2019年03月25日

山の裾野へ引っ越すことにした。

山の裾野へ引っ越すことにした。
厭世的になっても仕方はないのだが、最近は北海道の過疎の村の役場の求人などを見て、良いなと思ったりする。

子曰く(しいわく)、学びて時に之を習う、また説ばし(よろこばし)からずや。
朋遠方より来たる有り、また楽しからずや。
人知らずして慍みず(うらみず)、また君子ならずや。

ふと論語を思い出す。
高校の頃、学校に行くのが嫌いだったので、図書館で論語を読んだものだ。
授業でも習うが、学校のことは全面的に馬鹿にしていた。実際、学校で習う国語とは実につまらない。どうして名作をあんなにつまらなく感じさせる事ができるのだろうと思う。
そうは言っても、名作を知ったきっかけはやはり授業で教わるからだ。

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論語は何とも素晴らしいと感じた。
まず漢字がずらずら並んでいてカッコいいし、書き下し文を声に出して読み上げても何だかテキパキしていてカッコイイ。まあ、漢文全般に言えることだろうが。
それにしても、論語はカッコイイ。

実際のところ高校で論語を知るまで、日本の教育では学ぶとは何なのかということを教わらない。
論語はこれに対していきなり教えてくれる。
学ぶとは楽しいことではないか、と。
そして、学んだ結果として、遠くにいる友人にまで自分の話が届き会いに来てくれ話すとは実に楽しいことじゃないか。
だからといって、仮に人に知られるようにならなくたって恨んだり、くさったりしないで学び続ける、そういうのが君子ってものだよ、と。

なんと的確でコンパクトに学ぶとは何なのかを綴っている。

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まあ、実のところ、論語の内容などほとんど覚えちゃいないのだが。友あり遠方より来たるのフレーズは何故だかよく覚えている。

学校だとか集団というのは今も嫌いだ。人がたくさんいて、もちょもちょしているのが嫌いだし、学びたいために学ぶのじゃなく、みんなが学んでいるから学ぶっていうのがすごく気持ち悪かった。
生きていると何歳になっても大多数の人間は同じでみんなが働いているから働くだけで、働きたいことしたいことのために働くって少ない。

特に近年、人間を眺めているとつまらないような気持ちになることが増えた。人間に対して嫌だと思う気持ちもそうだが、つまらなくなった自分自身を映す鏡のように感じるせいかもしれない。
少なくとも、自分はかつてつまらない人間だと考えていた人間になりつつあるし、それを受け入れつつある。

30歳など若いと言う人もいるが。
はっきり言って30歳はもう全く若くない。
人間、40歳にもなれば明確に体力は落ち始める。
イチローでさえ45歳で引退だ。45歳までスポーツ選手としてプレイできるって本当にすごいことだ。
死ぬのは100歳かもしれないけれど、イチローでさえ45歳で現役終了だ。どうしたって体が衰えてくる。
ましてや、すごいわけでもない一般人の僕なんかは45歳まで体が元気なわけもなかろう。
まあ、プロのスポーツ選手じゃないんだから、体が元気じゃなくたって構わないとも言えるけど、脳みそだって45歳にはもう落ち目だろう。

現実問題として、35歳くらいだと思うのだ。
何歳からでも何でも始められるというのは事実だが、35歳を過ぎてゼロから始めるってのはやはり成長がしにくいのだろう。

50歳ともなれば、もう落ち目も良いところ。
むしろ、老害になり始める人もいる。過去の栄冠にすがりついて、下の人間を馬鹿にする。

もちろん、そうじゃない人もいる。謙虚に生きて、60歳だろうが70歳になろうが、若い人の話を聞いて素直に認めてくれることもあれば、助け船を出してくれること、率直に意見を言ってくれる人もいる。
長く生きて偉いはずの人が、年齢関係なく人間同士としてあくまで対等に、なおかつ年長者としての優しさを持って接してくれる。
そういう立派な人もいる。

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論語では、
十五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして心の欲するところに従って、矩をこえず。
とのことだ。

意味は、五十までは読んでそのまま。
六十にして何を聞いても動じなくなった。
七十にして思うように自由にやっても、道義を違えるようなことがなくなった、といった意味だ。

今よりも平均寿命の短い時代ということも考慮しなくてはいけないのはある。
今は寿命100年の時代だし、定年がない仕事なら60過ぎても現役でバリバリ仕事をする人もいる。

そうはいっても、昔の平均寿命の低さは子供のうちに死んでしまう確率が高かったせいもある。元気な人はやはりある程度までは長生きしたのだろう。

五十にして天命を知るのだ。

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そう考えていくと三十というのは、もう若くないわけだ。
もちろん、まだ五十まではしばらくある。
しかし、もう何かを始めていないといけない年齢ではあるのだ。

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最近、結婚をしたのかと聞かれることがある。
籍は入れていない。
入れても良いのだが、入れなくても構わない。どちらにせよ、今の人と死ぬまで過ごすのだろう。

結婚は男の墓場とは言うが、墓場にする人も多いし、そうじゃない人もいるだろう。
自分はどちらなのかと考えるとちょっと分からない。
それでも、墓場になるとしても、それは結婚したからではなく自分の怠慢ゆえに墓場を迎えるだけのことだろう。
一人で生きるのと違い相手を気遣わなければならないのも事実だが、相手が自分を助けてくれるのも事実だ。
助けてもらうことで出来るようになることが増えるか。助けることで自分の出来なくなることの方が増えるか。
一人で生きるのとは違うが、イコール墓場ではなかろう。一人じゃできないことが出来るようになるのだから。

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まあ、それにしても、友あり遠方より来たる、とは実に的を射たもので。

今の仕事にくたびれはてた今、旧知の友が遠方から来てくれ、手を差し伸べてくれれば良いのにと最近の僕は思う。
そうは言えど、旧知の友の多くも、やはり日々の生活に飲み込まれ、くたびれ、かつての光みたいなものは失われているだろうなどと考えると、故郷には帰りたくないし、旧知の友にも会いたくないような気持ちになってしまう。

北海道の過疎の村の役場の求人を眺める。
それで良いのかね、とも思うが。
遠方より友は来ない。

ドイツの友に会いに行きたい。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 00:03| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月11日

五月一日に日本人は日の丸の旗を掲げるのだろうか?

