2020年01月26日

住宅営業マンって意外と楽しい。

とうとう本格的に住宅営業マンの業務を始めている。
モデルハウスでお客様とお話しして家を作るための相談しませんか、っていうのを始めた。
何とか1組予約をもらえた。
ありがたいことだ。今日はお祝いだ。まだ契約までは遠いけれど、僕の新しい仕事の実質的な第一歩が踏めた。

意外なことに自転車を販売していた時より楽しい。
もちろん、自転車も楽しかった。
でも、家を作るって、暮らしや人生をデザインすることでもある。
こういう家に住みたいって、単純に今のアパートより家賃が安くなるからっていうだけの理由ではない。
誰だってせっかく建てるからには、無理のない予算内で良い家に住みたいのだ。

良い家って何なのか。
これは自転車にも共通することだけど、その人の要望に合っているかが全てだ。
自転車の場合、通勤にラフに使えるクロスバイクが欲しいって人もいるし、休日の趣味として颯爽とロードバイクに乗りたいって人もいるし、何となくかっこいいから欲しいって人もいるし、車でも何でも高いものが欲しいって人もいる。
家も同じで、とにかく住めれば良いって人もいる。

ただ、家の場合違うことは値段がまったく同じでも間取りなんかで随分と住み心地が変わってくるということだ。
分かりやすいのは吹き抜けとテラスだろう。
解放感を作るために吹き抜けを作りたいっていう人は多いけど、四畳の吹き抜けにするよりそこに部屋を作ってしまえば四畳半の部屋が8畳半の広々とした部屋になる。
テラスやベランダにしてもそうだ。

子供部屋を広くするか寝室を広くするか。
様々な問題が出てくる。

そして、基本的に家は初めて作るという人が大半なので間取りなどの考え方とかって全く分からないのだ。
子供部屋を意図的に狭くして、部屋にこもらないようにして出来るだけリビングで過ごさせるっていうのも最近のトレンドだ。
もっと大きい流れとしては、昔はリビングとダイニングキッチンは別の部屋だった。一階にはダイニングキッチン、リビング、居間と分かれていたのが、今は全部くっつけて大きなリビングダイニングキッチンと大きい空間を使うようになってきている。
家族は何をするにもたいていそこを使い、自室は眠るくらいという考え方だ。

そういう流行こそあれど、自分たちの暮らし方だとこっちが良いというのが必ず誰でもある。
自転車が超軽量な100万円のロードバイクが全てじゃないように、価値観って本当に人それぞれだ。

家を作るって、本当にそういう細かい要望をどれだけ拾えるかだ。
予算だって、住宅ローンが組める目一杯の金額じゃなくて、それぞれにこのくらいの金額に抑えたいっていうのはある。
一生に一度の買い物だから少々無理はしても良いと考えている人もいる。

金額が大きいだけに人間の深い部分が見えたりもする。

販売が好きな人は住宅営業って良いと思う。
あるいは僕の入った会社が偶然僕に合う良い会社だったからそう思えるのかもしれないけど。

ま、そんなこんな。
posted by ちょろり at 00:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月15日

やさしい、ありがたい。

珍しくFacebookに仕事の宣伝など書いてみたりした。
転職と近況報告に乗せて、今度、家の見学会をする記事など貼ってみたわけだ。
ちなみにこれ。最近の僕はこんな仕事をしてるわけだ。長野県の小さな工務店で家の勉強をしつつ、のんびり生きている。
https://www.lhouse.co.jp/event/200118-27/

仕事の話、特に自転車屋を辞めてしまったのに、昔のお客さんや、旅の頃知り合った人、山小屋の友、故郷の友、インターネット上でしか僕を知らない人、たくさんの友達が反応してくれた。
普段は反応してくれない人も反応してくれた。

日本全国から応援してもらえているような気持ちがした。
ありがとうございます。

ーーー

子どもが産まれたおかげか分からないけど、最近の僕は元気だ。
驚くほどポジティブだ。
ネガティブしている暇や余裕がないという意味では、昔の方がある意味では豊かだったのかもしれないとは思う。
前に進む以外のことにも没頭出来た。
外から見れば全く無意味なことにもいくらでも没頭出来た。

いろんなことが変わって行く。
特に僕の場合、いろんなことをやめて生きてきた。
大道芸人も小説家も、医者になりたかったことも、自転車屋も、山小屋も、冒険家も。
改めて考えるといろいろやったな。20代って本当パワーも時間も可能性も溢れていて、何でもトライできた。
まあ、今も相変わらず新しい仕事にトライしているけど。

いろいろ変わったけど、僕が今までの自分でずっと変わらず良いところだなと思えるのは、昔の友に胸を張って、今はこれを頑張ってるよ、ってのを言えるってことだと思う。
そう大したことじゃないことも多いけど。
それでも、まあ、我ながら頑張ってるとは思う。

妻は僕のことをいつも何かしていて忙しそうと言う。
実際は別に何もしていない。
暇だからランニングしてみたり、本を読んでみたり、とても暇ならギターを触るし、寝る前にも暇なのでこうして文も書く。
仕事については暇だからしてるってわけじゃないけれど、それでも、仕事していないと暇するし、お金も必要だし。

基本的に僕はだいたい暇してる。予定があることもたまにはあるけど。
暇なので何かしている。
それが妻にはたえず忙しく何かしているという風に映るらしい。

確かに暇を見つけては何かしてるとも言えるのかもしれないけれど。
前提としては暇があるので何かしてる。
僕は暇人だと思う。

みんな忙しく生きてるなと、よく思う。
本を読むにしたって、ランニングするにしたって暇じゃないと出来ない。
実際、僕は1日の中の時間的な面では仕事には恵まれて生きてきている。
朝6時半に家を出て、10時に帰るなんて生活は一度もしたことがない。

ーーー

暇な僕だけど、煙草を吸うのに関しては忙しいとよく思う。
昔はくわえタバコしながら本も読めたけど、最近は家の中は禁煙なのでベランダで吸う。
右手の人差し指と中指の間に煙草をはさむ。
左手があくので、それで本を持てば良い気もするのだが、煙草を吸うと喉が渇くのでお茶やコーヒーを持ちたい。
はたまた飲み物がなくても、今度はスマホなんかいじってみたり。
そもそも本って片手で持ちにくいし、日光の下で文字を読むと目が痛くなる。

なので、煙草を吸う時って煙草を吸うことに忙しい。
その理屈で言えば、他のこともそうだろうって話なのだが、ながらで何か出来そうです意外と他のことが出来ないという煙草を吸うという営みは忙しさを感じる。

なので、煙草を吸うときには煙草を吸うのに忙しい。
考え事などしたりしているのだろうが、実際には右手の煙草を吸って吐いて、つまり息をする以外出来ていないわけだ。

ニコチン中毒のせいだか分からないが、なんとしても煙草を吸う時間ってのは取りたい。
何かしていても中断して煙草をしなくちゃいけない。

煙草を吸うのに関しちゃ、本当に忙しいなと思う。

ーーー

煙草を吸うとき、僕は何をしているんだろう。
煙草を吸っているといえばそうだけど。
何を眺めているのだろう。
何を考えているのだろう。

分からない。
何にせよ煙草を吸うのに関しては忙しい。

ーーー

話はどんどん逸れてしまったけど。
みんな、元気にしてるだろうか。
僕が期待していたよりも、予想していたよりも、人間って優しいと思う。

ま、そんなこんな。
posted by ちょろり at 23:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月09日

ぐるぐるまわって頑張る

うっかりしていて、子ども手当ての申請に必要なマイナンバーの提出を忘れていた。
二ヶ月分、損するかもしれない。子ども手当てって結構大きいから痛い。
というか、そんなの申請しなくても、税金から控除して欲しい。

ちょろり草もすっかり更新していない。
最近は会社の方で住宅に関する情報サイトを立ち上げるということで、そっちの記事を書くのに追われている。
アフリカの小説をそろそろ書こうかなと思いつつ、どんどんと時ばかりが過ぎてしまっている。

そう、アフリカから帰国してもうすぐ三年が経つ。
早い気もするし、まだ3年かという気もする。
自転車屋の店長は何だかんだの2年だった。最初の約束と給料が違ってしまったし、将来性の見えない会社だったので、まあ、仕方がない。
お客さんには悪いことをしたけど、子どもも産まれたし許してもらいたいなと思いつつ。

自転車には旅を通しても多くを教えてもらったし、自転車屋の仕事でも多くを学んだ。
まさか自転車屋で習得した情報サイトの作り方やマーケティング、接客技術がこんなに役に立つとは思わなかった。
でも、確かによく考えると、規模の小さい小売りって本当に広くたくさんのことを見られる。特に店長をすると集客からスタッフの教育、マネジメント、売上や仕入れの管理までする。
自分の仕事が目に見えて売り上げにつながったり、お客さんの来店になる。

住宅会社に転職して改めて思うのは20代のうちにそんな風にマネジメントの仕事までやらせてもらえるチャンスって滅多にないということだ。
店長してた頃と違って、正直、すごく気楽だ。
店長ってくたびれる。面白いのは面白いけど。

仕事する上で大事なのは仲間だな、と思う。
自分が頑張るのはもちろん大事だけど、一人で頑張れる範囲って決まっている。
能力の有無の問題もあるけど、それは割と些細なことで。仕事へのモチベーションの問題って本当に難しい。
稼ぐ理由がない人間と仕事するのって大変だ。
頑張って売り上げを増やそうなんて言ったって、売り上げを増やしてどうするの?って話になってしまうとどうしようもない。
さらに、売り上げが増えても給料が増えない会社だとなおさらどうしようもない。
どうしようもないだらけになると、どうしようもない。
どうにかしようのある場所を求めて動くより他ない。
改めて、どうして自転車屋っていうのはあんなに儲からないんだろうと思う。

