あいふぉーんの便利なところは、縦書きで小説が読めるところだ。日本以外の国はみんな横書き、実は中国も今は横書きが普通でありますから、縦書き文化ってのは死滅しつつある。できれば縦書きで文字が打てれば最高なんだが、まあ、贅沢は敵でござんす。あとは音楽に強いやらネットに強いやらいろいろあるみたいです。要は小さなパソコン的なノリで遊べると。
うへー、便利時代やー。
あとはあいふぉーん用のエロゲーが出るのを待つだけじゃないか。すぐ廃人しちゃいます。
だけど、ま、エロゲーとかの冗談抜きで最近のハイテク機器は廃人量産マシンになりつつある。インターネットでテレビ電話が無料でできるソフトがあるんだが、その気になれば授業だってできてしまうだろう。ただ、なかなかその気になるつもりは無いようだが。
だが、実際にやっている廃人量産サービスとしてAmazonさんなんかがある。非常に便利だ。僕だってその気になれば、Amazonで小説とCDを頼んで、珈琲も郵送してもらっての引きこもり廃人ライフが成立する。
引きこもり廃人ライフへの道標は怠惰であることだ。自分の足で歩かない。ロスしない。
しかし、Amazonを利用しまくっている人を廃人と呼ぶ人は少ない。むしろハイカラな人やなぁとなる。僕ってクラシックのCDとかアウトドアなもの、つまり自分が詳しく無いものを買う時はもっぱらAmazonさんだ。ハイカラなのだ。しかし、一昔前なら「ネット通販なんて怖くない?」なんてものだった。
車に毎日乗り、近所のスーパーさえ車って人も立派な廃人のはずだ。自転車愛好家(もどき)の僕から言わせればそんな人間は怠惰で廃人だ。僕じゃなくとも、昔の人から言わせりゃいつも車なんて人は怠惰な金持ち野郎の廃人さんかもしれない。しかし、今は車に乗る人を一般的には廃人とは呼ばない。
本来、廃人に近い人間を廃人と呼ばない理由。それは簡単な話で、時代の変化だ。
ハイカラな僕はあいふぉーんを使うのだ。ママンとの休みが合った日に、21歳の僕はやっと自分の携帯を自分の名義にして、あいふぉーんするのだ。ちなみにママンってのはカミュの異邦人的な母親の呼び方でちょっとしたマイブーム。異邦人では最初にママンが死んでしまうのだよ。なかなか良い小説だから読んでみておくんなさい。
さて、僕は昼寝をするのだ。甘いもの、チョコレートなんかをかじってお昼寝をするのだ。新しい小説を書き始めたからとっても頭が疲れるのだ。昼寝と甘いものこそが小説を産むのだ。
でも、地方大学のいまいち頭がまわるわけでもない僕は最近プロの小説家になるのは難しいと少しばかり感じ始めてもいる。だけど、僕は人間だから良い小説を書ける可能性があるわけで、プロ云々は置いといてちょっくら書きたいことがあるわけだ。
そんなわけで僕が昼寝をするのは正義なのだ。
もやすみちゃん。
【日記の最新記事】


