2019年04月20日

正しいことが正しいとは限らない世界。

正しいことが正しいとは限らない。
ただ、それってどうなんだろうか。
正しいことが正しいとは限らないのが正しい世の中って結構狂ってしまってるんじゃなかろうか。

「はじまりへの旅」という映画を観た。
主人公の一家は森の中で暮らしている。父親の教育方針なのだ。世間から離れ、学校には行かせず、父親が直接教え、肉体を鍛え、書を読み知識を蓄えて生きる。ヒッピーと一口にも言ってしまえるような暮らしをしている。
しかし、母親が精神病の末、自殺した。その葬儀に家族で行くため森を出る。
そう大した事件は起こらないのだが、ちょっとしたアレコレをする内に、やっぱり子どもは学校に行かせてまともに生きさせてやろうと父親は思うようになるという話だ。

まあ、この映画はどこか後味のよろしくない胸糞悪い映画だった。
学校に行かせず森で育てる。知識は十分にある。人間、それで良いように僕は思うのだ。
そりゃ、みんながそう生きていくとよろしくない。
ただ、いくらかはそういう人がいたって悪くないはずなのだ。
別に森じゃなくてもどこでも良い。ただ、学校でみんな等しく歩調を合わせてクローンのような考え方を持つ必要はなかろうと思うのだ。

映画の中では子供たちは何ヶ国語も習得していて、哲学や思想、自然科学などのジャンルの学問にも深い。筋肉はモリモリ。
現実には英才教育をしても、そんな風にはならない。
現実は医者の子どもでも、いくら金をかけて教育してもロクな大学に入れず、金を積めば入れる地方私立医学部っていうのが存在しているように、勉強や学問っていうのは、出来ない人間は出来ない。
ましてや六ヶ国語を喋って、全ての学問に深いなんてことが何人もいる子どもが全員出来るようになるわけはない。

まあ、あくまで映画、作り話の世界の設定なので、そこまでは良しとしよう。仮定、設定がないと物語は成り立たないので。

ただ、問題はそんな天才的な子どもたちがわざわざスクールバスに乗って学校に行く必要があるかというと、甚だ疑問ではある。
一体主人公は何に敗北したのか、これが非常に謎なのだ。

確かに社会性というのは大事ではある。
子どもを社会から隔絶してしまうのは危険であることは間違いない。
ただ、六ヶ国語やら何やら習得出来るだけの能力があるなら社会性も学ばせてやれば覚えれるだろう。
世捨て人をするというのもまた選択肢だろうし、社会に帰属して生きるもまた選択肢だろう。親がどちらかだけを強要することは良くないとも言えるが、逆を言えば基本的に世の中、親は子に社会に帰属することを強要している。

社会性というのも、そもそもに怪しいもので、国が変われば常識も違う。
最近、ベルリンの友のことを考えることが多いが、彼が偉いのは、そういう既存の社会性に依存しないというところだ。日本に生きれば日本の社会に帰属して生きるのが楽だ。未知の世界に適合して生きる、どこに行っても生きていけるってのはすごく強い。

正しいことが正しいとは限らない。
例えば、日本で客商売をしていると明らかに理不尽なことを言う客っていうのはどうしても存在する。
日本以外の国ではどうか分からないが、物を買うとなると、客は神様というのが発生する。

実際、客商売をしているとお客様は神様っていうのは正しい。神様のように思いなさいという比喩ではなく、お客様がお金を落とすからこそ我々の生活は成り立つ。お客様の求める商品こそが正しく、お客様が求めない商品は正しくない。
いかに作りが良くて素晴らしいものであっても、お客様が求めていない商品は客商売をしている限りダメなのだ。
まあ、基本的には作りの良い素晴らしいものっていうのをお客様は欲しいと感じる場合が多いんだけど。

ただ、人間として正しくないことでも、お客様が求めるものっていうのもある。
例えば安い電気だ。
これは倫理的に考えて正しくないだろう。
原子力発電所が吹き飛んでも、安い電気代は求められる。ジャブジャブ電気を使う。
でも、お客様が求めている限り、商売をしている立場からはそれをいかに提供するか、いかに魅力的に提案するかになる。
お客様は神様なのだ。

明らかに理不尽なことを言うお客さんは、現実的にはお客さんじゃなくなる。理不尽を言って利益よりも損害を出すようになると、これはお客さんじゃない。利益をもたらしてくれていればこそお客さんはお客さんなのだ。
しかし、現実はそうも行かず、ニュースなんかで店員が土下座をさせられたりする事件が起きるわけだ。

商売は三方良しが理想ではある。
売り手、買い手、世間の三方に良い商売が理想だ。
そのためには正しいことが正しいが通らないといけない。

正しいことが正しいとは限らない。
六ヶ国語を覚えて、知識を蓄えて、肉体を鍛えて、それが正しいとは限らないってのは何とも変な気がする。

主人公は一体何に負けて、子どもたちをスクールバスに乗せて学校に通わせることにするのか。
いや、この製作者は一体何に負けてこういうラストを書かねばならなくなったのか。
ヒッピーはダメだ、長いものには巻かれろ、世間に順応しなくちゃいけない。道徳の教科書に載るようなクリーンなラストじゃないといけない。

正しいことが正しいとは限らないってのが正しい世の中。
何者か分からない巨大な何かが個人の考えを否定して、無言の圧力で一つの方向に導く世界。

実際、僕も誰に遠慮してるんだか分かりゃしないが、何者かに気を使って正しいことが正しいとは限らないような、正しくないことも目を閉じてやるのが正しいような、ヘンテコなことになっていってる気はする。

変なクリーンな雰囲気でラストをしめてはいるが、何とも後味の悪い映画だった。

そんなこんな。


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posted by ちょろり at 23:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月18日

子どもが出来た。

子どもが出来た。
無事に産まれるんだか、まだ安定期にも入らないから分からないけれど、元気に産まれて、大きくなって欲しい。
そんなわけで結婚もすることにした。

急にいろんなことが進んだ。
アフリカは遥か遠い過去のようだ。

子どもが出来て、最初、中絶も考えた。
僕も妻、妻になるので妻で良いんだろう、どちらも当面は子どもは作らず二人で呑気にやって行くつもりだった。
結婚もどちらでも良かった。いずれ結婚するのだろうが、役場での申請なんかが難儀だろうからと折を見て入籍すれば良かろうといった程度のものだった。
そこにふと子どもが出来た。

僕も何だかんだで31歳、妻は少し年上なので世間一般で言えば子どもを持つにはちょうど良い年なのだろうが、世間の考えは世間の考えであり、僕らの考えとは関係ない。
僕の収入は相変わらず少ない。
独り身で生きるには十分だが、誰かを養えるかと言えば、まあ、養えるんだろうが。
そう、酒を辞めた。週に一度くらいは家で晩酌しているが。毎日ウイスキーを飲む暮らしから随分な変化だ。
煙草は辞めていないが、随分減った。
酒と煙草をやめるだけで、まあ、何とか養えるくらいにはなる。というのも、僕の出費の大半はその二つだったから。それ以外の娯楽といえば自転車くらいか。妻と暮らすようになってからはギターも弾かなくなったし、本もあまり読まなくなった。最後の砦が酒だったわけだが、酒は案外すんなり辞めた。
そうすると案外、生計が立ちそうな見通しが立った。
酒飲みってそんなもんだろう。
酒っていう鉄球を付けて生きている。外せば案外いろんなことが出来る。分かっちゃいるけれど、酒が好きで飲む。飲んで何か良いことがあるわけでもない。知り合いがいくらか出来るのは良いことだけれど、お金同様、夜の夢だ。飲み終われば眠りがやってきて、朝に太陽が昇る代わりに過ぎ去って行く。
だからこそ、酒の仲間は好きだった。
出来れば酒の仲間は夢であって欲しい。
日本人の常識としては昼間の仲間との交友を深めるために酒は飲むものかもしれない。
だけど、僕にとっては酒の酔いの中で夢のように揺れる友達でいて欲しかった。俗っぽい話は聞きたくなかった。仕事の愚痴など聞きたくもない。何の内容もない話をして揺らいでいる、夜の夢の仲間。
僕は一人きりで酒を飲みに出掛けるのが好きだった。

酒と煙草を辞めて、子どもを一人育てられるくらいの採算が立つ。
そう考えると酒を飲んできて良かったなと思う。
夜の夢から離れるのは寂しくもあるけれど。

昼の夢といえば自転車の旅だったんだろう。

酒に満たされた夜か、その日眠る場所も分からない昼の日々か。

ーーー

子どものためにそういったことを辞めるのかと言うと、まあ、その通りでもあるのだが、どこか肩の荷が降りたような気もする。
正直なところ、アフリカ以来、僕の心が燃えるようなやりたいことは見つからなかった。
仕事は嫌いじゃない。好きかと言われると、地方の町の自転車屋さん、どこか物足りない気もせんでもないが。それでも、悪くない仕事だと思う。それでも、心が燃えるようなことかと言えば、どうだろうと思う。
小説を書くということも、小説を読まなくなって、要は小説に心酔出来なくなったから読むことが減ったのだろうか、はたまた読まなくなって心酔出来なくなったのか、何にせよどうしても書きたいものってのがなくなったか、はたまた書きたいものは心の中に燻っていれど、手に届かなくなったのか、手を伸ばす労力、探す労力が落ちたのか、心が燃える感じがなくなってしまった。

どう生きるか。
正直、そういうのが見えなかった。

自転車屋さんという仕事に関して熱意はあるが、正直、随分走ってしまったからか、自転車に対してどこか冷めているところもある。いや、好きではあるが、世の自転車愛好家のように頑張ろうってあまり思えないところがある。休日にロードバイクで走っても、マウンテンバイクで山を走っても、一人きりで異国を走る高揚感みたいなものはない。ましてやアフリカやパタゴニアのような高揚感は縁遠い。
100km走ったって特に達成感はない。200kmほど走ればいくらか満足感はあるが。それでも、どこか冷めてしまっている。

そういう中で子どもが出来て、中絶のことも考えたが、二人で考えた結果、頑張って育てていこうと決めると、肩の荷が下りたような気がした。

ーーー

人間、誰しもすごい人でありたい。
何でも良いから、何か一つ、他の人には出来ないすごいことが出来たり、職場ですごく仕事ができるとか、他の人からすごいと思われるような要素が欲しい。
多かれ少なかれそういうのって誰にでもある。

僕の場合、自転車の旅にせよ、小説にせよ、僕に出来るかもしれないすごいことだったんだろう。

自分で言うのも何だけど、自転車に関してはちょっとすごかったと思う。
いや、自転車の旅自体もそうだけれど、その旅を文にして世界を綴ったというのもほんの少しはすごかったと思う。
まあ、よくやったんじゃないかと思っている。

だけど、すごくあり続けるって大変だ。

友人でベルリンに住んでいる男がいる。
彼は高校を卒業してから、たまに日本に帰ってくる以外はずっと異国にいる。
日本が嫌いなんだかどうだか知らない。
エリートってわけでもなく、料理なんかしながら生きている。
僕は彼のことはすごいと思っている。
別にハーバード大学を出てるわけでもなく、単にインターナショナルフリーターみたいな具合なわけだが、異国でお金を稼いで生きていくってすごいと思う。良い大学を出て駐在員として異国に住むとかじゃなく、体一つで異国で生き抜いているってのは、これはかなりすごいと思う。
彼は彼自身のことをすごいと思っているのかは知らないけれど、多分、自分の生き方を愛しているんじゃないかなと思うし、普通の日本人とは違う生き方をしているという自負はあるだろう。

すごくあり続けるって大変だ。

そういう意味で、僕は子どもが出来て、育てることを決めた時、どこか肩の荷が下りた。
子どものせいにして、いろんなことをやめるってわけじゃない。
ただ、いろんなことをやりながら出来るほど子育てって楽じゃないだろう。
ある意味では僕は子どもを言いわけにして、人生を一つ降りるのかもしれない。

実際は小説を書くなんて子どもがいたって出来るだろう。

肩の荷が降りてしまった。
僕はもうすごくあり続けなくって良い。

ベルリンの友はまだまだすごくあり続けるだろうか。

ーーー

すごくあり続けるってのは、ヒーローでい続けるってことなんだろう。

多くの人は途中で肩の荷を下ろしてしまう。
実際、僕より早く結婚した友人を見ていて、正直なところ、つまらなく感じたことが何度かある。
もちろん、それは否定したりすべきことではない。ただ、つまらないと感じた。
まあ、野球部の4番でエースだって、プロ野球に進まない限りは普通の人になっていくんだ。

基本的には普通の人で世界は成り立っている。

実際に4番でエースじゃなくたって、学生くらいまでって、何かしら4番でエースのことってある。ギターが上手でバンドで目立っていた、とかね。
それが、日々、仕事帰りに買うファミチキとビールだけが楽しみになったりする。

要は僕はそういうのが嫌だったんだろう。
自分がそうなるのも、かつてヒーローだった友人がそうなるのも。

ーーー

でも、いざ、子どもが出来て育てていこうと決め、肩の荷が下りたような感じがすると、それも人生か、僕の人生は折り返しに来て、死に向かって下り始めるのか、そんな気もするのだ。
どこか寂しくもあるが、いずれは死ぬのだ。
その中で次の命に任せるのかもしれない。
なんて無責任なことだ、と思うところもある。
でも、僕はとりあえずここまで頑張った、あとは君に頼むよ、と言ったところか。
すごいことをしてくれ、なんて思わないけど、元気で楽しく面白く生きておくれ、なんて思うわけだ。
僕は僕で随分頑張ってみたんだよ。どうも、まだまだ満足はしてないけど、いったん君に任せようかな、って。
もしかすると、子どもがいくらか育ったところで、また僕も僕で何か頑張るかもしれないけれど。
とりあえず、当面は君を育てることだけに集中して頑張ってみようかなって。
多分、それは結構楽しいことだと思うし。
少なくとも、僕の心が燃えることではある。頑張ってみようじゃないか、って。

とりあえずは元気に産まれて来てくれると良いんだけど。
父親ってのは母親ほど頑張れることが少ないから、何が出来るってわけでもないんだけどね。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 23:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする