが眠っていたので、チキンシャックへと。
僕はそんなにたくさん呑む場所は作らない。先生はあれこれいろんなところで呑むので、てくてくついていくわけだ。

先生はプロの小説家なのだから、弟子なんかいそうなものだが、案外いないのだろうか、あれこれ僕に教えてくれる。
まあ、だいたいに言ってることは酔っ払いの言うことだから毎回ほぼ同じなのだが、先生の誠意というか優しさみたいなものを感じるのでてくてく着いていく。

正直、眠たいことも多い。
翌日に仕事もある。
別に眠る時間なんてのはあってもなくても構わないのだが、そうは言っても眠たいものは眠たい。

プロの小説家の先生と文体論を交わせるほど博学ではないし、何より先生が楽しそうにしているのが一番なので、先生のUFO談義が延々と続く。
面白いのだが、僕の方の知識が進まないので、毎回、会話は同じところを繰り返す。
僕ももう少しアレコレUFOについて勉強してアレコレ突っ込んだら、より楽しいのだろうが、UFO知識なんてのはいくらか体験がないと前には進まない。
神のことを考えるなんかと同じラインで、結局UFO知識は進まない。

ぐーるぐる毎回同じ話になる。
特に今日は出発前ということでスペシャルなので、朝までだった。
先生は楽しそうにしていた。
僕も楽しかった。
楽しい?
楽しいってなんだろう。
楽しいとはまた何か違うのか。

不思議な小説家の先生だ。

ま、そんなこんな。
posted by ちょろり at 05:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月08日

ウサギの息子

死ぬまで朝まで遊べると楽しい。
明日のことも
昨日のことも
考えず。
今のことを考えて生きる。
昨日が、つながって、今になる。
今が導かれて、明日になる。
でも、その遊び人たちには、昨日も明日も無い。

詐欺とビジネスの話をしよう。
あるウサギが会社を始めた。
ウサギは努力する。
それから、偉いウサギになる。
誰もが認める。
ウサギはそれだけのことをしてきた。
でも、ウサギは不安になる。
世界が不況に落ちる。
ウサギは誰にも泣き言一つこぼさない。

ウサギは目が見えなくなった。
ウサギはそれでも会社を続けた。
自分はもう昔ほど良い仕事が出来ない。
ウサギは分かった。
ウサギは会社を大きくした。
そして、会社はウサギの手のひらより大きくなった。
ウサギの両腕を広げても足りなくなった。

ウサギは段々と耳も聞こえなくなった。
ウサギを助けてくれる者はいなかった。
ウサギには子供がいたし、ウサギを愛してくれたけれど、時代が違った。
ウサギはそれを理解したけれど、息子を叱った。

ウサギはだまされた。
ずっと若い亀に。
ウサギの息子は警告した。
ウサギも分かっていた。
でも、ウサギは息子に自分の仕事を預けられない。

ウサギは仕事ばかりしてきた。
息子はそんな父を冷たいと思っていた。
息子は寂しかった。
でも、ウサギは息子を愛していた。
仕事をして金を稼ぐ、良い飯を食わせる。
それがウサギの息子への愛だった。

ウサギは自分の仕事には愛以上のものを持っていた。
だからこそ、息子には別な仕事をしてほしかった。
でも、息子は一人はウサギの会社に入った。
一人はロクに外を歩けないような具合だった。体は健康だけれど、外を歩けなかった。

ウサギの息子は、父の会社を変えようとした。
ウサギはその全てにチャンスを与えた。
しかし、ウサギの息子はどれも棒に振ってしまった。

ねむい。
そんなこんな。
posted by ちょろり at 04:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月07日

積み上げては良い土を作ること。

親しくして頂いているお客さんであるNさんが本とCDを処分してくれた。
今回は本当に全て処分した。
これまでは気に入ったものはいくらか実家に溜め込むなどもしてきたが、気に入っているものも全てお渡しした。
別に今回もそうしたって良かった。
だけど、Nさんには息子さんがいる。若い子が一冊でも僕の読んだ本を読んでくれるのは嬉しい。

Nさんはまさかのご祝儀をくれた。
驚いたが、ありがたく受け取ることにした。一回返すのが筋かなと思ったけれど、僕が本やCDをNさん一家に託しても良いと思ったように、Nさん一家もまた僕に対して思うところがあって贈って下さったのだろう。
一緒にバンダナを贈って下さった。
FUKUDA.Nと刺繍があって、一瞬、Nって何だ?と思った。
すぐ鼠のNと分かるんだけれど。

鼠をローマ字で使うときは、NEZUMI.Fの署名のことが多かった。
改めてFUKUDA.Nと言われると、
「そうか、鼠という名前を離れて、自転車において福田という名前できちんと良い仕事が出来たのかな」
などと考えた。

本とCDがなくなった部屋は寂しい。
一斉に友人たちが去ってしまったような気持になる。
でも、今の僕にはそういうことが必要だと思う。

アフリカで死ぬことはない。
当たり前だけど。
まあ、僕もそれなりに死なないためのテクニックや嗅覚は努力して身に付けてきた。
もちろん、可能性はゼロではないにせよ、まあ、死なずに帰ってきて、何か書かないといけないと思っている。

ただ、一度死なねばならないと感じる。
比喩的な意味なので、本当に死ぬわけではない。

ここまで積み上げてきた努力を大事に生きるのも大事だ。
ただ、全てを崩してまっさらな気持ちで、目に入る物や耳に入る物と対峙するというのはとても重要だと思う。
積み上げてきたものを崩すのはとても寂しさの残るものだけれど。
新たなことをするときには崩した方が良いと思っている。

積み上げてきたものを崩して。
その土の上にさらにまた積み上げる。
そして、また崩して。
良い土を下に作り続けること。

もちろん、崩すのはデメリットも大きい。
特に家族を抱えれば、崩すわけにはいかないものが増える。
どうにも崩せない何かが積み上がる。
それに歳を取れば、また積み直すのに時間と体力が足りるか分からなくもなるだろう。多分。

それに中途半端に積んだ物を崩しても意味は薄い。
とことんまで積んで、これ以上は無いだろうってところを崩して、それで出来た良い土の上に。

だから、本は全て手放してみた。
でも、意外なまでに寂しい。
それでも、Nさんファミリーが受け取ってくれたというのは本当に嬉しいしありがたい。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 01:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月06日

純然たる孤独なんかの話。

引っ越しの荷物が散乱する部屋で、いまいち引っ越しの準備を進める気になれず。
明日、Nさんが本を引き取りに来てくれるということなので、それに期待して、まあ、焦らず。
廃墟のような部屋の中で、昔の恋人に手紙など書いた。

その女の子は雪の街に住んでいた。
車で1時間、電車で行くと接続が悪く単線なので8時間近く掛かった。
そういう列車は言うまでも無く良かった。車で行っても、山岳をすり抜ける高速道路はよく曲がりくねり、雪がちらついた。
その頃の僕と言えば、終始眠たかった。
丁度アルゼンチンに行く少し前の頃の僕だ。
大学を卒業できないことを本格的に理解し始め、ちょうど祖父が死んだ頃だった。
その女の子とは牛を眺めたり、尾道の寺を散歩したり、倉敷をだらだらと歩いた。
それに美人だったし、何より僕の小説、僕の書く文を愛してくれていた。

いくつか僕にも良い時代っていうのがあった。
パタゴニアで野宿していた夜も素晴らしかった。
山小屋でうんたらかんたら、福生で小説家の先生とどうのこうの。
実に楽しい瞬間、時代というのがいくつもあった。
それでも、一番、戻りたいのは、多分、その女の子とのあの時代だろう。

遊び人のようなことを言うけれど、じゃあ、その女の子と今付き合いたいかというと、そりゃ付き合いたいとも思うけれど、その子には旦那さんもいる。
旦那さんがいなければどうかと言われても、随分と遠い。
距離的にも遠いし、生活としても遠い。
お金が云々とかじゃない。
人間ってのは、縁だ。
たらればはない。現在こそ全てだ。

理不尽であるほど、人間らしい。
理屈として考えればこうだけれど、真逆のことが現実に進むとすればそういうのこそ縁だ。
縁や運ってのは人為的にどうこうできない。

アフリカの話や南米の話にしてもそうだ。
僕は探検家ではない。
旅行に出掛けても、当然お金は入らない。
アフリカに行こうが一円にもなりはしないし、良い仕事につながるわけでもない。

確かにアフリカにはずっと行きたいと思い続けていた。二十台のうちに、体が元気なうちに。
ただ、現実問題として、僕は普通の生活が大好きだ。
日本の食事は美味しい。
虫も飛んでこない。
水もごくごく飲める。
古本屋に行けば百円で日本語で書かれた本が手に入る。
給料が安い仕事と言っても一人で生きていて、いくらか節約して、生きていれば食事に困ることはないし、少々の酒も飲みに行ける。
日本酒だって美味しいし、秋刀魚も美味しい。コンビニでは24時間新鮮なモヤシと卵も冷凍餃子も買える。
珈琲豆も少し足を伸ばして、探検すればたいていどこの県でも一つくらい美味しい店がある。
スーパーの野菜だって新鮮だ。
テントで野宿しても、翌日死ぬかも知れないなんて不安も無い。
渓谷が美しい。
しかも季節ごとにバリエーションがある。
牧場に行けば牛もいる。
フルカーボンの素敵な自転車だって家の中に強盗が入って盗まれるなんてことは滅多に無い。
三菱の素晴らしいボールペンもいつでも手に入る。
ライフとツバメの上質なノートだって。
五百円あれば牛丼も食える。
丸亀製麺も美味しい。
うまい棒も日清のカップヌードルも、ペヤング焼きそばも食い放題。
ポテチはカルビーでがつんと行っても良いし、湖池屋でさらりと楽しんでも良い。
スルメも美味い。
お好み焼きだってある。

くだらねー理由だなー、なんて思われるかもしれないけれど、日本って国は素晴らしい。とにかく美味しい、飢えない。本もある。
何でもある。

それに比べアフリカなんて、多分何もない。
アフリカはまだ分からないけれど、パタゴニアなんて何もない。三日間荒野があるばかりで、久々に付いた村で肉を買ったら、やたらと固い大きい、どうやって食えば良いか分からない肉。とりあえず、サラダ油で素揚げにして貪る。火だけしっかり通しておけば致命的なことにはならない。キャンプサイトにテントを張っても、他のテントは一つも無い。観光地への中継地点と言うことでワッペンが売っていたので暴風の中、一人きりのテントサイトで針仕事で縫い付ける。
まあ、実に不毛だ。
本当になーんにもない。
でも、あの村のパン屋は美味しかった。
飢餓状態の日々の食の感想なんてまったく宛てにならないけれど。

ただ、不思議とパタゴニアの日々っていうのは寂しくなかった。
日本に帰りたいと何度も思ったのは事実だ。
腹は減っていたし、自転車は壊れるし、村には辿り着かないし、向かい風になれば歩くより遅い速度くらいしか自転車は進まないし、ピューマが出たら即死だし。
でも、不思議と怖くないし、寂しくないのだ。
早く村に着いて欲しいとは思うし、死ね、パタゴニア、死ね、風死ね、なんて何回も思った。いや、百回近く思った。
立ちションすると、体の向きが悪いと暴風でションベンが全部体に帰ってきやがる。
でも、何だか終始楽しかった。
終わったからとかじゃなくて、あの区間は最高に素晴らしかった。

ただ、まあ、実にロクデモナイ地域だ。
僕はとても好きだけど。

理屈で言えば、あんなところは人の住む場所じゃないし、事実人は住んでいなかった。

そんなところに行くってのは縁なのだ。
まあ、理屈でもパタゴニアは人気のある地域だけど、僕が好きだったのは、ペリトモレノ〜トレスラゴスっていう全く自転車乗りからも登山愛好家からも見向きもされない移動区間のような土地だった。
あとは、フエゴ島の北西部も好きだった。
そこも実に何も無い。そこでは大好きだった本と、大切にしていたブックカバーを無くしたりもした。でも、今考えても素晴らしかった。別に絶景なんてわけでもない。
どちらも共通しているのは未舗装区間っていうことか。
未舗装は素晴らしい。
何も無いってのは素晴らしく良い。

その二つのエリアを自転車で走るということが今までの僕の人生の中で最も美しい純然たる孤独を楽しめる場所だ。

純然たる孤独なんて言うと中学生みたいだけれど、もっと身近な例としては人のいない図書館での読書だったり、取り壊し前の潰れた遊園地に深夜に忍び込むことだったり、山の村の苔むした神社だったり、そんな例を引けば何となくは伝わるんじゃないだろうか。
とにかくくたびれているということが大事だ。
夜行バスで早朝に到着してしまった田舎の地方都市のなぜかそんな時間から開けている喫茶店のモーニングだったり。
間違えて乗ってしまった回送電車の辿り着いた車庫だったりね。

そこに一人だけ非常に心から気の許せる異性がいたらどうだろう。

多くの物語の中で幻想的な世界の中を恋人と二人でめぐるというシーンがある。
あれは多分一種の純然たる孤独の世界で唯一の共有できる相手との時間のことなんだろう。

そういう世界や時間ってのは、やっぱりどうしても人為的には作れないんだ。
ハネムーンでの南国での静かなコテージのツアーなんかもそういうのに近い世界を目指しているんだろうけど、やっぱり純然たる孤独にまでは辿り着けない。

タイミングや縁というのは人為的にどうこうはできない。
でも、良い物を求め続ける精神っていうのは大事だ。
そういう精神は縁を呼び込んでくれたり、目の前を過ぎ行く縁に気付かせてくれたりする。

昨夜、珍しく政治や経済の文を書いている途中で眠った。
簡単に要約すれば、お金で価値を計る世界は破綻に近付いている。
共産主義だってお金をベースにした世界だ。
お金は物と結びついて価値になる。
ただ、物の生産コストなんかが、中国の発展と共に壊れていっているし、超金融的資本主義社会というのは無理を露呈しつつある。
お金じゃない何かを人々は求め始めている。
しかし、お金じゃ無い何かを提供できる人々はお金を得られないから食っていけない。
お金じゃない何かがベースにならないといけない。
そんな話だ。

人間は人間を求めているのか。
或いは孤独を求めているのか。

ふと、象の写真のことを考えた。
最近の僕はアフリカで象の写真を一眼レフで撮りたいと思っているのだ。
別に象なんか好きじゃないけど。
僕は断固としてペンギンが一番好きだ。
でも、ペンギンには今回の旅も会えない予定なんだけど。

そう、象の写真。

もう世界には野生の象に会える地域って少ない。
野生の大型草食動物に会える場所。

大型では無いにせよ、牛にだって、野生のものはなかなか会えない。
ちょっと人間が多すぎる。
動物の場所が狭い。
バランスが悪い。

東京だって、駅と駅の間に時々、象ゾーンとかあって、野生の象がいるエリアなんて時々はあったほうが良いのだ。
象じゃ無くたって牛でもワニでも良い。
ちょっと大きめの人間以外の動物が住んでいるエリア。

本来はそんなのって多分自然なのだ。
ワイルドエリア。
人間だって本当は動物なので、野生の人間の住むエリアなんてのがある方がバランスが良い。

個人的にはペンギンなんていれば最高だ。

いや、別に動物なんて好きでも無いんだけどね。
バランスの話だ。

都市と都市をつなぐ主要道路は舗装されている方が良い。
でも、町の中なんてのは、多分もうすこしくらいは未舗装の方が良い。

実に長くなった。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 01:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月05日

自分にとっても世界にとっても。

渡部さんが手伝ってくれて、テレビや棚の処分が出来た。気付くと来週には退去だ。

リサイクルショップに行って処分が終わって、飯を食おうとなって。
以前、お客さんに聞いて気になっていた釜飯屋さんへと行った。
あきる野のきこりっていうお店だ。
ここの釜飯は感動するほどに美味しかったし、店としての雰囲気も本当に素晴らしかった。お値段はそれなりにしたけれど、渡部さんとの最後の遊びとしては実にぴったり素晴らしかった。

渡部さんは、実に良くしてくれた。
僕も渡部さんには良くしたいと思った。
渡部さんは、人間とはどうあるべきか、というようなところを示してくれたと思う。
いや、別段、凄い人ってわけじゃないのだ。そんな言い方すると渡部さんに失礼になるが。
渡部さんは実に謙虚で優しい。
謙虚で優しいというのは、人間として最も大事なことの一つだ。

失礼なことを重ねるが、渡部さんは決して裕福とは言えない人だ。
ただ、僕は思うのだが、裕福で無いというのは人間として案外大事なことなんじゃないかなと思う。
裕福な人はいかに謙虚そうにしても優しくあっても、どこか上手くいかない気がする。
どこかにお金持ちという背景があると、どうしても謙虚さがどこか薄れてしまう気がする。

じゃあ、貧乏が良いかと言えば、貧乏は人がいやしくなりやすい。
ひがんだり、人をあれこれ悪く言ったり。どこか捻れてしまうことが多い。

ただ、いくらか貧乏で心が真っ直ぐで、優しく謙虚な人というのは、誰からも好まれる。

お金持ちで謙虚で優しい人というのももちろん人から好まれるけれど、貧乏な人の方がより好まれる気がする。

もちろん、別に渡部さんが貧乏ってことはない。ただ、一流大学を出て、一流企業に入ってというわけではないし、株が当たってどうこうとかもない。
言うなれば普通の家庭の普通の人。
別に裕福ではないという人だ。

もしも、度が付く貧乏で、ものすごく謙虚で、人に優しい人だった、これはもう聖者の域に入るんじゃなかろうか。

裸の大将のドラマが人気だったのは、そういうのとなのかもしれない。
お金も学識も権力もないけれど、非常に心の美しい人は素晴らしい。
絵が上手いから素晴らしいのではなく、美しい絵を書けるような美しい心を持っているというのが大事なのだ。あの話では、絵が上手いというのは、心の美しさを示すための描写とも言えるんだろう。

生きていると欲も出る。
お金持ちになりたいし、ちょっと良い服も着たけりゃ良い飯も食いたい。あれこれ出てくる。
引っ越しに際してあれこれ捨てていると、ああ、人間は欲深いなぁなどとしみじみ思う。

別に坊さんになりたいわけじゃないけれど、質素に美しく暮らしたい。
余ったお金はみんなで楽しめる何かを作るためなんかに使うってのが、人間として良いことなのかもしれない。
例えば道の脇に花を植えるとか。
そう言うのは自分にとっても日々が気持ちいいし、他の人にも気持ちいい。
一種の寄付だったり社会貢献みたいなものだろう。
金額の大小では無く、自分の手元に自分だけが使える形でお金を持ちすぎないということは重要なのかもしれない。

どうしてもこういう話は宗教がかってしまうけれど、だいたいどの宗教でも寄付的な物は存在する。
仏教なら喜捨といって、坊さんに寄付する。
キリスト教にもある。
イスラム教圏では、町のお金持ちたちは町の公共のものを作る。町の人々がみんなで使えて町のためになるようなものを。

そういうのは神様への捧げ物というより、人間の欲求と人間の心の美しさのバランスを保つために大事なものなのかもしれない。

とりあえず、渡部さんと食べる釜飯は実に美味しかった。

昨夜は矢内さんがラフロイグを片手に挨拶に来てくれ、今夜は木村君が来てくれた。
別れの話をする。

寂しいものだ。
でも、一所にとどまれない。
早くいろんなやりたいことを終わらせて、満足して、どこかにゆっくり住みたいと思うことも少なくない。
やりたいことって何なのかと聞かれると分からないけれど。

出来れば面白い仕事をしたい。
自転車屋さんも良い仕事だったけれど、少し景気が良くない時期だったし、会社としても少し問題を多く抱えすぎている時期ということもあったのか、どうしても仕事がやりにくいことが多すぎた。
或いは会社に雇われるっていうのが、向いていないのか。

こうした方が絶対にいろんなことが良くなるはずなのにな、会社にとっても、お客さんにとっても、自分にとっても、世界にとっても。そう感じたことをどんどんやっていけるような仕事がしたい。
世界にとっても、自分にとっても、自分と関わりのある人にとっても良いことになるような仕事がしたい。
そういう仕事を早く見付けなくては。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 02:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月02日

ヘンテコな人のこと。

イイヒトっていうのがいる。
あの人ねぇ、イイヒトではあるんだけどねぇ、という人だ。

この手のイイヒトっていうのは、実はあまり良い人でもない。
優しい人を嗅ぎ分ける嗅覚があるのだ。優しい人っていうのは、悪い相手でもだいたいの「イイヒトなんだけどなぁ」と思う。
だから、イイヒトってなるが、実際は良い人ではない。

傾向としてはいくつかあるが、やたらと知り合いの○○さんの武勇伝を話したがる。
相手の話にやたらとかぶせたがる。やたらと張り合う。
人の言うことを聞かない。
謙虚そうなポーズは取るのだが、その実、やってることは全く謙虚ではない。
やたらと卑屈に謝る。
気が利かない。
やたらとプレゼントをしたがる。そして、自分が相手にプレゼントしたという事実を殊更に強調する。
とにかく相手の上に立とうとする。
そして、何より、人を嗅ぎ分ける。誰かが来ると急に静かになったり、偉そうになったりする。

それらの事を当人は自覚せずにする。
無意識のうちに嘘を付く。
嘘を隠すために嘘を重ねる。
嘘を付くことにあまり罪悪感を抱いていない。
ただし、その事が人にバレそうになると、自分は悪人なのだと言ってやたらと謝る。
改善したいし努力もしているがどうにもならないのだ、と。

一口に言うと、サイコパスというやつの一種だ。
殺人などこそしないものの、極端に想像力や共感力というのが欠けている。

少し古い言葉で言うと人間味に欠けているのだ。

僕の推測に過ぎないが、彼らは恐らく自信がないのだ。だから、嘘を付くし、自分に都合の良い優しい人や立場的弱者を嗅ぎ分けて仲間に付ける。
優しい人を仲間に付けると、集団の中で非常に都合が良いと言うことをよく知っている。

少し前に万引きの話を書いたが、それが分かりやすい。
普通の人は大人になるにつれて、万引きの悪について理解する。

人の物を盗んではいけないというのは、法律で決まっていることでもあるが、それ以上に我々が社会を形成する上で守らないと都合が悪いことだ。
誰しも平気で物を盗む世界というのは、生きづらい。
確かに物を盗んだ時には楽だが、盗まれると困るのは当然のことだ。
目先のことだけ言えば、盗んだ時のメリットが大きいが、盗まれる予防をしないといけない世界というのは効率が悪い。

生き物が集団で生きるということを前提としたとき、集団全体の利益は個人の利益にもなる。その場合、盗みは良くない。
逆に生き物がそれぞれ単独で生きる場合には、相手から略奪してナンボだ。

そういったヘンテコな人々、イイヒトたちが増えている背景には、資本主義の限界がある。
要は資本主義の勝ち組の人々は、かつてのように集団に依存する必要が減ってきたのだ。
近所付き合いをしなくとも、町内会に入らなくとも、何も困ることなどない。隣の部屋の人の名字も知らない。
極端な話だが、隣人が泥棒にあっても全く困らない。
何なら隣人が鍵をしない人なら、働かずともそこから金を盗んでいれば何も問題なく生きていける。

泥棒まで言わずとも、安ければ安いほど良いという世界はそれだ。
簡単なモデルを上げると、古い小さな村では値切りをしない。なぜって、それは幼い頃の友人だ。彼にも暮らしがある。彼が何か商売をすれば、彼を応援したい。
それに対して、近くに大手資本の○○カメラという家電製品屋さんが出来た。もちろん、安売りを期待していく。彼らの利益など知ったことはない。彼らは何かしらの方法で金を儲けているはずだからだ。
この大型家電屋さんは実に信じられない安売りをしてくれた。
しかし、それが続くと安いのが当たり前になって、人々は「彼らはどこかで儲けているから値切っても大丈夫」なんてことは忘れて、「物を買うときには値切るのが当たり前」と変わる。
これに応酬する形で、売る側は定価設定を壊す。値下げを前提とした定価を設定するのだ。
絞るか絞られるかという構図が出来る。

やはりそういう中で生きていると、人々の感覚は変わってくる。
生き物っていうのは、あまり今の世界を疑わない。
鎖国状態にあればそれが当然だとして生きる。鎖国しているということなど気付かない。それが普通の世界なのだから。

情報社会になったら、そんな嘘はすぐにバレるだろうとも思うが、逆に言えば情報社会は管理する側には便利なのだ。
人々が信用しているメディアさえコントロールしていれば良い。
その真偽というのは分からない。

例えば、原発の話がある。
とある人は福島に住む人が、「福島に来ないで下さい。観光客が増えると、安全だと立証されてしまって、子供たちが避難しにくくなる一方なんです」と叫ぶ。
反対に「福島に行こう。福島に行くことこそが被災者を救うことにつながります」と叫ぶ。
正反対のことを叫ぶ二者がいる。

