2018年04月22日

ジャズを聴いていると不思議と悲しくなる。

ジャズを聴いていると不思議と悲しくなる。
失われた時代を思う。

そんなこと言ったって、ジャズの時代なんか実際には僕にはなかった。
ジャズを聴くのは好きだけど、演奏出来る機会なんかもなかった。代わりにクラシックギターを弾いた。

だから、ジャズを聴いて失われた時代を思うなんてのはすごく不思議なことなんだけど。

それでも、昔はとにかくジャズを聴きながら文を読み書きし続けたから、その時代のことを思っているのかもしれない。

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最近、ジャズギターを始めたのだけど、辞めることにした。
今日、ジャズギターの先生のライブがあったので聴きに行ったところ、辞めることに決めた。
先生は上手かったし、ジャズって素敵だと思った。
でも、自分がジャズギターをやることはない、誰かとセッションをすることはないと感じてしまったのだ。
何故って分からない。

一つに歳を取ったせいもあるのかもしれない。
ジャズよりもクラシックの方が心震えるようなことが増えた。

ただ、単純に自分は一人で何かを作るタイプだったのかもしれないなんて思わされてしまったのだ。
何人もで一つのことをするじゃなくて、あくまで一人で自分が思うように自分のしたいことをし続ける。
音楽以外のことは分からないけれど、音楽に関しては誰かとやるって向いてない気がしてしまった。

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何だかその体験はとても悲しいことのように感じた。
理屈じゃなくて、そんな気がしてしまうって何とも言えない。
理屈で説明できることは何となく納得したり、あるいは改善したりも狙える。
ただ、フィーリングで感じてしまったことって、もうどうにも出来ない。
だれかと一緒に音楽をするって俺には無理だ。
それはとても悲しいことだった。

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それでも、仕方のないことだ。
違うと思ったことってやっぱり違うのだ。
人生、我慢も大事とは言うけれど、我慢なんてのはしない方が良いと思うのだ。

そりゃ、したいことのために必要な我慢は大事だ。
でも、したいことと違う我慢は駄目だ。
僕は今でもそう思う。

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ちょっとばかし、仕事の休みが少なくて疲れてるせいもあるのかもしれない。

ただ、ゆったりとギターでも弾きたい。
だれか一緒に弾いてくれるって言うんなら、僕が唯一二人で重奏をした男が良い。
それでも、彼も忙しいし随分遠くに住んでいる。

だから、春の暖かな夜に願うことは一人でゆっくりとギターが弾きたい。それだけ。

そんなこんな。


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2018年04月17日

2018年04月14日

遠い世界。

歳を取ったんだか、日々が忙しいのか。
日記を書かなくなった。

ブラックバードが夜の死の中で歌ってる。
壊れてしまった羽で飛ぼうとしながら。
この瞬間のために生きてきたのだ。
ブラックバードよ飛んでくれ、闇の中の一縷の光を求めて。

ビートルズのブラックバード、翻訳は僕なのであまり正確ではないかもしれない。
アフリカを走っていた頃よく聴いていた曲だ。

この曲は非常にシンプルだ。
伴奏はギターだけの弾き語り。
ギターはきちんと弾こうと思うと割と難しいようなこともするのだが、何となく弾くだけなら初心者でも弾ける。ただ、弾きながら歌うのは難しい。
歌も歌で激しい抑揚もない。
歌詞も実にシンプルだ。絶望の中を生きてきた黒い鳥が今こそ飛ぶ時だっていうだけのことを繰り返すばかりだ。
歌詞は暗いが、曲は優しく暖かだ。

ブラックバードとは日本名ではクロウタドリという鳥のことらしい。
30センチほどで体は黒く、クチバシは黄色い。
ヨーロッパなんかでは公園なんかにいるそうだ。
鳴き声が綺麗な鳥だと言う。

アフリカの強い日差しの中でブラックバードを聞くのは実にヘンテコなことだったと思う。
南米を走っていた時にはグレングールドの後の方の演奏のゴルドベルグ変奏曲だったが、こちらは割としっくり来る。パタゴニアの荒野で聴くにはグールドの孤独な美しいピアノ演奏っていうのは、まさにピッタリだった。ソニーのCDウォークマンを持って行っていたのでブエノスアイレスで三枚ほどタンゴのCDも買ったし、他のCDも2枚あったけれど、結局グールドばかり聴いていた。

旅の最中に聴く音楽とは不思議なもので、日本では大してきちんと聴いていたわけでもない曲を聴く。
アフリカでは知り合ったヨーロッパ人の旅人がすすめてくれた南アフリカのソウェトゴスペルコラールというグループの曲も好きだった。
ただ、自転車に乗って聴いていたのはブラックバード。

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かつては文を書くのが日々の唯一の癒しだった。
文を書くと正直あまり良いことが起きない。
何でもかんでも書くもんじゃないよ、と言われたり、アレコレ文句を言われたりもする。
沈黙は金とは言うが、黙して喋らないというのは確かに害がない。
しかし、害がない代わりに何も誰にも喋らないと、思考は頭を回っているだけでしばらくすると消えてしまう。
書いたとしたって消えてしまうには違いないし、特に反応なんかもあまり帰ってこないので、喋るほどは思考にコダマがあるというわけでもない。
それでも、文を書くと考えがコダマする。

世界はめまぐるしく変わった。
正確には僕がめまぐるしく変わったのかもしれない。それでも、世界っていうのはあくまで主観的なものだろう。木が生えて、動物が生まれて死んで、人間に関しては利害をめぐって戦争したり貿易してみたりの規模のことから少額訴訟にちょっとした買い物の細かい契約やら、五分の遅刻の嘘の理由やらあれこれ小競り合いをしたりと、そういう変わらないこともあるけれど、世界は刻一刻と変わり行く。
あくまで世界は主観的なものであって、変わっていく。
昔と違って暑くなった、でも、平均気温はグラフにするとさほど大きな変化はない、冬は寒くなった、ここ数十年一番の大雪、そんなことが毎年言われる。

そういうのってあまり関係ない。
風呂の水をじゃぶじゃぶ使ったって水道代もガス代も知れている。エアコンはつけっ放しにしていてもあまり電気代は変わらない。
地球は相変わらず痛んでいる。

小説を読んでも映画を観ても、あまり感動しなくなる。
どこかで聴いたような話。
音楽もビルエバンスを聴いていた頃よりはいくらか聴くプレイヤーもジャンルも増えたけど、どこか上の空だ。

マネジメントや会計なんかの本を読んでみても、それがどこに通じるんだろう。
売るための方法を考えて、たくさん売って、それからどうなるんだろう。
僕は静かに自転車を売っていたいだけなのだが。

どうしてアイツはギターを弾くのを辞めてしまったんだろう。
それはきっと君が大道芸をやめたのと同じような理由さ。別に飽きたわけでもなく、単純にやる気が起きないんだ。
何かをし続けるには縁が必要だ。
気付けばずっと自転車に関係する生き方をしているようにね。

小学校の教師をやめた男が偉そうにして、人の言うことに耳を貸さない。

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どこのことを考えているのか自分にも分からないけれど、とにかく遠い。
それは遠い。
遠い世界の中の僕はこの世界の僕を探しているのかもしれない。


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posted by ちょろり at 01:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月11日

葉桜など眺めたこと。

葉桜など眺める。
桜を眺めるのは嫌いじゃないけれど、好きでもない。そりゃ、桜は良い。桜ってのは文句無く良い。そりゃ、間違いない。
幼稚な反逆心ってわけでもないけれど、桜を眺めるのは芸がない。
葉桜を眺めるってのは芸がある。
そんな馬鹿な考えを持っているのだけれど、現実問題としては、花の桜はチヤホヤするけれど、葉桜などありがたみもなく通り過ぎる。
そもそも葉桜は毛虫がいるから、葉桜には近づかない。
それでも、今日は葉桜を眺めた。


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2018年04月09日

雲まで届くような塔を。

自転車屋をして死んでいく自分の人生を考えると何とも悲しいような気持ちがした。
自転車屋に限らずどの仕事もいずれ死に行くのは変わらず、目先の給料や名誉、ステータス、やりがいなんかはいくらかは違うにせよ、ベルトコンベアでコンビニ弁当の具財を並べていたって、大手企業でそれらしいことをしていても、本質的には人生に大差ないような気がする。

そんなことを言っていても仕方がない。

お酒を飲んでも、自転車をこいでも特に何も満たされない。
夜の桜に妙な寂しさを感じたりする。
咲き始めは冬の終わりを喜べるか、散る頃には一つの季節が通り過ぎる、年月が進むのを感じ、少し北に行くとまだ満開の桜に出会って、その頃にはもう美しさじゃなく寂しさを感じる。

何とかせねばならない。
自分の人生は自分でなんとかするしかない。
しかし、どうやって。

個人拠出型年金の話など持ち上がったりして、話している相手の方は良い話だと思っているのだが、私の方はどうもそんなに長く生きる気もしないし、生きたとして、そんな時にお金があって何に使うんだろうなどと考える。お金があれば人生に憂いがないか。お金がなくて困ることはあるが、お金があるからって幸福とはまた関係ないことのように思う。

暖かな土地でビールを飲もう。
それがいい。
それから先はビールを飲んでから考えよう。
それでいいのか。

例えるなら雲まで届くような塔を作っていたい。
誰のためでもなく、何のためでもなく。
ただ、なにかを積み上げるように終わることなく作り続けなくちゃいけない、雲まで届来そうになった頃に随分と高くなったなと見上げたい。

そんなこんな。


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