2017年07月03日

イエスマンは秀逸な映画だった。

映画「イエスマン」を観た。

これはなかなかに良い映画だった。

ちなみに、なぜ最近は映画の感想文ばっかりなのかっていうと、今年は映画から学んでみようってのが一つコンセプトなのだ。
実際、映画はあまり観ていないから新鮮な気持ちで観れるし、勉強になる。
Netflixでダウンロードしておけば、山小屋でものんびり観れる。読書と違って、ぼんやり眺めるだけで良いから、仕事で疲れていても眺められる。
小説なんかは読書狂いという人ほどは読んでないにせよ、好みのジャンルは一通り読んでしまっているし、結局マジックリアリズム、シュルレアリスム辺りで沼にハマってしまっていたりと、どうも新鮮な気持ちで読めなかったりする。
まあ、そんなわけで映画を眺めて備忘録を書いていってるわけだ。

ーーー

イエスマンはすこぶるシンプルなストーリーの映画だ。
何事にもネガティヴだった主人公が、人生何でもイエスと言おう、そうすれば人生明るく開けるよ、なんていうセミナーに行き、半信半疑でイエスとだけ言って本当に人生が変わったように良いこと尽くしになる。全てのことにイエスと言い続け、本当に良いことばかり起きるが、ラストで問題が起きてうんたらこうたらっていう話だ。
シンプルだ。
単にポジティブにイエスって言いまくったらどうなるかっていう話なわけだから。

もうこのシンプルさだけでイエスマンは良い映画って言ってしまっても良いと思う。

シンプルな問題だが、非常に確信的なところを突いている。
仕事に追われて疲れ続けていたり、どの先進国も抱える鬱病問題。
この問題の原因はいろいろあるにせよ、心構え次第ってのは大きい。
心構えなんていうと曖昧だけど、イエスマンでは一番簡単な方法、言霊を使って心構えを変えようってやり方だ。
ポジティブな言葉を嘘でも口に出して言って、実行するってのは凄く効果がある。
まず口に出して発生する、その自分の声、ポジティブなフレーズを耳で聴く、そして実行して体験する。これを繰り返すと自己洗脳的にポジティブなイメージが心の底にできる。
そういう風に具体的な行動を通して潜在的な部分にポジティブなイメージを作るっていうのは物凄く大事で、プロのスポーツ選手なんかも多く取り入れている。最近ではラグビーのジロウマル選手のキック前の儀式的な動きなんかが有名だ。あの儀式をすればキックが上手く決まるという自己洗脳をするのだ。サッカーのフリーキックなんかにもそういう選手は多い。カッコ付けでやるんじゃなく、積み重ねた練習、試合などの経験の上で一番パフォーマンスを発揮するための方法なのだ。

全てをイエスと答えることで、ポジティブになる。
安易なようで実はとても深いテーマなのだ。

そして、これをくどくどと説明しない。
ジムキャリーという明るい演技の上手い役者によって、ゴリ押しをかける。

普通、セミナーにちょっと参加したぐらいじゃ、根暗からイエスマンにはなれない。
その変化を描くだけでも、普通にやればかなりの長さが必要だ。
しかし、そこはコメディーで押し切る。
まあ、笑う。セミナー会場のうさんくさい空気、そこに集う信者たちが声を揃えてイエスと叫ぶ。まずその空気に笑う。その中で強引にイエスと言わされるうちにジムキャリー特有の明るさみたいなところで、半ば強引にイエスマンにしてしまう。
冷静に考えるとかなり強引なんだが、そこもまた面白い。
さすがにその強引さだけじゃ、観る側も納得しないが、セミナーの帰りにホームレスにいきなり車で公園まで連れて行ってと絵に描いたような展開をぶつける。周りはセミナー帰りの信者たち、ついさっき全てにイエスと答えると誓わされたばかりなので、半ばヤケで主人公はイエスと言う。
さらに強引にホームレスは電話貸してなどと絵に描いたようなお願いを続け、こうなりゃヤケとイエス、さらには車を降りるときには2ドル貸して、イエス、2ドル渡そうと札を2枚渡すと、2ドルだけじゃなくて全部ちょーだいとホームレス、やはりイエス。
「そんなホームレスさすがにいないだろ、しかも、そんなセミナー帰りにタイミング良く!」
そんなツッコミが心に湧いてくる面白さ。
強引ではあるものの突き抜けているから面白い。

でも、それだけじゃ、イエスと無理やりいっても良いことなんかないじゃないかって話だ。
さらにホームレスに所持金全部渡して、家に帰ろうとするとガス欠。電話もホームレスがずっと通話し続けて電池ゼロ。絵に描いたような散々な目だ。
ポリタンク持って町まで歩いてガソリンを買いに行くと、女の子と出会う。
素敵な異性との出会いってのは安易だけど強い。観ている側も、
「イエスって言ってたら本当に良いこと起きた!」
と納得出来るような『良いこと』だ。

まあ、絵に描いたような展開で笑ってしまう。
とにかく強引にゴリゴリと笑いで押して、根暗がイエスマンになる。
ジムキャリーのコメディー映画と言えば「マスク」だが、マスクもかなり強引な設定だが笑いで押し切って無敵になれるマスクという存在を作り上げてしまう。
この笑いで展開を押し切ってしまうってのは手法としても、ジムキャリーの演技力も本当に見事だ。観ていて笑えるし、ストーリーをぐっと次の展開に押し込める。

基本的には、このグイグイのゴリ押しの笑いで、イエスマンにはどんどんと良いことが起きていく。
自分が気になったことには、イエスと言ってどんどんいろんなことをやって行く。それが予期せぬほどの幸福な結果に毎回つながって行く。
笑えるし、悲惨な根暗が幸せになっていくのは観ていて気持ちが良い。
ジムキャリーの表情がやっぱりどのシーンも良い。あれはすごい。
都合良く起きていく幸せの組み合わせ方も上手い。そんな都合良く行くかよって笑ってしまう。

あとはストーリーの基本通り起承転結と進む。
起で根暗の主人公を提示して、それがある日突然にイエスマンに変わる。
承でイエスマンになったことで、どんどん良いことが起きる。
転では全てにイエスと言い続けていたイエスマンに問題が起きる。
結で転の問題を収束させて終わる。

テーマもシンプルだが、話の構成も非常にシンプルで良いのだ。

名作「マスク」もどこか似ていると言えば似た話だが、イエスマンの方が一枚上手だなと感じさせられるのがイエスの力だ。
もちろん、映画のようにイエスだけでは物事上手く進まない。そうは言っても、イエスの力、言霊による自己暗示の力ってのは実際にすごいし、誰でも実践出来ることだ。
これは観客の心に響く。

マスクの面白さも、マスクを付けることで人はすごい力を発揮できるというのは、人間の思い込みの力を示してはいる。
ただ、現実には映画のような簡単に装着するだけですごい力を使えるようになるマスクっていうのは存在しない。
言うなれば、イエスと口に出して言い、実行するというのは、自分の心に強いマスクをはめるための具体的な方法なのだ。

そうは言えど、イエスだけでは空想のマスクのようにスーパーパワーはすぐには手に入らないから、観客を「すげー、本当にイエスって言い続けて、良いことが起きて行く!」と思わせるのは、かなり難しい。
「マスク」以上に「イエスマン」が優れているのは、これを上手くやり切っているというところだ。

テーマの良さ、ストーリーのシンプルさ、ジムキャリーの演技力、展開のうまさ、速度。どれをとっても秀逸で、観ていて笑えるし良い気分になれる。
実に秀逸な良い映画だと思う。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 01:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「凶悪」「スワロウテイル」はいまいちだった。

珍しく邦画など。
「スワロウテイル」と「凶悪」を。

まあ、個人的にはどっちも大して面白くなかった。

ーーー

凶悪については、いまいち映画でやる価値を感じられない。別に絵として迫力もないし、事件としても微妙だ。最終的に描きたいところってのがどこかってのも分かりにくい。
凶悪殺人をしても日本の法律、裁判、警察じゃきちんとした罰が下りない、殺人犯が刑務所の中で短歌作ったり、ペン習字ならったり、キリスト教なんか布教してもらってのうのうと生きる仕組みで、さらに証拠が揃わなければ死刑にならないっていうのが元々の原作の本の伝えたいメッセージだろう。
原作は読んでいないし、特に興味もないし、映画とは関係ないので、原作の本の方については何とも言えない。
個人的には日本のシステムなんてのは大いにクレイジーなのは分かりきっている。日本のクレイジーさは、仮想敵国がバンバンミサイルを打っているのに国政はアホみたいな獣医学部の話で学芸会みたいなことをしていて、国民は一通り怒っているし、おかしいと感じているのに一切反映出来ないシステムになってるのを見ればすぐ分かる。地震なんかで金もないし、今も原発の問題なども解決していないのにオリンピックを招致して、一部の経済界のブルジョアだけが儲かるようにせっせとしながら、また原発も動かそうとするし。
そういう日本のシステム的な変だということを抽象的に示している点ではシンゴジラなんかの方がまだ上手い。ゴジラ映画としては最低な出来だし、何も面白くはないが、日本のシステムがおかしいっていうのをブラックユーモア的に描いているという点ではシンゴジラは上手くやっている。
ゴジラじゃなくてミサイルが飛んできても本当に日本政府の対応ってのはあの映画と似たりよったりだろう。
でも、ゴジラってのはそういうものじゃないし、映画としては面白くないと思うけど。
日本は結構変ってのは、知識人の間ではある程度自明の事実だし、どうしようもない程度に腐ってはいる。
もちろん、そういうのに声を上げる人やメディアは必要だが、正直なところ僕にはあまり興味がないし、アフリカなんかと比較すれば随分日本は良い国という面も多いし、アフリカに限らず大抵の国と比較してそうなんだろうから、まあ、折り合い付けてやってくしかないんじゃないってところだ。

その辺は人によって考えは違うだろうけど、ストレートに言えばちょっと良い国立大学のキャンパスでも歩いてみれば、こんなのが国の中でエリート階級になって社会を牽引していくんだから、そりゃ、ロクなシステムになるわけがないと分かる。
もちろん、きちんとした人もいるにせよ。
良い大学を出た新入社員が自分の頭でものを考えれない使えない人材で溢れているってのは、よく聞く話で、一口に言えば日本はエリート階級の構成が上手くいっていないってのがシステムが腐り続けている根本だ。

話が映画「凶悪」からいくらかズレてはいるけど、何にせよ映画という媒体にしたところで大して面白くないテーマであることは間違いない。
ただ、原作の方は知らないし、読む気もないけど、そういう声をあげる存在がいるっていうのは重要なことだ。

映画の方は原作ありきなので、原作のそういうメッセージももちろんこもってはいる。
ただ、映画として一番浮き彫りになっているのは、日本のジャーナリズムに対する疑問じゃなかろうか。
販売部数を追いかけるばかりの出版社。
そして、何よりよく分からない主人公の記者。

この手の記者が社会問題を取り上げて社会に問うというタイプの映画なら圧倒的に「スポットライト」なんかの方が面白い。
スポットライトはキリスト教の牧師による児童への性犯罪をアメリカの地方の雑誌社が暴いた事件を描いた映画だ。この映画の衝撃的なところは、世界規模でキリスト教の牧師の児童への性犯罪が多い傾向にあるという衝撃的な事実っていうのが暴かれるところにある。もうこの事実だけですごく衝撃的だ。
さらにキリスト教ってのは本当に世界の組織の中で最強に属する。一つの国の警察なんかじゃ、まずどうこうできない。このスクープを暴いて世に示すのは非常に困難だ。
だから、このドキュメンタリーは映画のネタとしてもかなり面白い。

対して凶悪は、ありふれた金銭目的の殺人犯の話だ。言い方は悪いが、世界的に見れば実にどこにでも転がっている話だし、日本国内で考えたって、まあそんなに不思議な事件でもない。
さらに調査を進める中でスポットライトでのキリスト教のような強い敵対するものってのもない。あるとすれば過去の事件を掘り下げたくない警察の怠慢くらいだが、それも月末の原稿の締め切りに記事を間に合わせて発表したら、終わっている。あとは結局それでも死刑にならない日本の法律という強大な敵があるが、こちらに関しては解決していないし、それに対してのメッセージも結局映画では強く打ち出せていない。主人公が泣き寝入りしておしまいってだけだ。
映画のネタとして全くパッとしない。

あとは演技が上手いか、演出がどうか、何だのという批評に関してはよく分からない。
そういうレベルの話じゃなくて、この話をどう噛み砕いたって別に面白い映画にはならないだろう、ってのが素直なところだ。

まあ、そうは言っても最後まで観れる程度には上手く物語を引っ張ってはいるし、好きな人は好きなのかもしれない。

ただ、映画でドキュメンタリーするなら、さっきも出てきたスポットライトとか、悲惨な大量虐殺が起きたルワンダの内戦を描いたホテルルワンダみたいな、ちょっと普通に考えて信じられないような事実ってのを描写しないといまいちな気がする。

ーーー

スワロウテイルの方は、やっぱり邦画じゃそうなるよね、っていうのが面白くないポイントだった。
正確に言うと僕の個人的な好みに合わなかっただけで、面白いと感じる人も少なくないと思う。別に悪い映画ってわけじゃない。

あらすじとしては、日本に外人労働者が集まるイェンタウンという架空のスラムがあるという設定でそこでの青春な話だ。ある日、主人公たちは偶然偽札を作るためのノウハウを手に入れて、バンドを始めて、これがスターになって成功するけど、あれやこれやでもめたりなんやらみたいな話だ。

スワロウテイルはさほど悪い映画ってほどではないんだけど、個人的な好みとして、まあ、ダサいのだ。
これはある種の人種差別みたいになってしまうかもしれないが、日本人がかっこ付けると、まあ、ださい。
正しく言うと、日本人がダサく映るような撮り方で撮るからダサい。

日本人がかっこよく映っている映画ってのもある。渡辺謙なんか大抵どの洋画の中でもかっこよく映っているし、邦画でも仁義なき戦いなんかは本当に日本人じゃないとかっこよくない。麻雀放浪記の映画も日本人がかっこよく映っていて、途中に出てくる米兵さんなんか実にカッコ悪く上手く撮っている。

人種差別というか、簡単に言えば白人さんが浴衣を着たって似合わないってのと同じだ。
仁義なき戦いでは原爆スラムなんかも出てくるけど、あれは日本にあるもので、戦後日本のトタン屋根のバラックってのは、日本人にきちんとフィットしている。
あれがゴッドファーザーみたいなイタリアンマフィアみたいな建物、服装でやったって、全くかっこよくもないし、似合わない。

イェンタウンという設定は日本には厳しい。
確かに在日朝鮮人の住む区画などは実在するし、独特の雰囲気はあるにせよ、イェンタウンのように海外のスラムのようなレベルの規模のものではない。
日本のスラムをバックグラウンドにしているなら、やっぱり仁義なき戦いとかなのだ。日本に実在するヤクザだし、確かに海外のマフィアみたいな派手さはないにせよ、仁義という日本独特の思想を帯びている。リアルなのだ。

そういう海外のスラムを模倣したようなイェンタウンという設定で、海外のスラム特有のカッコつけた感じは日本人がやったってダサいばかりで、結果、バンドが売れてスターになって歌う音楽だって、日本国内のポップスシーンにはいくらかウケるレベルにしたって、世界的なレベルでウケるほどのクオリティーの音楽でもない。それが大受けしてスーパースターになっちゃうと輪をかけてダサいのだ。
まあ、その辺は個人的な好みはあるんだろうが。

音楽でガツンとスーパースターになるとかの話なら、最近ヒットしたセッションなんか面白い。ジャズも古い音楽になりつつあるとは言えど世界で最も有名なジャンルの一つだし、ジャズを産んだアメリカで、しかも音楽大学っていう背景もあるから、観ていてグッと来る。
絵としてアメリカ人がジャズをやるってのはしっくり来るし、音楽もカッコ良く聴こえるし、しっくり来る。
まあ、そうは言っても、細かいところを突けば、黒人がアドリブをガンガンやって個性がぶつかって出て来る面白さがジャズだから、音大で日々一人で個人練習し続けて上手くなるなんてどうなの、しかも、ビッグバンドかよ、みたいなツッコミ所はあるにせよ、映画としての面白さなら、音楽の使い方は抜群に良いし、テンポも面白い、絵も良いし、良い映画だと思う。

とにかく絵面がダサいと白けるのだ。
これは小説なんかでもそうだけど、文体がダサいと白ける。
もうこれは基本中の基本だと思う。

スラムなんて存在しない温室育ちの日本人がスラムの中で演技したってダサくて見てられない。
これは中国人なんかが作ればもう少し上手く行ったのかもしれないとは思う。同じような顔立ちだけど、多分、本当のスラムを知っている人間ならもう少しリアルに描写できるんじゃないかなと。

でも、そう言う風にスワロウテイルの絵がダサいと感じるのは、あくまで僕の個人的な好みだ。

それにしたって、ストーリーのラインがこの程度の時間の映画に入れるには複雑過ぎるし、何よりやっぱり嘘くさいスラム感がストーリーにも付き纏う。

イェンタウンなんて嘘くさいスラムの設定でやるくらいなら、大阪の飛田新地の遊郭の女だとか、田舎の温泉街の不法入国で働いている外国人娼婦なんかの話にすれば、リアリティも深まって、絵もカッコ良く撮れる気がする。
あるいはイェンタウンという架空の設定で押すなら、ずっと未来の話という設定にしてしまえば良い。
イスラム国やテロの問題で表面化したが、ヨーロッパなんかでは移民問題がかなり深刻な問題になっている。イスラム国の問題は宗教的なバックグラウンドもあるにせよ、先進国の人間が安い賃金で不法入国者にキツイ汚い危険といういわゆる3kの労働を投げてしまって、社会で移民が必要不可欠な存在になってしまって、ヨーロッパの先進国にはそういう移民、テロリストなども潜伏しやすい下地が出来ているってのも温床にあるはずだ。
日本も案外遠い未来の話ではなく、安い賃金で働く不法労働者に伴う問題ってのは持ち上がるだろうし、そういう設定のSF作品なら十分にリアリティがある。
スワロウテイルみたいに中途半端な今だか過去だかちょっと先の未来だか分からないような設定の架空のスラムってのはリアリティがなくて微妙なのだ。

ーーー

まあ、面白くないなら感想なんか書かなくて良い気もするけど。
面白いって感想だけじゃ、それはそれで面白くない。
どうして面白くないと感じるか考えるってのは大事だと思う。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 00:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする