2018年05月31日

生きるとは忍耐だ。

生きる不安が募る。
まあ、時々、そういうことがある。

群馬に移って自転車屋で勤務して半年ほど。
どんどんと憂鬱が深まる。
追い風が吹かない。

残念なんだか、良いことなんだか、人生は三十歳では終わらない。
非常に当たり前と言えば当たり前だが。
とにかく今を生きるために生きてきた。三十歳より先のためじゃなく、今を生きてきた。

昔は困った時には誰かに相談したり、話したりしたけれど、今は誰にも話せない。
話してもどうにもならない。
助からない。

ーーー

無人島に流れ着いてしまったら、どうするか?
まず、問題になるのは自殺するかどうかじゃないだろうかと僕は思うのだ。
映画みたいに無人島でサバイバルして生き延びてって、現実にはかなり無理がある。
現実、魚なんか捕まえられない。ヤシの実も落ちてない。
飢えて苦しんで死ぬってのが現実だろう。
餓死って苦しい。
死にたくなったらいつでも死ねば良いともならない。飢えると自殺するだけのエネルギーもない。

そうなると手頃な気に縄をかける方が現実的とも言える。

ーーー

普通の仕事を普通にしたい。
自転車屋するにも、普通の自転車屋で普通に働きたい。
今の職場はちょっと異常だと思う。
まあ、どこに行っても僕はそう感じるのかもしれない。

薄々分かってはいたが、多分、どこにも適応出来ない。
大学さえ適応出来ていないんだから、当たり前と言えば当たり前だが。
診断されれば適応障害とか躁鬱とかアルコール依存症だとか、まあ、いくらでも病名が付くんだろう。

それでも、僕は普通の仕事を普通にしたい。
一生懸命働いて、仕事にやりがいを感じて、誇りを持って、人並みとまで言わずとも、年に100日は休みが欲しい。年に数回は三連休も欲しい。

まあ、嘘だ。
最近の僕は人と話さず、暗い穴の中にいたい。そのまま眠っていたい。
ただ、現実には働かねばならない。
頼れる知り合いも親族もいない土地だ。働かねばならない。
人生は金だ。
金が全てではないけれど、金が尽きると動けないのは事実だ。
何とか耐えるしかない。
死にたいとか一日に三回くらい考えるけれど、死ぬわけにもいかないし、死ぬかどうか考える暇があるなら死んだ方が良い。死なないなら生きるしかない。
生きるなら耐えるしかない。

無人島じゃないけれど、耐え続けるしかない。助けが来るまで耐え続けるしかない。
忍耐だ。
助けなんて来ないかもしれない。
無人島みたいなものだ。
でも、死なないなら生きているしかない。
生きるのは忍耐だ。耐え忍ぶことだ。
何を耐え忍ぶのか。
さあ、分からない。
何のために耐え忍ぶのか。
さあ、分からない。
だけど、生きるとは忍耐だ。


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posted by ちょろり at 10:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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