2017年06月07日

やっぱり書けない。

なかなか書けない。
アフリカの感覚が日毎に失われていくのが分かる。早く書いた方が良い気はするのだが、書けない。最近の悩みと言えばそれに尽きる。

まあ、悩みと言えばいくらでもあるにはある。
たとえば、今年は結婚する。
結婚するし、仕事も変える。前のチャリ屋に戻る予定だ。勤務地は変わるだろうが、まあ、前のチャリ屋を考えている。
そうなると北関東なんかになるので、引越しにもなる。
子どもも欲しいと思っているので、経済的な話もアレコレ考える。
子どもができると自転車で遠出もあまり出来なくなる。たまにはする予定だ。
書き物の時間なんかのことも考える。

でも、まあ、どれも何とでもなる。

ただ、何ともならないのは書けないって問題だけだ。
生きている中で何ともならないのは苦悩。
金はなければないなりに暮らせば良い。一生懸命働いていれば、生きていくに困らないだけの金は手に入る。高く望めばキリはない。
大事な人が死んだりするのは天命なので、こればかりはどうしようもない。
時間がないのはストレスだが、時間は誰にも等しくある。別の何かに使っているだけだし、その何かはやはり自分のための何かなのだ。決して自分にだけ時間が少ないわけではない。

たいていの問題は金と時間の問題だ。
金と時間があればクリアできることが多い。
それでも、金はあるだけしかないし、時間もまた平等だ。

ただ、書くってのに関してだけは、金の問題でも時間の問題でも命の問題でもない。

ーーー

「しっかり稼いで、良いもの食ったり、良い思いしないと人間ダメさ。欲望がないと」
これもまた一つ大事な考え方ではある。
そのために頭を使う必要はある。体を使う必要はある。

目標、欲望が無ければのんべんだらりと人生は過ぎる。
のんべんだらりの人生も全く悪くはないーーそう、昔と違って素直にそんな風にも思えるようになった、30歳にもなればいくらか落ち着いてくるってやつなのかもしれないーーけれども、やっぱり楽しいことをしてみたい。

のんべんだらりの人生について考えることがある。
若い頃は、そういう人生大根おろしみたいなのは良くないと思っていた。生きるからには活力を持って何事かを成し遂げねばならない。ただ漠然と生きるのは死んでいるのと同じだ、と。
野心があった。

やっぱり結婚なのだろう。
暇がなくなる。
一人の時間自体はいくらか作れるものの、結婚の一番の違いは、会いたい時に会える人が一人、自分の人生の中にいるってことだろうと思う。
友情は変わらず続くこともあるけれど、友情はやはり友情だ。
お互いの時間が合わないといけないし、住んでいる場所なんかもある。

人間、暇になると、誰かと話したくなる。
お茶でも飲みたくなる。
お酒でも良い。
飯を食いに行くでも、遊ぶでも。
遊ぶってのは基本的に誰かと会うってのが基本だ。自転車なんかは黙々一人で遊ぶこともあるけれど、何だかんだで共通の趣味の友人がいたりする。
一人遊びのようでもやはり完璧な孤独ってのはなかなかない。誰にもその話をせず、完全に一人きりでの楽しみとして遊ぶってのは難しい。

結婚していないと、ふと暇な時、誰かと話すって難しい。
結婚はそれが出来てしまう。
それが出来るのはとても良いことだけれど、やはり暇な時間こそ自分のしたい何かを突き詰める時間だ。
野心につながる。

暇な時間がないと野心は持てないのか。
どうなんだろうか。

ただ、結婚して楽しい家庭を作るってのも目標だし、ある意味では野心だ。
どの動物にもある野心だ。
子どもを産み育てる。
虫なんかみたいに育てない生き物も中にはいる。赤ちゃんの頃から自分の力で生きる。
でも、やはり子孫を残すってのは本能だし、生きている中で一番の大仕事だ。

ーーー

子どものことを考えると悩みもあるにせよ、まあ、なかなか楽しそうではある。
子どもと遊ぶってのも楽しいだろうが、やはり家庭を守るために頑張るってのは楽しいだろう。
自転車でパタゴニアを走るのは、世界でも有数の難ルートだが、それでも、パタゴニアを走るよりも大変だろう。
やっぱりそういうプロジェクトってのは楽しいだろう。

結婚して何年も経つと夫婦の愛が冷める日も来るかもしれないけれど、そうは言ったって結婚しようと思う程度には気に入っている相手と自分の子ども、そういうのを守るために日々頑張るってのは楽しいだろう。

ーーー

首都圏なんかでは割と結婚せず趣味に生きる人も多い。
まあ、それはそれで楽しいのかもしれない。

楽しいことにはキリがない。
だから、独り身で楽しく生きる。
それも良い。

ただ、僕の場合、自転車旅はもう十分にやった。
もちろん、行きたいところはまだまだある。
でも、軽く飽きてしまうほどにはやり尽くした気がする。
世界一周なんかしたいはしたいけど、南米、アフリカ。まあ、そうは言っても、それぞれの中では一番安全なエリアを走ったのだけども。
でも、まあ、世界一周しなくても満足出来る程には走った。

多分、そのどちらも走っていなかったら、僕はまだまだ結婚よりも自転車で走っていたいと思うかもしれない。

まあ、一口に言えば十分燃え尽きた。

酒も、まあ、浴びるほど飲んだ。
独り身ならバーにも行くけど、奥さんがいてくれればバーには行かなくても良いくらいだし、家でも飲まなくても良いくらいだ。たまに奥さんと二人で少し飲むくらいで良いだろう。

遊ぶのも体力がいる。
本当に。
酒を飲むにしたって、次の日しんどいことも、金のことも、あれこれキツい中で、それでも頑張って遊ぶのだ。

じゃあ、結婚したら、もう遊ばないのか。
まあ、いくらかは遊ぶだろう。
いや、きっと結構遊ぶ気もする。
やっぱり僕は遊ぶ楽しさを覚えてしまっている。
寂れた峠道の話を聞けば、やはり自転車で探検しに行きたくなるだろう。

でも、やっぱり本音はくたびれてしまった。
愛してくれる人の待つ家に帰る。
そういう暮らしを望んでいる。
何も遊ばなくってもすべてが満たされるような日々を望んでいる。

ケジメを付けるというよりは、疲れをいやしたい。

そこから改めて書いて生きていたい。

書けないって悩みは本当、どうにもならない。
こればかりは自分が書くしかないし、書けるか書けないかってのは本当に誰のせいにも何のせいにも出来ない。自分のせいですらない。

まあ、素直にアフリカの話が書けないってことを延々書いてしまっても良い気もする。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 08:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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