2017年03月02日

謎の不安と焦り。

自転車の詳しい日々はじてぼんをどうぞ。
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ボツワナ、ハンツィなる町。
残り五百キロで目的地ウィントフックと迫っている。
不思議と不安を覚える。
何に対する不安か分からない。飛行機のことか。
いや、分からない。

五百キロというのは日本で言えば東京〜大阪だ。遠いようで別段そんなに遠くもない。
かと言って近いようで近くもない。小さな国マラウィだって600キロ程度は走った。まあ、ワンスパンといったところか。

数字としてはその程度のもので、楽勝っていうわけじゃないにせよ、不安を感じるべきことは特にないはずなのだ。
しかし、不思議な不安がある。

本当に不思議な不安だ。

旅が終わるのは、正直、嬉しい。
普通に働いて、普通に暮らすってのが僕は結構好きなのだ。
海外も楽しいけれど、やはり日本が好きだ。
日本の何がそんなに良いんだか。
多分、日本で出来ることって、まあ、アフリカなんかの途上国では難しいにせよ、だいたいどこの国でもその気になれば出来る。

愛着。
多分、そんなものだろう。

ふと、かつて故郷のことを狂ったように愛していたことがあったのを思い出す。
やたらと故郷の町を素晴らしいと信じ込んでいた。
実際、故郷、倉敷とは良い町ではある。贔屓目なしにして、故郷じゃなく旅行で行っても良い町だなと思えるだろう。
それでも、ずっと若い頃、アルゼンチンに行った前後くらいは狂信的なまでに倉敷を愛していた。
それからは狂信的とまでじゃなくなったが、やはり故郷というのを折りに触れては考えた。

山小屋に行ったり、東京に出て自転車屋で働いてみたり、そんなことを五年ばかりして、今回の旅の前に久々に故郷に一ヶ月ほどいた。
幻想に抱いていたほどの町ではなくなっていた。
正しく言えば、他の町でもそれなりに楽しいことを探して行きていけるようになったのかもしれない。

今はさほど強く故郷にはこだわりはない。
それでも、日本にはこだわりはある。
やはり日本が良いと思う。

日本の良いところと言えば、母語がしゃべれることだろう。
そして、市民権を持っている。
もしも、カナダ国籍(まあ、どこの国でも良いが何となくね)を取得できて、起きたら英語がぺらぺらの母語になっていて、仕事の探し方なんかも分かれば。それならどうかと言われるとカナダに住みたいかもしれない。
まあ、要は言葉が喋れて、その国の文化に馴染みさえあれば、割とどこの国でも良いのかもしれないとは思う。

その点、中国ってすごいと思う。
まあ、どこにでも中国人はいて働いて生きている。
世界中どこにでも住める。もぐりこんでしまえる環境をどこにでも作っている。
日本ってのはその点ダメダメで、言語がどうこうとかじゃなく、日本の常識、愛着を捨てきれない。
どこかの企業に入って海外駐在とかじゃない限り、つるりと海外に住んで働いてなんて出来ない。
そりゃ、カウチサーフィンみたいにお手伝い程度のことはできるだろうが。

やはり、その点では僕も日本人で日本への愛着みたいなものが捨てられないのだろうか。

まあ、一口に言えば面倒くさいだけでもある。
どうしたって海外に住んで働きたければ、まあ、何かしらの方法もあろう。
それでも、その土地の文化、制度、言語に馴染む苦労なんか考えると、まあ、楽しかろうが、その労力で日本で何かすれば良い気がしてしまう。
どうしたって海外に住みたい、そういうのがないと海外には住めない。
そして、海外でも日本でもつまるところ同じ人間ではある。

ーーー

それにしたって何の不安だろうか。
謎だ。
もうトラブルが起きる要素もほとんどない。

あるいは旅が終わる不安だろうか。
再びこういう旅に出るのはずっと先になると思う。
出発前は数年は旅と山小屋の生活を繰り返そうと思っていたのだが、アフリカを走るとくたびれてしまったのやら。
いや、多分何かを急いでいるんじゃなかろうか。
きっと僕は何かを急いでいる。
固い暮らし?そういうのとは少し違うと思う。
ただ、僕はどこか急いでいて、早く帰国して、早く何かをやりたいと考えているのだ。
何をだろう?
僕は何を急いでいるのだろう。
日本に帰って、何かそんなに急いでやりたいこと?

日本に帰国したら、まず食べたい。いつものバーに行って飲みたい。仲間と会って話をしたい。
「ああ、何とか生きて帰れた。今日も何とか僕は生きてるみたいだよ」
って。

確かにそれは故郷、あるいは愛着を持ったいくつかの町、場所でしか出来ないことだろう。

もしかするとそれを恐れているのかもしれない。
旅に終わりが来て、旅を遠ざけて、居心地の良い、愛着のある、悪く言えばぬるま湯から出られなくなる自分。
そんな風に考える必要もないだろうが。

ーーー

ただ、やはり自転車で旅をしている時の自分が一番好きだ。
自転車で旅をしている時の自分は本当に素敵だ。自分を愛せる。自分が今日も生きていることを本当に喜べる。
日本でも別に自分が嫌いということはない。
でも、自転車で延々と遠くに向けて走ってる自分が一番好きだ。

きっとそれが失われるのが悲しいのかもしれない。
そして、それはもしかするともう一生失われるのかもしれない。

もうじき29歳になる。そう、案外若い。いや、案外歳食ってるか。
まあ、何にせよ20代のうちに地球の反対側アルゼンチン、パタゴニアと、人類の機嫌の土地アフリカを走れた。
年齢なんか気にしたって仕方がないとは思う。何年生きてきたかよりも、これから何年どう生きるかだ。過ぎた年数、年齢などは気にしても仕方がないことだと僕は思っている。

だけど、手応えがある。多分、これからはまた違う新しいやり方をしていく。やるだけやった。

そんな気がする。
だから、多分、僕はもしかするともう死ぬまでこういう旅の日々は失うのかもしれない。

それが不安なのか。

いや、分からない。
何かが不安なのだ。
とりあえず、早く無事にウィントフックに着いてしまって、少し落ち着いて考えを整理しながらナミブ砂漠を走りたい。

やはり何か焦っている。
焦るのは良くない。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 06:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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