僕は大学に行く為、祖父母の家に暮らしていた。祖父母は僕の為に新しく部屋を作ってくれた。祖父は金槌を古い新しい壁を作り、台所への通路を作ってくれた。夢はその部屋から始まる。
そのせいか僕はその部屋にかつて幼い頃に祖父母の家に抱いた親しみを感じられなかった。その上、とても狭く、ロクに布団も敷けなかったから部屋の端にドカリと場所を占めている藤椅子の上で読み書きをし、そのまま眠った。部屋はとても寒かった。藤椅子にはふかふかした何かの動物の毛皮が一枚置いてあったから僕はそれにくるまって過ごした。とても暖かかい毛皮だった。
大学に行かなくちゃいけない時間が来て、親しみを感じられない部屋を出ることにした。
ノブを引いて外に出ると丸い岩が積まれてできた丘の上だった。岩の上にはうっすらと雪が積もっていた。ところどころ岩肌も覗いていた。二十メートルほど先にドアがぽっかり浮かんでいる。
いつのまにか僕は藁で編まれた靴を履いていたから、足の裏がひやりと刺されることなく、ドアに辿り付けた。祖父が編んでくれたに違いないと思った。
またノブを引っ張ると、今度は大理石にかこまれた暗い廊下だった。やはり二十メートルほど向こうに扉がある。今いる扉と向こうの扉の足下以外は水溜まりだった。深さは分からないが決して気軽につかれるほど浅くは無いし、溺れるほど深くは無いようだが、水に足先をつけるだけにしても十分に寒い。飛び石が不規則にあり、上手く渡っていけば向こうに着くらしい。
飛び石は滑りにくく僕は難なく進み始めた。丁度真ん中のところで向こうからドアが開いて中年の疲れた風な男が麦藁帽子をかぶり入って来た。なぜか自分にはその男がパン屋だとすぐに分かった。
パン屋の男はまず扉から小麦粉の入った麻袋を二つ取り出し両脇に抱えると、こちらに向かって来た。僕はパン屋に道を譲ろうと外れの飛び石に移った。パン屋は会釈し、麻袋を運ぶと、元の扉に戻って来た。次に男の子が二人出てきた。パン屋は渡りやすい飛び石を探して男の子たちに教えた。しかし、一ヶ所だけ子どもではどうしても渡れない場所があった。パン屋は私の一番近くの飛び石に手をかけるとそれを抜いて子どもたちが上手く渡れるよう設置した。子どもたちは上手く渡った。最後に扉から山羊が出てきた。とても大きな少し汚れた白い山羊だった。山羊は途中まではパン屋の言うことをよく聞いたが、一つ踏み外すと結局泳いで渡ってしまった。水しぶきが飛んで来て凄く冷たかった。山羊を追ってパン屋は渡り切って行ったらそのまま部屋を出て行った。
起きてしまった僕はこの夢の景色に凄く感動してしまっていた。
時計を見ると眠り始めからまだ三時間程しか経っていない。朝からジャグリングがあり、すぐに眠眠っても残り二時間と少し、実際には覚めた頭が眠り直してから起きるまでは一時間も無いだろう。
見た夢について考えた。いつもの珈琲豆が切れていて、代わりのスーパーの豆でいれた珈琲が心から不味いと感じた。煙草は少し高級なガラムが残っていて美味かった。少しだけ小説の推敲をすることにした。
気付くと約束の集合時間も差し迫っていて、ジャグリングに向かった。プロの大道芸人志望の高校生君を連れて行った。いつもよりドロップ(落とすこと)が多かったから、下手くそだと思われているに違いない。確かに僕のドロップ率はかなり高い。一番簡単な技でもドロップすることもある。集中力が足りないせいか、緊張に弱いのか。原因は分からないが、ドロップをミスだと言うのは間違いだ。観客が下らないと思って始めてミスだ。トークなり構成なり、リカバリー、つまり修正を上手くして、結果笑顔に拍手なら成功だ。ドロップをしてもオドオドせずに、何かしら面白いことでも言って、むしろ「え? 落ちたら何か悪いんですか?」ぐらいの勢いでもう一回やり直せば良い。
そう、大道芸とはつまり大衆演芸なのだ。完璧な美しさが無くても大衆に愛されさえすれば素晴らしい演技だ。
でも、高校生君は僕を下手くそだと思ったろう。ちょっとばかり悔しい。同業者に下手くそと呼ばれるのは悔しい。
途中だけど眠い もやすみ
【日記の最新記事】


