2018年04月09日

雲まで届くような塔を。

自転車屋をして死んでいく自分の人生を考えると何とも悲しいような気持ちがした。
自転車屋に限らずどの仕事もいずれ死に行くのは変わらず、目先の給料や名誉、ステータス、やりがいなんかはいくらかは違うにせよ、ベルトコンベアでコンビニ弁当の具財を並べていたって、大手企業でそれらしいことをしていても、本質的には人生に大差ないような気がする。

そんなことを言っていても仕方がない。

お酒を飲んでも、自転車をこいでも特に何も満たされない。
夜の桜に妙な寂しさを感じたりする。
咲き始めは冬の終わりを喜べるか、散る頃には一つの季節が通り過ぎる、年月が進むのを感じ、少し北に行くとまだ満開の桜に出会って、その頃にはもう美しさじゃなく寂しさを感じる。

何とかせねばならない。
自分の人生は自分でなんとかするしかない。
しかし、どうやって。

個人拠出型年金の話など持ち上がったりして、話している相手の方は良い話だと思っているのだが、私の方はどうもそんなに長く生きる気もしないし、生きたとして、そんな時にお金があって何に使うんだろうなどと考える。お金があれば人生に憂いがないか。お金がなくて困ることはあるが、お金があるからって幸福とはまた関係ないことのように思う。

暖かな土地でビールを飲もう。
それがいい。
それから先はビールを飲んでから考えよう。
それでいいのか。

例えるなら雲まで届くような塔を作っていたい。
誰のためでもなく、何のためでもなく。
ただ、なにかを積み上げるように終わることなく作り続けなくちゃいけない、雲まで届来そうになった頃に随分と高くなったなと見上げたい。

そんなこんな。


iPhoneから送信
posted by ちょろり at 01:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: