2018年07月26日

仕事で心がウンゲツィーファー。

相変わらず心が折れてしまっている。
どんどん人が退職して、僕にてんこ盛りの仕事が乗っかる。残った社員は点検も出来ないか、対人コミュニケーションに半分くらい障害のあるような人間。そして僕。このメンバーは無理がある。一人でやってる店ならそこまで売り上げを伸ばさなくても良いが、そうもいかない。
仕事の多さもそうだが、そうやってサクサクと人が半ばクビのような形で自主退職に追い詰められて行くのを見ていて、ある日、もう働けないとなってしまう。都合が悪くなれば自分もいずれ自主退職に追い詰められる日が遠からず来るだろう。

辞めようと思っても辞めるに辞められない。
こちらの都合での退職っていうのは、どんな形にせよ会社に対する裏切りではある。円満退職というのは難しい。
ましてや店長なので、非常に厳しい。
退職届けを書いて出せば法的には問題ないことになってはいるが。

さらにその後の無職の期間、次の職探し、何のために長々と自転車屋なんかしてきたんだか、様々なことを考えると、隕石でも降ってきて即死しないかと考える。
「あの人、隕石に当たって死んだんだって。かわいそうねー」
何とも収まりの良い最期だ。
ストレートに言えば、こちらに非のない完璧なる事故死だ。
これは楽チンだ。

雷が鳴ると、不思議と当たるのが怖いと感じる。夏の夕暮れの雷。ヘンテコな雲がどんどん積み上がって空が光る。
昔は雷など鳴ったって怖くもなかった。
普通は子供の頃怖くて、大人になると怖くなくなるものだが、なぜか最近の僕は雷が鳴ると怖い。

雷に当たって即死なら隕石同様、完璧なる事故死になる。
だから、むしろ雷の中を積極的に出掛けて落雷に当たって行くべきところなのだが、どうしてだか雷が怖い。
音や光が怖いんじゃなくて、痛そうだなと思うわけだ。
死ぬなんてのは何でも痛いに決まっている。
首吊りだっていくらかは痛いだろう。
糞尿垂れ流して死ぬ。
何より自殺なんてのは実に縁起が悪い。響が悪い。

そうは言っても何かと面倒で、やる気も起きない、エネルギーもないとなると、
「あー、ある朝目が覚めたら自分が巨大な毒虫に、じゃなくて、ページすっ飛ばして死んでてくれねーかなー」
などと思うわけだ。
「もう仕事行きたくねー。でも、行かないと電話掛かってきて、多分、社長が直接家に来るしなー。どこの高校生だよ、誰かに叱られるのが怖いって。あー、行きたくねー。理不尽な仕事割り振られて、他の社員誰も助けてくれない状態、もう無理ー、行きたくねー、行きたくねー、金もねー、次の仕事もねー、あー、ページすっ飛ばしてグレゴール・ザムザ死んでてくれりゃ良いのに」

カフカの変身は、仕事に行きたくない人、生きている意味を失ってしまった人をよく表している。
ある朝起きたら毒虫になっていて、家族からの暴力で死に至る。そして、ラストシーンで家族は、「やっと死んでくれた」と言ってウキウキしながら列車で気晴らしのピクニックに出掛ける。

実際には、鬱病になっても残念ながら人間の体は毒虫にならない。毒虫だったり、単なる虫だったり表記が翻訳によって違うが、原文ではウンゲツィーファーUngeziefer、ドイツ語でとにかく人から忌み嫌われる虫、菌といったものという意味だそうだ。この辺りはカフカは実に巧妙だ。ゴキブリとかムカデとか言ってしまわない。読み手の想像力が膨らむ。悪い方、気味悪い嫌な生物にも伸ばせるし、グレゴールが可愛そうとも思わせてくれる。ゴキブリやムカデなどと断定してしまうと、ただ気持ち悪い、ましてやグレゴールを可愛そうだとは思えなくなってしまう。

ウンゲツィーファーになってしまった兄に対し、妹は何とか優しくしようと思うのだが、やはりウンゲツィーファーで気味悪くて、結局、父親の攻撃を中心にグレゴールは負傷して死に至る。

介護でボケた老人がクソを壁に投げたり、ひどい罵声を浴びせてきたりするのに似ている。親だから優しくせねば、しかし、我慢がならない。
鬱病なんかもそうだろう。

しかし、現実世界では人間はウンゲツィーファーにはならないのだ。
これはある意味残酷ではある。
ウンゲツィーファーとなれば、家族はやっとアイツと縁が切れた、ピクニックに行こうと晴れやかな気持ちでラストシーンを迎えられるわけだ。

生きていく希望を失った人間の精神の極みが表されている。
誰かに助けてもらいたい、優しくしてもらいたい、しかし、自分はもはやウンゲツィーファーであり、外見的には人間だとしても、もう精神的にウンゲツィーファー、生きてはいけないものになっていて、自分が死ぬことで周囲の人間がむしろ幸せになれる、自分が死ぬことで汽車に乗ってピクニックに行って欲しい。

ただ、カフカの変身の面白さは、主人公グレゴールは外見的にはウンゲツィーファーなのだが、内面は別段何ということはない、全く普通の青年で自殺願望などがあるわけでもない。何の予兆もなく、理不尽にもある朝突然ウンゲツィーファーになってしまったわけだ。

まあ、ある意味では鬱病、自殺願望なんかもそういうものだが。
ある朝、突然、精神がウンゲツィーファーになってしまうのだ。

ーーー

それにしても面白いのが、単に仕事を辞めるにも辞めづらい、そんな単純なことで僕は死のうとしているということだ。
多分死なないと思うけど。

単純に退職届けを出せないということ。
昨日今日と二連休だったのでよかったが、明日、出勤できるのだろうか。

これまた面白いことが、たかが退職届けを出せないってことで死のうって人間の存在もそうだが、誰もこれを助けることは出来ないということだ。
「じゃあ、オレが代わりに退職届け書いて出して来てやるからさ、とりあえず今晩飲みに行こうぜ!明日から一緒に次の仕事探しに行こうぜ!」
実際、ニュースに流れる、仕事を辞めるに辞められなくて自殺した人々には、そんな助けが必要だったんだろう。言うなれば、困った時に現れる正義のヒーロー。或いは明るいニートの友人。

ニートの友人って必要だと思う。
自分が困った時に、声を掛ければ大抵暇していて、茶でも飲みに行かないか、奢るよといえば、金はないけど時間はいくらでもあるからな!と言ってやって来る。
誰にでもニートの友人は必要だし、或いはホームレスでも良い。
心の相談ホットラインの電話など必要ない。ある程度のホームレス、ニートがいて、その公園に行けばハトにエサやりしながら話を聞いてもらえる。
「金はないけど時間はあるからな!」

ーーー

好きなことを仕事にして、やっと店長にまでなったが、残念無念ではある。
自転車はもう全て捨てようかなと考えたりもする。最近、自転車に乗っていても、悲しみがある。アフリカも南米も遠い過去に埋もれてしまった。

生きてさえいれば何とかなる。
まあ、何だかんだで死ぬことはないんだろうけど。

ある朝目覚めたらウンゲツィーファーになってるかもしれない。

そんなこんな。


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posted by ちょろり at 13:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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