2017年03月19日

限りはあれど急がなくて良い時代。

てんぷらを揚げながら、ウィントフックで帰国を待ちつつ、写真と文の整理、執筆をする日々。

小説は書き始めたもののなんとも微妙だ。
写真をまとめての旅行記の方は悪くない。
今回は完全に分けて、旅行記は旅行記で書いて、自転車としてのレポートはじてぼんにまとめて、小説は小説で書こうと決めた。

今回の旅はすこぶる珍しく、明確に得たものが一つある。
ポレポレ、ハクナマタータだ。
スワヒリ語で、のんびり行こう、ノープロブレム。
そして、サムデイ、ネクストタイム。
いつか、また次回。

とにかく焦り過ぎ、急ぎ過ぎなのだ。
今回を最後の旅にするかどうかとか、帰国したら結婚しようかとか、山小屋はずっとは続けられないだろうとか。
要は急いでいるから、そうなってしまうのだ。

確かに、現実問題として、どれかをやることにはなる。
来年以降も旅をするなら、やはり結婚は難しい。
結婚するなら山小屋を続けるのは難しい。

でも、だからと言って決めつける必要はないのだ。

結婚したって、まだ人生は長い。子供が大きくなったところで、ふと夫婦二人で世界一周に出掛けるかもしれない。

山小屋と旅の日々を続けていたって、ふと結婚することだってあるかもしれない。

「これが最後だから、いつまでにやらないといけないから、だから何かだけを選ばないといけない。何かを捨てなければいけない」
っていうのは間違いなのだ。

確かに人生に限りはある。
今、出来ることは一つだ。
今することはどれか選ばないといけない。
ただ、他のやりたいことを捨てる必要などない。
人生はまだ長い。
サムデイ、ネクスト。
いつか、また今度。
胸の中にやりたいことはやりたいことで置いておけば良い。そういうのをたくさん貯めながら生きていたって良いのだ。

そりゃ、タイミングはある。
タイミングを逃すと美味しくないこともある。
若い頃の経験は歳を取ってからの経験より貴重かもしれない。
順番は大事かもしれない。若い頃にしたほうが良いことも多いかもしれない。
のんびりしていれば、ベストなタイミングを逃すかもしれない。
ただ、そりゃ、もう縁だろう。
現実には今出来ることは一つなのだ。

一度に全てをやるってのは無理かなと思う。
やりたいことを全部くっつけてやるってのは無理があるんじゃないかなと思う。
例えば、結婚して新婚旅行は五年かけて自転車世界一周しながら文を書いて生きていく。
やっぱりそういうのは虫が良いと思う。
もちろん、不可能ではない。
ただ、やっぱりくっつけてしまうと、別のことになってしまうんじゃないだろうか。
それにくっつけてしまうには労力がいるし、やっぱりそういうことをしている人が少ないのは難しいからだったり、リスクが大きすぎたり、やっぱりあれこれ上手く行かないからなんだろう。

平たく言えば、自転車は一人きりで乗っていたいってのもあるんだろう。
奥さんと二人じゃ意味が違う。
もちろん、楽しいだろう。
でも、結婚するなら日本で暮らして子供を育てたいし。
やはり自転車で走るなら、勝手気ままに一人が良いってのがあるんだろう。

やっぱり無理くりくっつけて一度にやってしまうってのは出来ないんだろう。
やっぱり別物になってしまうのだろう。

ただ、別に焦らなくたって、人生は長いのだ。無限ではないけれど、決して短くない。
順にやっていけばいい。
どれが出来て出来ないかは分からない。縁次第だろう。
ポレポレ、ハクナマタータなのだ。

フランク氏と話していてそう思った。
「自転車でナミブ砂漠もいいよ。またいつか、次のときにやってみたら良いよ。君はまだまだ若くて時間もあるんだからね。人生いろんなことが起きるからね」

人生って割と何でもありなんだ。
もちろん、何でも出来るわけではないけれど。
一度に出来ることってのは限られてはいるけれど。
こうじゃないといけないなんてことはないし、いつまでに、何歳だからとか、そういうのはないのだ。

多分、年齢もあるんだろう。
三十を手前にして。
二十代って忙しいと思う。
急に大人にならないといけないし、若い感性が残っている間にやっておいた方が良いことも多い。
二十代に関しては急ぐ必要ってあるのかもしれない。
ただ、少し落ちつく30くらいからはせかせか焦らず、どっしりと順に自分の好きなことを進めていけば良い。
焦ったり急いで、自分を追い込むようなことはせず、好きなように生きていけば良い。

まあ、多分だけどね。

ま、そんなこんな。
posted by ちょろり at 08:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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