でも、まあ、それも天命だったようにも思う。
確かにあの頃の僕にはあまりお金は必要なかった。
お金ってそんなに優先順位は高くなかった。
だから、あの会社に入ったんだろうなと思う。
お金にしても休みにしてもそうだろう。

やっぱり、人間求めないものは手に入らないのだ。
もらえるなら欲しいっていうものは手に入らない。
本当に欲しくて、手に入れるための努力をするものが手に入るのだろう。
そういう意味ではアフリカの小説は今年も書けないかもしれない。そろそろ書けた方が良いようには思うけれど、書ける気があまりしないのだ。どうしても書きたいっていうのがないんだろう。

お金についてはこれから先、手に入るようになるだろう。
欲しいと思っている。
別に自分のもので欲しいものってあまり無いんだけど。
子どものためにお金が欲しい。
案外子育てってそんなにお金かからないとかって聞くけど。東京の大学とか行くってなるとかかるらしいけど。義務教育の間はそんなにかからないらしい。本当か分からないけど。
とりあえず、冬の暖房代はかかりそうだけど。一人ならある程度は寒さも我慢するけど、やっぱり子どもがいるとね。しかも、しばらくはほぼ一日中家にいるだろうし。
それにしても、長野県、寒い。

ーーー

ぼんやりと、野球のことを思い出す。
勝ちたいなら勝てるチームに入らないといけない。
勝てないチームで頑張ってもダメだ。
今回の会社は勝てるチームだろうか。少し不安もある。

ドラッカーのマネジメントを高校野球のマネージャーが読んだら、っていう本もあったけど。
あれってやっぱり無理がある気はする。
モチベーションの低い人間が集まってるチームで、いかにマネジャーが頑張っても、なかなかモチベーションって上がらない。
どんなに吹き込んでも、真摯にお願いし続けたって、人間、まずは自分のことが第一だ。
自分にとっての利益が見付からないと、モチベーションって出ない。

その点、うちの会社は上層部が頑張っている。
コンサルタントみたいな人がいるのだが、とにかく全員に自分の人生の理想のイメージを持つように教育し続けている。仕事の理想じゃなくて、自分の人生だ。
確かに理想が作れたら、その理想に向かって進んでいける選択肢ってのが自分の利益なのだ。
仕事を頑張ることが自分の利益に結び付くと、モチベーションになる。

その辺、すごいなー、と思いながら勤務している。
僕ならそんなこと教育しようなんて絶対に思わない、すぐ諦める。やる気のない人間は永遠にやる気がないって。
ダメな人間はダメって。
別に人生、仕事が全てじゃないから仕事にやる気がないからってダメな人間ってわけでもないけど。
でも、少なくとも仕事に関してはダメな人っている。

勉強でも自転車でもなんでもそうだけど。
やる気の問題って大きい。
そして、時間の有限性が分かっているかどうかって大きい。

やる気があって時間が有限だと分かっていれば、工夫するのだ。
どの程度、工夫できるかっていうのは、センスの問題もあるだろうが。それでも、工夫しようとしていれば、少なくとも工夫などせず、漠然と生きている人よりは遥かに早く効率よく進むはずなのだ。
頑張ることを頑張ってはいけない。
頑張らないようにするための工夫を頑張るべきだ。
でも、その工夫を頑張らないように頑張って、それもまた頑張らないように頑張る。グルグル回って結局何かしらは頑張らないといけないんだけど。
テコの原理で一番楽に動きそうなところを見付けて押してやるのが大事なんだろう。

そうは言っても、アフリカの小説を書くなんかは地道に頑張るより他ないのだろうが。

ま、そんなこんな。
posted by ちょろり at 00:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月06日

幸先のいい新年。

建築の仕事に移って、何だかんだで二ヶ月過ぎて年も明けた。
自転車屋のころは年末年始も盆もゴールデンウィークもなく働き続けていたが、ゆっくりと年末年始を妻の実家で産まれたばかりの子どもと過ごした。
30を過ぎてからの未経験の仕事への転職だったので、難儀することも多いはずだったが、赤ちゃんのことを考えると必死だったということもあるのか、すんなり新しい仕事に馴染みつつある。

ーーー

帰省から長野県に戻っても、長い休みが2日ばかり余裕があって松本に山小屋時代の友人を訪ねた。
お酒の流れで一泊させてもらっていたら、小説家の先生から松本にいるのかい?と連絡をもらえた。
それで一夜明けて、久しぶりに先生と飲むことになったのだが、先生の来る夜まで時間が余った。一度、家に戻るにしても、案外、松本から茅野は遠い。

松本が素晴らしいところと言えば、丸善とジャズバーと古本屋カフェがあること。あとは時間があまれば松本城を眺めていれば良い。他にも良いところはあるのだろうが、僕は結局そこくらいしか行かないし、そういう店が存続していける土壌があるというだけで松本は価値ある街だと思っている。

ーーー

先生が来るまでの時間で丸善に行って、二級建築士の設計製図のテキストを買った。
建築士は非常に意地悪な資格なので、建築の専門の学校を出ていないと実務経験を7年以上しないと受験資格さえもらえない。
さすがに7年ってのは意地悪過ぎると思う。一番長い教育機関の小学校でさえ6年なのだから。

なんと馬鹿な話だろう。試験の意味がない。金出して学校に行かない人間は試験で満点取ろうが、いや、受験さえさせてくれない。そんな試験は試験の意味がないじゃないかと思うし、逆に学校さえ出ていれば良いなら卒業試験でやってしまえば良い。学校を出ていても合格しない人もいる。

日本はスタンプラリーが好きな国だ。
大学でもなぜかテストよりも出席日数が大事だ。
スタンプ集めていない人間はダメで、逆にスタンプさえ集めていれば、「君は努力家だからね、OKだよ!」なんて話になる。

努力ってしない方が正しいと僕は思うのだ。
出来るだけ少ない努力で結果を出すための工夫を考えるのが大事だと思うのだ。
本当にスタンプラリー制度はやめた方が良い。

子どもが産まれたから、あまり世間の悪口を言ったりするのは控えようとは思うのだが、変なものは変だと思うのは大事だと思う。

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二級建築士の資格を取るかどうかは別の話として。
図面が読み取れないと仕事にならない。二ヶ月で何となく読めるようにはなったものの、きちんと図面の向こうの意図が読み取れないとプロフェッショナルへの道は遠い。
実際、営業職だと図面が読めなくても間取り図くらいまで書ければOKという人も多いようだが、仕事を面白くするにはプロフェッショナルになった方が良いと僕は考えている。

全部自分でやろうとしてはいけないと言う人もいる。
それはその通りでもある。人生長くない。全てを学ぶには人生は短すぎる。ましてや30過ぎてからの転職だ。
それでも、だからと言って諦める必要もない。

やってみたいことは何歳から始めてみたって良い。手遅れなんてことはない。
たしかに僕は30歳を過ぎた。でも、二十代の人と僕と、どっちが長生きするかなど分からないのだ。
特に年金がなくなるであろう世代だ。65歳を過ぎても働き続ける時代は来るだろう。年金制度がきちんとしていなかったら、定年退職って制度は成立しないのだから。

ーーー

まあ、理屈は抜きにして、図面を眺めるってのは結構楽しいことなのだ。
個人的には図面と見積もりを並べて眺めるのが好きだ。
ロフトやスキップフロア、勾配天井、ウッドデッキなんかのオプションの値段と図面を見比べるのは楽しい。
そういう技があるのかって喜びもあるし、いずれ建てる自分の家に採用したらいくらくらいになるだろうとか。

自転車のカスタムなんかの勉強をするのと同じだ。
いや、自転車のカスタムの方がマニアックかもしれない。10万円のホイールと30万円のホイール、材質やベアリングの理屈の上での性能差と、実際に使ってみて体感する性能差、そのカスタムの価値。
自転車はそういう意味では本当にマニアックだ。
固けりゃ良いわけでもないし、しなやか過ぎても良くない。また、人によって好みのポイントも違う。軽くするにしてもどこを軽くするかで随分意味も違う。
机上の空論の構造力学だけでは駄目で人間が気持ち良く感じる構造を突き詰めないといけない。
その点、家は割とシンプルではある。

自転車屋って改めてマニアックで難しい仕事だったんだなと思うことは多い。

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小説家の先生が来るまでのんびりと設計製図の本を読んだら、案外、予想以上に分かりやすくて、新年早々賢くなれた気がした。

先生とUFOの話と東京の話とFXの話を延々と、そして例の如く小説、文学の話はほんの少しだけして。
こちらは賢くはなれないかもしれないが。
先生が教えてくれることは本当に本には載っていないことばかりだし、そういう知識、経験を持っている人は日本に何人いるんだろうというような人で。
本当にありがたい。
東京を離れて5年近く経っても、何だかんだ年に一回くらい会える。

小説のことはあまり教えてくれないけれど。
でも、改めて考えると小説を書く上で大事なことって文章的な技法とかじゃなくて、生き様や考え方、触れるもの、経験することなんだろうと思う。

幸先の良い新年だった。
ま、そんなこんな。
posted by ちょろり at 00:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする