2018年04月14日

遠い世界。

歳を取ったんだか、日々が忙しいのか。
日記を書かなくなった。

ブラックバードが夜の死の中で歌ってる。
壊れてしまった羽で飛ぼうとしながら。
この瞬間のために生きてきたのだ。
ブラックバードよ飛んでくれ、闇の中の一縷の光を求めて。

ビートルズのブラックバード、翻訳は僕なのであまり正確ではないかもしれない。
アフリカを走っていた頃よく聴いていた曲だ。

この曲は非常にシンプルだ。
伴奏はギターだけの弾き語り。
ギターはきちんと弾こうと思うと割と難しいようなこともするのだが、何となく弾くだけなら初心者でも弾ける。ただ、弾きながら歌うのは難しい。
歌も歌で激しい抑揚もない。
歌詞も実にシンプルだ。絶望の中を生きてきた黒い鳥が今こそ飛ぶ時だっていうだけのことを繰り返すばかりだ。
歌詞は暗いが、曲は優しく暖かだ。

ブラックバードとは日本名ではクロウタドリという鳥のことらしい。
30センチほどで体は黒く、クチバシは黄色い。
ヨーロッパなんかでは公園なんかにいるそうだ。
鳴き声が綺麗な鳥だと言う。

アフリカの強い日差しの中でブラックバードを聞くのは実にヘンテコなことだったと思う。
南米を走っていた時にはグレングールドの後の方の演奏のゴルドベルグ変奏曲だったが、こちらは割としっくり来る。パタゴニアの荒野で聴くにはグールドの孤独な美しいピアノ演奏っていうのは、まさにピッタリだった。ソニーのCDウォークマンを持って行っていたのでブエノスアイレスで三枚ほどタンゴのCDも買ったし、他のCDも2枚あったけれど、結局グールドばかり聴いていた。

旅の最中に聴く音楽とは不思議なもので、日本では大してきちんと聴いていたわけでもない曲を聴く。
アフリカでは知り合ったヨーロッパ人の旅人がすすめてくれた南アフリカのソウェトゴスペルコラールというグループの曲も好きだった。
ただ、自転車に乗って聴いていたのはブラックバード。

ーーー

かつては文を書くのが日々の唯一の癒しだった。
文を書くと正直あまり良いことが起きない。
何でもかんでも書くもんじゃないよ、と言われたり、アレコレ文句を言われたりもする。
沈黙は金とは言うが、黙して喋らないというのは確かに害がない。
しかし、害がない代わりに何も誰にも喋らないと、思考は頭を回っているだけでしばらくすると消えてしまう。
書いたとしたって消えてしまうには違いないし、特に反応なんかもあまり帰ってこないので、喋るほどは思考にコダマがあるというわけでもない。
それでも、文を書くと考えがコダマする。

世界はめまぐるしく変わった。
正確には僕がめまぐるしく変わったのかもしれない。それでも、世界っていうのはあくまで主観的なものだろう。木が生えて、動物が生まれて死んで、人間に関しては利害をめぐって戦争したり貿易してみたりの規模のことから少額訴訟にちょっとした買い物の細かい契約やら、五分の遅刻の嘘の理由やらあれこれ小競り合いをしたりと、そういう変わらないこともあるけれど、世界は刻一刻と変わり行く。
あくまで世界は主観的なものであって、変わっていく。
昔と違って暑くなった、でも、平均気温はグラフにするとさほど大きな変化はない、冬は寒くなった、ここ数十年一番の大雪、そんなことが毎年言われる。

そういうのってあまり関係ない。
風呂の水をじゃぶじゃぶ使ったって水道代もガス代も知れている。エアコンはつけっ放しにしていてもあまり電気代は変わらない。
地球は相変わらず痛んでいる。

小説を読んでも映画を観ても、あまり感動しなくなる。
どこかで聴いたような話。
音楽もビルエバンスを聴いていた頃よりはいくらか聴くプレイヤーもジャンルも増えたけど、どこか上の空だ。

マネジメントや会計なんかの本を読んでみても、それがどこに通じるんだろう。
売るための方法を考えて、たくさん売って、それからどうなるんだろう。
僕は静かに自転車を売っていたいだけなのだが。

どうしてアイツはギターを弾くのを辞めてしまったんだろう。
それはきっと君が大道芸をやめたのと同じような理由さ。別に飽きたわけでもなく、単純にやる気が起きないんだ。
何かをし続けるには縁が必要だ。
気付けばずっと自転車に関係する生き方をしているようにね。

小学校の教師をやめた男が偉そうにして、人の言うことに耳を貸さない。

ーーー

どこのことを考えているのか自分にも分からないけれど、とにかく遠い。
それは遠い。
遠い世界の中の僕はこの世界の僕を探しているのかもしれない。


iPhoneから送信
posted by ちょろり at 01:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: