2017年09月07日

放浪の是非。

放浪の是非を問う。
そんな日々が続く。

まあ、一口に言えば、貧乏性なのだ。

これから始まる新しい生活、本当に僕は人生で女の人と生活を共にしたことがない、女の人に嫌われてるんだかどうだかは知らないけれど、最近、少し歳を喰って考えてみれば、まあ、そりゃそうだわな、女の人、特に若い女の人って自分を一番大事に想ってくれる男を求めているし、あれこれ言ってたくさん一番好きなものがある男ってのは、やっぱりそういうのが分かってしまった時、どうにもならない気持ちになるのかな、などとやっと最近になって思うんだけど。

女の人っていうのに関して僕の考えでは人生で一番大事にすべきものの一つだと思っている。
これに関しては昔から一貫して変わらない。
ただ、今考えれば全く大事に出来ていなかったなと思うことが本当にたくさんある。当時の僕の全力で大事にしているつもりだったけど、どうしてもう少し相手の気持ちを汲み取れなかったのかな、と。

かと言って今も大して上手く出来ている自信はない。
奥さんを大事に出来ているんだか、自信がない。
頑張るは頑張っている。
でも、自信はない。
表面的な愛しているよ、とか、綺麗な景色の場所に連れて行く、とか、それは本当に奥さんを大事に出来ているのかな、などと。

そうは言っても、奥さんは本当にとても良い人で、僕が失敗しても心から笑って僕を応援してくれるのだ。

だから、本当は放浪の是非など問いたくはないのだ。
僕は大好きな奥さんと楽しく暮らして、奥さんが毎日安らぎながら猫を撫でているのを眺めていたいのだ。その隣にはサボテンとレコードプレーヤーが欲しい。キザっぽいけれど、愛すべき女の人と猫とサボテンとレコードプレーヤー、それが今の僕が一番求めている絵だ。

でも、放浪の是非を問うてしまうのだ。
奥さんが隣にいてくれる時には放浪の是非など忘れられる。
ただ、奥さんは遠くにいる。

奥さんと暮らせば僕はもう放浪の是非を問うことはないだろう。
あの人といれば、放浪は遠い昔の話、今の幸せが本当に幸せになる。
でも、本当に僕は放浪の是非を問わなくなって良いんだろうか。

昔は誰にでもそんな相談が出来た。
今はめっきり減った。
良い歳こいたら放浪の是非など過去のものにしてしまうのが人間なんだよ、と。
そんな荒い言い方は誰もしない。
現実にはふくさんにもやっと幸せな時代が来てくれて、日々の心配が一つ減るよ。
そういう言い方だ。
もちろん、それは本心だろう。
僕の友人はみんな良いやつしかいないから。あ、嘘だ、悪い奴もいる。でも、なんだかんだすごく良い奴なんだ。
だから、本心として喜んでくれる。

ただ、それはやっぱり喜ばないといけなくなってしまったんじゃないかな、なんて思ったりもしちゃうのだ。
僕のためにも、日々の生活のためにも。
それを喜べないと、いろんなことが崩壊してしまう。

変に疑心暗鬼だな。
書いていると改めて思う。
なぜそんなに疑心暗鬼なんだろう。

書くために不安定など求めてはいけない。
でも、そういう書き方をして、素晴らしい文を残した人々も少なからずいる。

ーーー

まあ、馬鹿な話なんだけど。
久々に考える話なんだけど。

神様がある日やって来るのだ。
お前が本気なのは分かった、今日、お前に文をやろう、カフカにもやった文だ。その代わり明日以降、遠からぬ日にお前の命をもらうよ。それとも、単に書いているのが好きでもっと書きたいなら、お前には文はやらない、長生きさせてやるなどの約束もしないが、意図的にお前の命を奪うなんてこともしない。
神様はそう言うのだ。

そこで主人公は考える。
どっちが良いんだか。
本当に一生懸命ね。

でも、不思議なまでに主人公は神様のことを疑わないのだ。
普通、疑う。
明日殺される代わりに今日お前が書く文は歴史に残る素晴らしい文になるよ。
そんなの本当かどうかも確かめようがない。

でも、どうなんだろう。
僕はあまり小説のセンスがないせいだろうか。
一縷の望み、藁にもすがる気持ちで書くのだ。
もしかすると、素晴らしい文が僕にも書けるかもしれないと言って。
勇気付けるのだ。
僕は死ぬまでに必ず書けるのだと言って。

そんな主人公が神様を疑わないのは当たり前と言えば当たり前なのだ。

でも、やっぱりそこで、オレはオレでやる、オレの書くものを勝手に変えたらぶっ殺してやる、殺せなくたってオレの文を勝手に変えたら許さない、神が死ななくとも絶対にオレは許さない、そう言えないとダメなんじゃないかな、なんて考えたりする。

ーーー

アフリカの話。
どうさばくかな。

サボテンと猫の切り口までは見えたけれど。

なんだかんだ今年中には降って来ないかもしれないな。
神を許さないなどと言いながら、天から降ってくる文を書きたい、降りて来たものを一切汚さず書きたい、そういうタイプだからな。

放浪の是非ってのに集約されるのやら、疲れているからそんなことを思うのやら。
まあ、今の自分ができることをやるだけだな。
今の自分ができることをほんの少しでも増やすだけだな。

ま、そんなこんな。

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posted by ちょろり at 06:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする