多分、店長の頭の中はいつでも車のことでいっぱいなのだ。僕の頭の中にいつも小説が陣取っている場所があるみたいなものだろう。大学のとある先輩の頭の中にはいつでもギターがいた。
そういう人って面倒くさい。何せ、その事をたえず考えているわけだから、人間と話すとか一緒にいるとか、普通の生活ってのはその次にあるわけだ。とりあえずはその一つの事をするのに支障にならないようにだけする。そんなわけで、非常に面倒くさい。店長は仕事はしないし、とある先輩は変なところで思いやりが無かったり、僕は自分のことなので分からんが、とにかくそんな人って面倒なところがある。
でも、世の中の大半はそんなでも無いから、まあ何とかなっている。福神漬けだらけのカレーになると駄目だけど、まあ丁度良い具合になっている。(福神漬けってカッコイイ名前だよな)
それで、まあ車を拝見させて貰ったところ、なるほどこうなっているのか、と言う事はなく、よき分からんが確かに普通じゃない、と言ったところ。後部座席が空っぽで剥き出しで、運転席が飛行機のパイロットの席みたいな具合だ。
「やはり軽いと速いんですか」
「うん、速い気がするな」
「なるほど、シートがかっこいいですね。やはり横Gに耐えるためですか」
「うん、体がフィットするけんな。座ってみ」
確かに体がすっぽりはまる。お尻が大きなドーナツの穴はまったみたいな感じで、左右にも前後にも体が動かない。
「おお、すげぇですね」
「うん、良いじゃろ」
「良いですね。僕も自転車買ったらとりあえずサドルから変えてみますよ」
「うん、乗り物をいじるのは楽しいからな。また、今度助手席にも乗せてあげらぁ」
車の話をしてくれる時の店長はとても面白く僕はウキウキする。
そう、カレーの福神漬けはとても美味しいのだ。別に速い車を持っていても、ギターが上手くても、彼らの給料が上がることもないだろう。でも、僕はそういう人を見たり話したりするとウキウキになれる。きっとそんな時は彼らもウキウキになっているはずだ。でも、やっぱり福神漬けばっかりのカレーは嫌だ。
チャリチャリと帰ってから、レトルトのカレーをレンジに入れたが、冷蔵庫には福神漬けは無くてとてもガッカリしたとさ。
そんなこんな。
ところで、最近、実験的にちょろちょろと文を書いたり書かずにこねたりしてみて何となく思った。良い日記こそが良い小説に伸びるんじゃないかと思う。そのままじゃ単なる日記に過ぎないが、にゅるにゅると伸びるんじゃないかと。日記と小説の間には間違いなく明確に壁があるけど、実はその下をトンネルがつながっているんじゃないかと思う。
いや、なんか難しいんだけど。
純文学ってのはやはり部分的には私小説的であるべきかと思う。正確に言うと僕の書きたい小説とはそうあるべきだと思う。完全な私小説はまず時代が違うし、心踊るドキドキした展開だけや、読者を驚かすテクニックばかりというのも品が無い。
小説とは人間を書くものだ。事件とかは単に人間を書きやすくするために入れる触媒的なものだ。主人公の日記みたいな感じのもの、それ以外の人物の日記みたいなもの、さらに筆者としての僕がそこの風景についての日記を書き、それらを違和感なく上手く混ぜ合わせれたら良さげな感じだ。
まあ、結果としては、単なる背伸びしただけの下らない私小説かぶれと言われかねないけどさ。
勿論、小説を書く人の中でもそうじゃない人はたくさんいるだろう。実際のところは同じような人がいても、違う表現の仕方をするかもしれない。そんなわけで、まあ、僕以外の人には別に役に立つことじゃない。それに型にとらわれるばかりは駄文への第一歩だ。でも、多分、自分はそういう感じらしい。
とにかくきっかけが掴めた感じがするんで断筆していたやつをこれからしばらく頑張ってみよ。
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