この二つの真偽をはかる方法というのは、いくつかあるのだが、多くの人は大きい情報を信じる。
というのも、原発事故の人間への悪影響をはかる方法というのが不明瞭なのだ。
「広島という町には原爆が落ちているけれど、今は大都会になっている。そのことを考えれば放射能汚染というのは別段騒ぐほどのことじゃない」という理屈も何となく本当らしい。
一方でチェルノブイリの影響による奇形児の数というデータを出すと、やはり放射能汚染は危険だというのも納得できる。
どちらが本当だか判別できない。

数学的な論理演算を使えば、ある程度は判別も出来るが、数学的な論理演算とは、確固たる命題、間違いない原理というのを前提にして話が進む。
ただ、現実問題としては、そんな明暗には分けられない。数学にもそういう明暗に分けられない問題を扱うジャンルとして確率論というものがある。
統計学と言う方が正確か。

確率論は厄介だ。
確率論で出る数字の意味というのは、確率論の方法、原理を知っている人じゃないと理解できない。
統計学では、必ず検証する前に棄却値というものを決める。
この棄却値というのは、任意に決めて良い。
ただし、結果には必ず、棄却値F=○○においてと書くことになっている。
また、サンプルの数や使用した統計の手法も必ず明記しないといけない。
ただ、普通の人は棄却値などの意味が分からない。

ただ、数学的に示されたものであれば信用できる気がするというのだ。

何かを判断するときに一番大事なのは、誰にとって都合が良いのかということを考えることだ。
それからどの程度の深さまで考慮するのかということ。

原発問題の事例の場合、福島に行こうと叫んで得をする人はだれか。避難できなくなるから福島には来ないでと叫んで得するのは誰かということを考える。
そして、深さだ。
一見すると、福島に観光に行くことで広い目で見れば、多くの人が救われると見れる。しかし、本当にそうかと言えば難しい。本音を言えば、誰も放射能汚染地域には住みたくないのだ。可能であれば引っ越したい、或いは完全な除染を望んでいる。
しかし、完全な除染は不可能だし、全員が逃げるというのも現実的には不可能だ。
ベストな方法としては、避難を望む人には金銭的、職業的な補償を完全にして避難してもらい、それを拒んでも住みたいという人には住む自由を与えるという形なのだが、やはりこれにも問題が出てくる。
それは誰の問題なのか。
国の問題とも言えるけれど、案外、他の地域に住む人間の問題だ。国家が一地域を放棄すれば、経済にも深刻な問題が出る。
また、そういう補償がなくとも、本当に何とか逃げたい人は何とかして逃げるとも考えられる。

どこまでの深さを考えるかというのは、重要だ。

ただ、そういうのは人間味に欠けている。
同じ日本人で困っているなら何とかすべきだという方が人間味がある。
しかし、それを言うならアフリカだってそうだ。同じ人間が困っているなら、だ。

日本人がアフリカにほとんど行ったことがないというのは、遠いから、時間がないから、お金がないからではない。
行くと命の危険がある可能性が高いからというのが事実だ。
アフリカや南米なんてのは日本人の平均的な給料と年間休日があれば誰でも行ける。
ただ、やはり臭い物にフタをしたいのだ。

知らない方が良いことも多い。

そんな背景があるから、人は直接に利害を生じる範囲でのみ優しく生きるようになっていく。
かつては国という線や物理的な距離、宗教、人種なんかが利害の境界線だった。
それが次第に狭まって、単独で生きられることが増えて、マンションの隣人の名字を知らなくても良くなる。

便利になるほどに人は人に優しくなくなる。

これは不思議なことだ。

貧しくなるほどに人の事に構っていられなくなるという方が理論的には合っているはずなのだ。
しかし、そうでもなかったりする。
貧しいほど人は隣人と協力し合う傾向にある。

アフリカのマラウィという国は世界最貧国の一つなのだが、ウォームハートオブアフリカ、アフリカの温かい心とさえ旅人に呼ばれるという。
アフリカを旅行するのは過酷だ。
そういう旅の中で、旅人が安心する国の一つとしてマラウィという国があるそうだ。

実際に行ってないので、その真偽は分からない。

それでも、確かに日本国内でも、自転車を走っていて素晴らしいのは、新幹線の通らない町だ。
大都会は便利だが、素晴らしさというのは少ないように感じる。
田舎は人が温かいというのは半分は嘘だ。都会の人が作り上げているイメージほどに田舎の人は優しくない。
ただ、田舎の人の方が会話は成立しやすい傾向はある。

もちろん、それは僕の旅の経験という限られたサンプルの中だけでの話だから、真実とは言えない。
ただ、田舎の人は、人間を意識する。
外部の人間という言葉が一つキーワードになるだろう。

見たことのない人間に対して、違和感を覚えるのは田舎だ。
都会の人は見たことのない人間などいくらでもいる。
田舎の人の方が優しいかどうかは別として、異邦人の存在を認識する能力は高い。

異邦人として認識すると人は、その人の正体が気になる。
敵なのか味方なのか。
害を加える物なのかどうか。

この手の話は柳田国男の日本の伝説(新潮社文庫)なんかでも分かる。
旅の僧に対して、あれこれのやりとりがあるのは都会とは言いがたい村だ。
僧は水に困って村人と会話する。
日本の伝説の中では、その応答の結果として、村に災いがあったか福があったかということが書かれているが、重要なのは、僧が困らない都会では伝説は残らない、或いは伝説は忘れ去られていくという点じゃないだろうか。

少々話が長くなった。
まあ、別に原発云々、柳田国男云々、田舎云々なんて議論ではない。
ただ、便利になることで、逆に不思議なまでに弊害が出ているという事を、東京では感じたというだけの話だ。

いや、違うな。
それはこじつけだ。
ヘンテコだと感じる事象が東京には多いというだけのことだ。

それは僕がヘンテコと感じるだけなのか。あるいは本当にヘンテコなことなのか。

そういうのは、結局、時代が決めることだろう。
誰かが決めることじゃない。
神が決めることでもない。

ただ、一個人がすべきなのは、まず生活すること。そして、その中でのレポートを一つでも多く残すということだろう。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 21:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月01日

悲しい夜。

先日、お酒を飲みに出掛けたら、福生の悲しみにぶつかってしまった。
人々は寂しいからお酒を飲みに出てくるのだという話。
僕の敬愛する小説の先生もそんな波に呑まれつつあるのだ、と。

なんだかとても不自然な夜だった。

プロとして仕事をすると必ず孤独とぶつかる日が来てしまう。
誰でも出来ることをしていてはプロではない。
プロとは独創的であり続けなければいけない。
そして、物を作り続けるのには必ず限界が来る。波がある。

人と違い続ければ必ずしも独創的かと言えばそうではない。
ただ、独創的であるには人と違わなければいけない。
人と違っていながら人々の心に共感が起こせなければ芸術家ではない。
小さなスプーンで川から砂金をすくい続けるようなものだ。砂金が入っているとは限らない。そんなやり方は決して効率的ではない。だから、誰もしない。でも、誰しも砂金を求めている。誰かのためにスプーンで砂金をすくい続ける人間が必要だ。

プロの人たちとは、本来、孤独に強い。孤独を覚悟して生きてきた。だから、弱っちいことは口にしない。
でも、歳を取れば仲間は次々と死んでいく。或いはどこか遠くへと行っていく。
先生の直面している問題はもしかするとそんな問題じゃないかなとおもう。

いかにプロとは言えど、人間をしている限り寂しい時期もある。

全てを謝罪して普通の生活に戻してくれと言いたくなる日もあるだろう。
重い荷物を運ぶような仕事も厭わない。
ただ、人間として扱って欲しい。
どうにも悲しい。
自分にも一滴で良いから水が欲しい。
多くは求めない。
人が手に入れている普通の生活が欲しい。

プロだって寂しくなればそう思う。

或いはプロみたいに生きたいやつだっている。でも、リスクは取りたくない。仲間内だけで盛り上がって、時々、ちょっとした刺激が欲しい。

何というか。そういうのはどうしても人間である限り誰しも抱かざるを得ない問題だ。
でも、そんな風に夜が見えてしまった夜は何とも悲しい。

全員がスーパースターでいて欲しい。
スーパースターの背中を追い掛けて生きていたい。

でも、そうはいかない。

何だか少しそんな悲しい夜があった。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 23:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする