2017年07月12日

山の日々。

あの年は楽しかったねー。
そんな話をペンバ・シェルパ氏とする。
ペンバが初めて日本の山に働きに来た年、僕も初めて山で働いた。
その当時の僕と言えば、まだアルゼンチンにも行く前で、ロクに登山もしたこともなくって、テントで夜を過ごすのもまだまだ下手くそだった。

山ってのは僕にとって人生の転機だった。
山がなかったら、多分ダメだったと思う。

山の暮らしは不便は多い。
先日、電動ノコギリで失敗してザックリ指が切れた。指が落ちなかったので良かった。幸い、骨や神経は無事だった。それにしても大きく切れて、冷や汗が出た。こりゃ、もしかするとギターはもう弾けないかもしれないな。でも、左手だから自転車は何とかイジれるな、文を書くのはこれまでより難儀することになるかもしれないな。
そこまで考えつめたが、存外広く切れた割にはさほど深くもなく、5針ほど塗ったら、一週間もせずにくっついた。
そんな怪我でも近くに病院はないし、夕方に切れたから夜の暗いうちの下山は難しい、止血も問題なくできたので、翌日の朝大雨の中を下山して病院に行き、事なきを得た。

日本は大丈夫。
これは間違いでもあったし、半分正しくもある。
山は少し特殊で、日本と言っても日本的なインフラもない。そういう中で、大きい怪我をすると、やはり人間、あっさり死ぬのが本来のもの、あっさり駄目になる、どんな時にも我々が思っている以上に危険は隣にいる。
でも、やはり日本は大丈夫過ぎて、そんな当たり前のこと、自転車の日々では当然だったことを忘れてしまったりする。

日本ってのは、イージーに生きられる。
生きるのは決してイージーではない。
それでも、イージーに生きる方法や環境はいくらかはある。
でも、本当のところはいかにイージーに見えようが生きるってのは決してイージーなことではない。

イージーさってのは考えるほどに面白い。
自転車の旅をしていると、初めての頃はものすごくキツイ。毎日眠れないほど怖い。特に海外はそうだ。国や地域にもよるけど、やっぱり日本より治安の良い国なんてそうそうないし、そういう中で生きて行くのはキツイ。
それが次第にキツイよりも楽しいと感じられることが増えてくる。
水が買えて、観光客向けの宿なんかない村でもちゃんと現地民が使うような宿を探せるようになって。
村のないところでも野宿が出来るようになって。
いくらか言葉も覚えて来て。
言葉が分からなくても、何となく一緒に笑えることが増えて来て。
楽しくて楽しくてしょうがなくなってくる。
時々、しんどいと感じる日もあるけれど。
それが、帰国してしばらくすると、当時楽しさが勝っていたものの、改めて考えるとよくやったなぁ、なんて思ったりする。
どんなにキツイことでも、イージーに感じられることもあるし、イージーなことがしんどく感じる日もある。
本当に今でも思うけど、自転車で旅をするのはとても大変なことだけど、とてもイージーなことだ。

山はそういう僕の人生の入り口だった。
仕事としてはしんどい。毎日眠たい。三時台に起きて、夜九時に眠る。その間、休憩はあるものの、何かしら仕事はある。20連勤は当たり前で、今年の夏に関しては僕は40連勤くらいになってしまっている。その割には給料もそんなに良くもない。
でも、やっぱり山は楽しい。

近年、山に働きに来る若い人は減ってしまっている。
長い人生のうち、若い数年くらい山で過ごすのはとても良いことだと僕は思う。
長く働く人もいるし、そうじゃない人もいる。
合う合わないはある。
でも、山を知っておくのは良い。
ちょっとした趣味で登山をするじゃなく、山の中で一ヶ月以上暮らすってのはやはり貴重だ。

かと言って山に働きに来るのに、あんまり気楽で楽天的過ぎるのも困る。やはりしんどい環境ではある。下では真夏の猛暑でも、僕は今、フリースを来てこの文を書いている。まあ、その気になれば半袖でも問題ないんだけど、フリースを来ている方が楽だ。人間が生きるには少し大変な環境だ。

自分の人生を楽しいことで増やしたい人は少なくないはずだ。
確かに安定した仕事はありがたい。
でも、そんなに焦って安定した仕事で馬車馬みたいに生きなくても、楽しいことをいくつかやってみても良い、そういう余裕が持てる社会になれば良いのにな。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 08:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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