もうじき平成が終わるらしいが、果たして新しい天皇陛下が即位される五月一日に日本人は家の前に日の丸の旗を掲げるのだろうか?
ふとそんな事が気になった。

かくいう僕はそもそもに日の丸の国旗を持っていないので、掲げようもない。
買うべきだろうかと思うのだが、国旗って何屋で売っているのだろう。白い布に赤い丸を書けば良い気もするが、白い旗なんかどこで売ってるのやら。何で日の丸を染めれば良いのやら。
まあ、Amazonで売ってるのだろうが。

普通の祝日にまで国旗を掲揚すべきとは思わないが、やはり元号が変わり天皇陛下が変わる日くらいは国旗は掲げるべきじゃなかろうか。
とは、思うものの、今のご時世、祝日に国旗を掲げている家ってまったく見なくなったし、うちだけ国旗を掲げるのも妙な気はする。

何だかその時点で妙な話ではある。
日本なんだから、天皇陛下の代替わりに国旗を掲げて敬意を表するのが少数派で、気まずさみたいなものを感じるなんて。
まあ、妙な話である。
ここは日本であり、日の丸は国旗である。

何だか昔は運動会なんかでも国歌って流れていたし、国旗掲揚ってあった気はするのだが、随分と長いこと国歌を聞かない。

南米を自転車で走っていた頃はやたらと君が代を歌っていた。暇があれば君が代を歌っていた。
アフリカの時は歌わなかった。
アフリカの時は2回目の旅行なので少々旅慣れていたから怖さも減ったということもあろうし、アフリカって割とどこでも人がいたので大声で何か歌うわけにもいかなかった。
南米はもう正に明日死ぬかもしれないって割と毎日思った。実際パタゴニアって無人地域を三日間かけて野宿しながら移動するのが普通だったから、なんかもう毎日が大冒険だった。
そういう意味ではやっぱりパタゴニアが一番楽しかった。

孤独になって君が代を歌う。
そんなの僕くらいのもので、他の人はそうじゃないのかもしれないが。
それでも、異国で一人きりになったとき、祖国を想ったものだ。
パタゴニアの暴風の荒野の中で君が代を歌うと、何とも美しいメロディーだと感じた。

最近の僕は割と孤独している。
一緒に暮らす人は出来たが、職場で友人と言えるほどの人はいない。別の店舗にはいるけれど。
人間関係ゼロってことはないが、今月末引越しをするのに、冷蔵庫を運ぶのを手伝ってもらう友人がいなくて困っている。引越し屋も三月末の引越しなんて、もう間に合わない。家具は少ないので問題はないのだが、少し難儀ではある。

パタゴニアの孤独は割と心地良いものだった。
死にたくはないけれど、何というか潔さみたあなものがあった。テントで眠る時、「ピューマが出て食い殺されませんように」なんて考えた。
高緯度なので夜は短かった。
暴風の中を延々と自転車をこぐ。
本当にそれ以外ない。街も人もいない。一時間に一台車が通るかどうか。ただ前に進み、疲れたら水を飲み、ビスケットなんかをかじった。
死にたくはないけれど、死んだって悔いがないような綺麗な孤独だった。
それで僕は日の丸を歌っていた。

今の孤独ははっきり言って随分と不快だ。
人間は腐るほど周りにいる。
しかし、僕は徹底的に孤独だ。
仮に明日重い病気になったら、妻以外で助けてくれる人は誰かいるだろうか。
気付いていないだけでいるのだろうか。
こんなに言葉も通じる、同じ国の人間が周りにいるはずなのに。

母国にいて、母国が遠い。
帰るべき、帰属すべき集団を感じられない、分からない。
日本最高とかっていうナショナリズム的な話じゃなく、単純に人間、生きている限り何かの集団に帰属しないとやっていけないし、日本、国歌ってのはやはり帰属すべき器であるべきだと思うのだ。
家族、血縁については故郷を離れるとやはり遠い。いずれ帰るべき場所かもしれないが、当面予定もない。何より故郷が姿を変えていくのが、どうも最近忍びない。故郷の町や景色もそうだが、友人、知人、すべてのものが変わってしまう。もちろん、自分も変わっているだろうから、変わってしまったものに対して文句など言えるわけもないし、不満などもない。ただ、変わってしまうと、僕の胸の中にある故郷、僕はどこに帰るべきなのだろうと思うのだ。

天皇陛下は毎日国民のためにお祈りをしてくれているそうな。
実は世界でも一番偉いらしい。神話の時代からの正当な血族って、世界で天皇陛下くらいらしい。
そんなに偉いのに我々国民のために毎日お祈りをしてくれている。
まあ、それが生まれついての仕事だからということもあるにせよ、それでも毎日、国民の安寧を願って生きている。
天皇陛下は日本のシンボルであり、政治的な実務はしないとはいえど、やはり天皇陛下は日本なのだ。

まあ、天皇陛下を敬愛しましょう、国旗を掲げましょうとは言わないし、実際、僕も国旗を買うかも未定ではあるのだが。
五月一日が何事もなくやってきて何事もなく過ぎてしまうってのは、歴史に対する敬意がないような気はする。

ま、そんなこんな。


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posted by ちょろり at 01:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする