2018年02月23日

正しいことが正しい状態であるように。

仕事に関して運が良いのやら悪いのやら。
今回の職場も自転車屋さんのはずなのだが、同じ店で自転車を一緒に走りに行ける仲間がいない。
仕事に関しても何とも厄介なことが多い。
もちろん、給料は良くない。

給料の良い自転車屋さんってのは、独立して自営業でやってるかメーカー勤務以外にこの世には存在しないのだ。
独立して自営業でやっていても、在庫リスクなんかの割には大して儲からない。普通のちょっと良いサラリーマンよりも儲からないくらいか。サラリーマンしている方がリスクもない。
まあ、よほど上手くやるとさすがにサラリーマンよりは儲かるのだが、将来の保障なんかはない。

まあ、それでも、好きなことを仕事にするって素晴らしいことなのだ。

ーーー

正しいことが正しい状態にあるって大事だなって最近思う。

どうしても生きてりゃあれこれ都合や事情があって、正しいことが正しくなくなることってある。はたまた、正しくないことが正しいってこと。

例えば、信号は守らないといけないってこと。現実問題、信号無視って田舎に行くほどする。信号が少なくなるし、車も少なくなる。信号のない場所を横断したりしやすくなる。
それでも、やっぱり正しいのは信号を守らないといけないってのが正しいってのがあるからこそ、道路の平和は保たれている。

これがアフリカなんかに行くと、信号なんてのは目安なのだ。
そもそも信号自体滅多にないのだが、信号の色なんかは目安であって、どんどんみんな自由に走っている。
こうなってしまうと、道路の平和なんてない。

どんな場合にも事情や都合ってある。
現実には正しくないことをやってしまわざるを得ないこともある。ある程度、仕方ないってのもある。
それでも、やはり正しいことが正しいってのがなくなっちゃうとカオスになってしまう。

右が右で、左は左。北は北で、南は南。
当たり前と言えば当たり前なんだけど。
それがなくなっちゃうと、地図一つ書けないし、行ったことのない場所には誰かに説明してもらってもたどり着けなくなる。右が本当に右か分からないって世界じゃ、どこにもたどり着けない。

なにかを五分後にすると決めれば五分後にしないといけない。1分遅れるのもいけない。
仮に出来なかったとしたら、出来なかったことを良いやとしてしまうと危ない。
すると決めたことについては、してもしなくても良いし、出来ても出来なくても良いじゃいけない。
出来なかったのはなぜか、不可能なことだったとしたら、なぜそんなことをしようと決めてしまったのか。
次からそういうことが起きないように気をつけねばならない。どうすれば防げるだろうか。

小さいことでも、やはり正しいことが正しいとしておかないと、いろんなことがおかしくなってしまう。

誰かと共有することはもちろん、自分一人でのことだってそうだ。
右は右で左は左にしていないと、なにも出来なくなってしまう。

人に対して嘘やごまかしをしていると、一時的には有利なようでも、自分に対して周りも嘘やごまかしをするようになるかもしれない。
嘘やごまかしに気付いていないのは自分だけってなってしまったらおしまいだ。

人に嘘やごまかしをしなくても、自分に対して嘘やごまかしをしてくる悪い人も世の中にはいるかもしれない。
それでも、少なくとも自分自身は嘘やごまかしをしていないっていうのがあれば、いろんなことが疑わしくなって信じられなくなった時にでも、自分のしたことは信じられる。
周りが信じられなくなった時に、自分自身も信じられないと、いよいよ救いがなくなってしまう。

ーーー

あまり潔癖にすると疲れるかもしれない。

それでも、きちんと潔癖にしていれば、自分に厳しくしていれば、右は右で左は左でいてくれる。そうすれば、自分のしたいこと、行きたい場所にも行ける。

ま、そんなことを最近は考える。


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posted by ちょろり at 00:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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