2019年01月03日

青年くんはFXで勝負すべきか。

今日は自転車でぶらぶらと秩父の方へ出掛けた。

今年はちょろり草を出来るだけ毎日書いていこうと考えてはみたのだが、やはり自転車の方のブログと両方書いていて毎日ってのは難しい気がする。

それでも、毎日ちょっとでも何か書いてみて、何日か合わせて一本書くってのでも良いかって気はしている。

基本的には日記には鮮度が大事だと考えていたので、その日の日記はその日の内に書ききってアップロードしないといけない、続きを別の日にまたがるって微妙だと考えていた。
何より書きにくい。
日記なんて、そんな大したことを書くわけでもないので、一日経てば、なんでそんな話題を書いていたのかも思い出せなくなってしまう。
そうは言っても、そういう書き方も必要であれば、やはり覚えないといけないだろう。

ーーー

今日はお金と仕事のことなんか考えたりした。
知人の若者がFXで一儲けしてやろうと考えているのだ。そのことについて一緒に自転車で出掛けていたKさんなる人と、「どうなんでしょうね、心配ですね」などと話したわけだ。

実際、僕も株なんかはやっている。
FXも手を出そうか考えてもいる。
別に必勝法はない。
むしろ、先日、株の方で大敗してしまっている。僕の買った株が突然大暴落してしまっている。まあ、大暴落と言っても1年か、長くても三年ほど待てば元の値段くらいまでは戻るのだが。
株は長期的な目で見れば、その会社が上場停止なんかにならない限りは元の値段までは戻ってくる。

FXも基本的には放置していればいずれは元のポジションまでは戻る日は来る。
問題はFXはレバレッジ、つまり自分の持っている金額の何倍という商品を買えてしまう。10倍にしていれば、勝ちも負けも10倍になる。
これがFXで一発当てる人がいる理由だ。
逆に財産をなくしてしまう人も出てくる。

基本的には当たり前と言えば当たり前なのだが、勝ちだけ見込みの高い博打など存在しない。
FXは博打じゃなく投資だという人もいるが、噛み砕いて考えれば上がるか下がるかの丁半博打である。

基本的には丁半博打については倍プッシュし続ければいずれは勝てる。倍プッシュとは負けたら次は掛け金を倍にして賭けるというわけだ。
勝てば前に負けた金額を回収できる。
負けてもまた倍プッシュで良い。
問題は掛け金がそんなに続くかという問題ではある。
あとは倍プッシュして買ったという時に勝ち幅が小さくても意味がない。

投資と投機と博打の違いとは、負けた時の幅だ。
博打は負けたらゼロになる。
投機は負けるとゼロまでは言わずとも大きく負ける。
投資は負けても減るのは一部のみだ。
要は用意する資産を長期的に運用出来るかどうかだ。博打は負ければ一瞬で終わってしまう。
FXはレバレッジのかけ方によっては投資だし、大きくかけると博打以上にリスキーになる。
また選ぶ通貨にもよる。円、ユーロ、ドルの三代通貨はリスクは低いがマイナー通貨は暴落したりがある。

ーーー

Kさんは割と心配していたが、僕としてはFXでも何でも興味があることは試してみるのは良いことのように思う。
その若い子、青年くんとでも呼ぶことにしようか、青年くんは自動でコンピュータが運用してくれるシステムを30万円で買って一儲けしてやろうという魂胆らしい。

「そんな上手い話あるわけないだろ。やっぱり汗水垂らして働かないといけないんだよ」
というのがKさんの考えである。

Kさんの言う理屈は正しい。
実際のところ、FXはコンピュータでかなり勝てるというのも事実ではあるが、そこまで勝率の高いシステムが30万円程度で買えるとは思えない。
何せそんなに勝てるシステムなら30万円で売らずにそのシステムで儲けた方が早い。
何せ一万本売れたとしても30億円である。
30億円と言えば大きい金額のようでもあるが、放置しているだけで楽して勝てるなんて、そこまで勝率の高いシステムなら元の資金が100万円もあればすぐに稼げそうな金額である。

現実一万本も売れるかっていうと微妙な気はする。
何だかんだで一万人くらいは甘い話に飛び付く人も存在するかもしれない。
ただ、仮に一万人買ったとして、そのコンピュータが同じように投資するとしたら、一万人が投資する未来が製作者には分かるということでもある。ただ、一万人程度の投資で相場がどの程度動くのかってどうなんだろう。
世の中、もはや天文学的数字のような財産を持ってるような人もいるわけだし。

何にせよ、順当に考えればやはりK氏の理屈、「世の中そんなに甘くないって」
というのが正しい。

ーーー

ただ、実際に投資で大儲けしたことのある人を僕は二人ほど直接見たこともあるので、存外、可能性はゼロじゃないと思ったりはする。

ただ、青年くんは仮に勝ったとしても、結局上手く使えないような気がする。
博打で買った金とは湯水のように消えるものなのだ。
もちろん、一生をプロの相場師として生きていきたいと強く考えていれば話は別だろうが、単純に仕事が嫌で働きたくない、お金が欲しいってのは上手く行かない場合が多いのだ。

実際、僕の知る投資で大儲けした人は、勝ったは勝ったが、段々と数字の感覚がおかしくなってゲームみたいになって、結局最後は必要な分だけ残して、あとは全部賭けてなくしてしまったと言っていた。そして、焼き物職人として生きていた。今はどうしてるかは知らない。
もう一人の人はやはり膨大な金額を持っているが、どうもお金というものの感覚がよく分からなくなるらしく、高いもの、良いものと呼ばれるものを買っても全く嬉しくなくなって、世界を旅して、自分自身が価値があると感じたものにだけ使うようにしているとのことだった。なので、生活は意外なまでに質素だ。意図的にそうやって質素にしておかないと、喜びや面白みがなくなってしまうらしい。その気になれば、お金で買えるものは何でも手に入るってのも案外大変なのだそうだ。

青年くんも仮に勝ったところで、中途半端な価値なら湯水のように使ってしまって、むしろその後負けて借金になったりするかもしれない。大勝ちしたとしても、明確にお金を使ってどうしたいということもない。車が欲しいとかはあるみたいだが。

ーーー

根本的な問題としては、仕事をしたくないってところだろう。
まあ、僕もくたびれるので仕事なんかしなくて良いならしたくない。たまに気が向いた時だけちょっと働くなんてのが嬉しいは嬉しい。
でも、そうなると誇りってのは持てない。
サラリーマンだろうが何だろうが、やはり仕事には誇りってものがある。

というのも、仕事って意外と難しい。
子どもの頃は大人になればみんな何かしら仕事を出来るようになるものだと思っていたが、実際にはみんなそれなりの苦労をして今の自分の仕事が出来るようになっている。
苦労して出来るようになったことって、やはり誇りがある。

僕の場合、好きなことを仕事にしているけれど、やはり仕事は仕事である。それなりの苦労はある、というか好きなことを仕事にするのは苦労が多い。
縁があって結局自転車屋なんて形で働き続けているが、給料も休みも悪いし全くオススメはしない。
それこそ日が変わって一月三日となったが、今日も勤務だった。三が日くらいゆっくりしたいというか、年末年始は二週間くらいはぼんやりしていたい。
そんなわけで人にはオススメしないが自分としては誇りを持って働ける仕事なので良い仕事だと思っている。

ーーー

青年くんはFXで一儲けしたいというが、その実、一儲けなどしなくとも働きがいのある仕事がしたいという方が正しいのだろう。
「まあ、たしかに複雑になりましたよね。昔って働いていればそれで良かったけど。なんか最近ってテレビなんか見てると、年収は500万円とか、年間休日百三十日とかが普通って言いますしね。青年くんみたいに派遣で働いていると、仕事なんか馬鹿馬鹿しくも感じるし、FXで一発当てるって夢を見る方がよほど現実的かもしれないですよね」
「まあ、そうなんですけどね」
「そう、そんなんですけどね、ですよね」

ーーー

K氏とアレコレ言っては見るものの、青年くんは興味があるならFXで一発狙ってみるのが良いような気もする。

他人事だからってのもあるが、どかーんと二百万くらい借金してみるのと良かろう。二百万くらいなら10年もすれば笑って話せる借金だろう。
はたまたドカーンと大投資家になれるかもしれない。
はたまた案外どっちにもならず、単に30万円損するだけかもしれない。

ただ、モヤモヤとFXしてみたら大儲け出来るかもしれないと思い悩んでいるよりは、人生は経験だ。
200万の借金で買える経験なら安いものだと思う。
一千万円負けるとちょっと話は変わるけど。

実際、僕自身、海外に自転車で旅するということで何だかんだでトータルで二百万くらいは沈めてきた。実際に使ったのは百万くらいだが、その無職の期間に普通にサラリーマンしていたら入っていただろう収入なんか考えれば200万くらいは堅い。
それどころか、まともに大学を卒業してサラリーマンしていたら、今頃年収も百万くらい違って、ゴールデンウィークなんか十連休だったろう。
そう考えると20代の頃にほんの少し異国を自転車で放浪したことでの損失って500万円くらいに登るかもしれない。

でも、お金持ちが一億円出したって、自転車で異国を旅する経験は買えないのだ。
経験ってのはやはり偉大だと今も思う。
それでいくら得するか損するか、何かに役立ってるかなんかは知らないが。

人は思い出を積み重ねて生きるものだ。
目の前の札束はいくら積み上げても思い出にはならない。

ーーー

欲に駆られてFXしてみて、何が手に入るか。
それは分かりはしないが、青年くんくらいの年齢で30万円使ってやる遊びって決して安いものじゃないはずだ。
やってみるのは大事だと僕は思う。

少なくとも僕やK氏はしなかった体験だ。

体験なら何でもしとくべきかと言えば答えはノーだが。
本人が本気でしてみたいと感じることについては、やはり体験してみるべきだろう。
やるからには全力で勝ちに行く、全力で楽しみに行く。

そういう体験の積み重ねの先に仕事ってあるべきだろう。

まあ、そんなこんな。


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posted by ちょろり at 20:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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