2009年07月08日

夜明けに悩む

 思うに、世の中のほとんどの人間にとって専門課程教養なんざ不必要だ。まず、半分の人間が大学に行かない。また、大学に行った半分以上の人間が、専門課程で学んだことを使わない職場に行く。数学を学んでε論法を今でも説明できる人って少ないだろう。まあ、大抵の専門課程のことなんざ使わない、使う機会も無い。
 これに対して、一般教養は誰しもあれば助かる。
 考えてみれば当然の話で、一部の人間が指示を出し、それに従ってみんながせっせと動いて何ぞ一つのものを作る、作ったものは指示を出した人間が売るか、使うかしてお金を得て、せっせと働いた人たちは代わりにお金をもらう、ってのが資本主義の原則だからだ。
 おかげで、誰しもがそれなりに喰いっぱくれも無いし、誰しもが社会にそこそこ貢献していることになる。
 資本主義ってのは結構便利なのだ。

 資本主義で動いている限り、専門的教養を身に付けた人間ってのは社会の一部で良いんだが、大学っての必ず専門課程を取らねばならない。学生は段々と「あ、オレの人生で百パーセントこれは使うことが無いな」と悟り、単位だけ取りに行く。
 とりあえず、大学に行ける人間が増えすぎるとそういうことになるんだろうと僕は思っている。「大学に行ったからには、ここで学んでいることを知らねば、職場で困る」という状況になれば大学も元気になる。そんなにたくさん大学卒業資格を持った人間は必要無いと思うのだ。
 むしろ、企業の方で即戦力を育てる学校みたいなことをやった方が明らかに効率が良い。そうは言ってもそんな金のある企業はそんなに多くも無い。
 大学に任せる他ない。

 みんなお金は欲しいし、豊かに暮らしたい。それで、大学に人間が溢れる。
 大学に人間があふれると、大学に行ってない人たちは困る。大学を出た所得が高い人たちが社会の基準になると、困る。一生懸命働くのに、金がもらえない。
 専門的教養を実際に使わない仕事でも大学を出た人間の方がたくさん給料を貰える。同じ仕事、いや、むしろよく働いても給料は学歴で決まる。良く働くやつがたくさん金を貰えば良い。命の危険の仕事があるやつがたくさん金を貰えば良い。
 だが、大学を出た人間の方が、「真面目」「有能」「効率が良い」という傾向があるという。別にそんなことは無いと思うんだがね。

 大学に人が増えれば、その中から出てくる有能な人間も増えるという考えだろうが、現状では質が下がるばっかりでどうにもならないように見える。

 まあ、そんなことを嘆いても仕方が無いのだが。

 要は人間は死にたくないのだ。自殺志願者も生きられるんなら死にたくないのだ。単に生きられないから死ぬしかない。
 自殺者が多いってのは問題だ。自殺ってのは、自然の流れに反した悪いことだ。
 死にたくないんなら、死なない方が良い。生きるのが難しいような社会は駄目だ。
 向上心は結構だが、学歴が無かろうと、真面目に働きさえすれば生きるのには困らない、そういう社会が必要だ。共産主義じゃないが、衣食住は国が提供すれば良かろうと思う。そこからプラスの贅沢品やら嗜好品なんかだけ自由にすれば良かろうと。
 明日の生活に困るから、子どももを産むのも、結婚するのも躊躇わねばならない。

 でも、ソビエト連邦は崩壊した。次々と共産主義は敗北していく。

 やっぱりみんな自分の好きな家に住み、良い服を着、美味いものを食いたい。自分より下の人間を笑いものにしたい。
 なんぞ画期的な社会システムって無かろうかね、なんて僕が考えたって無意味だろうことをぼんやり考えてみる。

 小説を書くにも、絶望ばっかりが見えて、そんなものを小説にするのも嫌なわけだ。書くんなら明るいものを書きたい。
 表面は楽しそうだが、ちょっと裏を覗けば厳しい生活なんてのはどうもくたびれる。そんなにキリキリと生きるか死ぬかで働かねばいけないほど人間は困っているのだろうかって思う。
 そんなわけで、ぶつぶつと社会に文句を言ったり、何ぞ良さげな考えは無かろうかと考えてみるんだが、見当たらない。

 人間に価値などない、生きているから生きる、そんなもんなのだろうか。そこが見えないと結局芯の部分が分からないから、何を書いてもスカスカした気分になる。
 宗教がやりたいわけじゃなく、良い小説が書きたいだけなんだが、まあ、さっぱりよく分からない。さっぱり分からないままに何ぞ書いていたら、何ぞ分かるようになるかしらん。

 とりあえずテレビは薄くなくても大きくなくても問題は無い。ロケットは宇宙に行かなくても問題は無い。
 食料はあまり高くなると明日が生きられぬ、両親が労働せねばならないじゃぁ、子供を育てにくい、貧乏人は何とか食ってりゃ良いじゃぁ、困ったことになる。

 ロクでも無い。
 社会がみんな平和なんざ有り得ないんだろうか。
 んー、ロクでも無い考え方であらせられるよ。

 とりあえず本をたくさん読み、人といろいろ話し、書けるだけ小説を書いてみよう。何か分かるだろう。

 そんなこんな。
posted by ちょろり at 06:40| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
必要ないと思っていた専門課程・・・以前の職種や現在の職種(経理・総務)には関係ないです。
ただ現在仕事の一部で、外国人への日本語指導があって・・・
日本語教員とっとけばよかったなぁと。
長い人生、まわりまわってどこかで役にたつかもね。


>大学を出た人間の方が、「真面目」「有能」「効率が良い」という傾向があるという。

これは、一部を日々実感しています。
全ての人ではないけれど、大卒の方が自分で考える事が出来て「効率が良い」のは確か。
少なくともある時点(高校受験時とか)では、努力したか、要領がよかったのだから。

実感として、高卒は「真面目」「不真面目」の二極化ですね。
かつ「作業者としては有能」な人も稀にいるけど、あくまで作業者。
たまに、「自分で考えろ」と言いたくなります・・・
Posted by 式部 at 2009年07月15日 19:41
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