2019年08月10日

自転車屋引退。

じてぼんの筆者としては残念な話だけれど。
子どもがもうすぐ生まれる父親としては素晴らしい話で。

転職が決まった。
自転車屋は引退することになった。
一般企業で営業マンをしていく。

でも、今度は八ヶ岳のふもとなので、MTBは近くに富士見パノラマがあるし、ロードも麦草峠にビーナスラインと自転車を乗る環境としては天国だ。トライアスロンも野尻湖まで行けばある。登山ももちろん天国だ。
やはりアウトドアするなら長野は強い。

ーーー

自転車屋さんで子どもは育てられないのか。
別にそんなことはないと思う。

実際に僕の周りにもそういう人はたくさんいる。
そして、子どもが出来て自転車屋さんを辞めていく人もやはりたくさんいる。

給料面、休日面は世間一般の平均より良くないけれど、その気になれば食っていけないこともない。
単純に僕の場合は会社の考え方についていけなくなってしまったというのが大きい。
僕の中で仕事とはやったらやった分は報酬があるべきだと考えている。好きな仕事なら報酬は我慢しなさいっていうのは間違っていると思うのだ。
そうしないと、仕事に対して頑張ろうというモチベーションにならない。
ただぼんやりと出社するだけで給料がもらえる、別に頑張っても給料も良くならないし、休みも少ないから自転車イベントにも出られない。仕事だから自転車屋さんにいるだけ。
そういう職場には僕はあまりいたくないし、そういう店で自転車を売りたくない。

一口に言えば自分が自転車を買いたいと思える良い自転車屋で働いていたい。
自分がお客さんだとして、親しくしている店長さんが実は貧乏過ぎて家庭崩壊していたら嫌だ。自転車のために家庭崩壊している人から自転車を買いたくない。

何かしらの明確な目的を持って仕事を一生懸命する人たちと仕事がしたい。特に自転車屋さんなら、自転車に対して熱い想いを持ってる人と一緒に働きたいし、そういう人たちが幸せに家庭を作っていけるような会社で働きたい。

そうは言うけど、自転車の知識もロクになかった僕を拾ってくれて、プロショップの店長が出来るまでに育ててくれた今の会社には感謝している。
恩を仇で返すようなことになってしまうが、子ども最優先で生きていく。
そう、モンスターペアレントだ。
子どものこととなれば、恩も仇で返す。
でも、そりゃそうだ。まずは自分の生活が守れないと、自転車という人生の遊び道具は売れない。

そうは言っても、会社も出せない給料は出せない。

こうなると交渉決裂だ。
リスクを取ってもプロトンから逃げねばならない。

つまるところ、僕はお金が欲しかったのだ。
そして、社長はお金を払いたくなかった。
それだけのことなのだ。
はっきり言って、そこには哲学も美学もない。

ーーー

自転車屋さんに限ったことではないけれど、家族を持つことで生き方が変わる人とそうじゃない人ってのがいる。

結局は家族の理解である。
そして、家族の理解っていうのは、仕事への熱心さである。
そういう意味では僕は自転車屋さんにそこまで熱心なようには妻の目には映らなかったのかもしれない。
あるいは、熱心ではあるもののしんどそうなところが多く映ったのかもしれない。

ーーー

僕自身、自転車屋さんの仕事に未練はないかと言えば、正直、あまりない。
自転車屋さんっていう仕事はとても好きだけど。

同じように山小屋に未練はないかと言えばない。
山小屋は実に素晴らしい仕事だったと思うけど。

自転車も登山も好きだけれど、楽しいからしただけだ。
良くも悪くも単純に楽しいから自分が納得するまでトコトンやっただけ。その中で縁あって仕事としてやっていける期間があった。
もちろん、まだまだやり足りないことも多い。雪山登山もしたかったし、自転車ももっとやりたいこともある。

ーーー

そう、ふと思い出したが。
昔の僕はいつか珈琲屋さんと自転車屋さんと古本屋さんをくっ付けたような店がしたかったのだ。
珈琲と本と自転車。
あとは音楽なんかもあれば良いかもしれないけれど。
それこそが若き僕の求める全てだった。
正にじてぼんである。

今は少し変わって、自転車関連でやるなら、レンタルとサイクリングツアーとMTBコースのあるキャンプ場がやりたい。
レンタルは日本全国宅配しつつ、地域活性化の役に立つよう駅前受け渡しの予約も受けるし、市内協力店にもレンタルロードバイクを置いて、キャンプ場の脇にそれらのレンタル自転車の基地になる倉庫を建てる。

改めて考えると、昔の珈琲と自転車と古本っていうのは故郷の町に生きていた自分ペースで欲しかった場所であり。
今考えるレンタルとツアーとキャンプ場っていうのは、旅をして来た結果、旅人目線として旅先に欲しい遊び場所なのだ。
そのキャンプ場に外人が来れば、日本一周をする装備と自転車が気軽に借りられるような拠点になれば最高だ。
もちろん、外人じゃなくて日本人でも良い。
もっと気軽に日本を自転車で旅して下さいね、と。

ただ、この事業の問題点はレンタル事業だけで大して儲からないであろうキャンプ場の維持なんかをしていかないといけないことである。
星の美しいキャンプ場が良いと思っている。
キャンプ場の維持代がかからないように、フリーのキャンプサイトにしてしまって管理なんかに維持費があまりかからないようにするのも手だが。
基本的にはレンタル事業とツアー事業に何人かいて、プラスでキャンプ場の手入れもするくらいで。

レンタル事業がどの程度儲かるかというのが問題ではあるが、全国宅配レンタルサービスは全国の旅館、ホテル、ゲストハウスなどの法人向けも含めて展開していけばかなり可能性はあるだろう。
トライアスロンを開催するエリアのホテルを狙うだけでもかなり取れる。トライアスロンパックと銘打って、ロードバイク一式とウェットスーツがレンタルできるプランを展開すればトライアスロンの宿泊客が確実に取れるし、宿泊客じゃなくても前日にレンタルしてレース後に返却したいというユーザーも取れる。
その辺は営業力次第だ。

今の会社でその努力をしろと声が上がりそうだが、残念ながら僕はステキなキャンプ場がやりたいのでその運営資金のための利益を求めるのであって、単純な売り上げのためにそういう努力はしたくない。
はっきり言ってお金のためなら、是非とも別の仕事をすべきだ。
自転車はあまりお金にはならないし、だからこそ自転車はステキなのだ。

ーーー

でも、子どもが生まれるので、それはしない。
普通のサラリーマンをやる。
いや、普通より稼げるサラリーマンをやるつもりだ。
資金が作れたら、事業を立ち上げて、地域おこし協力隊なんかに投げてしまって、社長職していても良いかもしれない。

その利益で今度こそのんびりと珈琲屋さんと古本屋さんの自転車屋さんをやろうじゃないか。

そして、それも誰かに投げてしまって、日本中に支店を展開して、外人さんが気楽に日本を自転車で回れるようなシステムを作って。
もっと自転車がみんなに身近になっていて、マイカー通勤が減って、自転車通勤が普通になっていて。日本が世界でも先進的な自転車利用による環境保護の国になっていて。

その頃には子どもも大人になって。
老人になった僕は今度はどこに旅に出ようか。
その頃には南極を自転車で走るのも今より普及していたら南極点を目指したい。
世界が平和になっていて、戦争もなく、どこの国にもビザなしで入れて、自由に旅出来て。
老人になった僕でさえ見たことのない景色の道を自転車で走れたら。
それはきっととってもステキなことだろう。

もしかすると、月や火星をサイクリング出来るようになってるかもしれないし、地球滅亡の危機が来ているかもしれないけど。

まあ、そんな妄想もするわけだ。

別に自転車屋さんを辞めたって、世の中から自転車がなくなるわけじゃないし、まだ見たことのない景色がなくなるわけでもない。
のんびり妻と子どもと一緒に生きていく。

ーーー

そうは言っても一度自転車屋さんを辞めて改めて戻ったのに、また辞めるというのは正直心痛むところではある。
信頼してくれたお客さんに申し訳ない。

それでも、内心ほっとしているところもある。
今日、面接が決まってから少ししてから、海外通販の部品の持ち込みがあった。

海外通販で買ったものを正規店で取り付けてもらう。
工賃さえもらえれば良いのだろうか。
それでも、食材持ち込み自由のレストランなど聞いたこともない。
レストランに限らず、そこで販売するはずのものを非正規ルートで安く買ったものを持ち込むなんてのはどの業界でもあまり聞かない。

やはりそれはルール違反なのだろう。

そうは言っても、それも受けねば食ってはいけない。
それなら、それを受けられるシステムを作っていない側にも責任はある。

ただ、そんなシステムを作る、つまり非正規ルートで購入した部品についてはアップチャージを頂きますなどというルールを作って提示しなくてはいけないってのは、人を叩いたら相手が痛い思いをするのでいけません、という何とも幼稚なルールだ。

話を広げるけれど、ふるさと納税でAmazonポイントをあげるなどという馬鹿な地方自治体が出て来て、物議を醸したりもしたのについてもそうだ。

普通に考えてやっちゃいけないことはいけない。

その理屈で言えば、恩のある会社を裏切るなどという行為もそうなのだろう。

子どもが出来たから、家族が出来たから。
本来、そういうのは理由にならないと思うのだ。

どうにも余裕がない。僕も社会も世界も。
ーー子どもが出来て、お金がかかるね、でも、まあ、何とかやっていきますよ。ははは。
そういうのがない。
みんなカツカツで隣の人より少しでも多く儲けたいし、自分だけ貧乏でいるのは嫌だ。

アフリカでの旅は東から南西へと国境を越えるごとに経済力のある国へと変わっていった。
冷蔵庫のない村がなくなり、スーパーのある町が現れた。裕福な白人が乗った車が増えた。
そして、ギブミーマネーと笑いながら叫ぶ大人や子どもが減って、暗い顔をしたストリートチルドレンが現れた。

もちろん、それが全てではない。
あくまで僕の目から見たアフリカだ。

アフリカでは貧乏は決して憎むべき悪ではなかった。
貧乏で発生している深刻な問題もたくさんあったのも事実ではある。
それでも、貧乏が当たり前の地域では、仕事のない人々は木陰でぼんやり黄昏ていて、風に吹かれていた。
稼ぎのあったものはビールを飲んで稼ぎを溶かしてしまっていた。
時々、お金持ちもいた。
お金持ちは貧乏人とは壁があった。
それでも、それは許容されていた。
貧乏人の存在もお金持ちの存在も。
料金をチャージ出来ないので通信出来ないケータイ電話を持つ人々。
道端でバケツいっぱいのマンゴーを売るおばさん。
誰が欲しがるのか分からない手作りの木のオモチャを売るおばさんもいた。
牛を追う少年。
朝から村の前で牛を殺していたり、自転車のハンドルに鶏をぶらさげていたり。
ハエのたかった肉。汚れきった油で揚げて塩をかけて食う。硬くて獣臭い。
一夫多妻制の社会の中で、結婚した相手の父親に迫られ続けるのが嫌で離婚したゲストハウスのおばちゃん。

アフリカはずっと遠い。遥かに遠い。
僕は転職して勉強して、きっとこれまでより良い収入と休みを得るようになる。
誰かは自転車屋さんに憧れて、いずれ店長になる。

先日、31歳、僕と同じ年齢の日本人の自転車で旅する人がペルーで死んだ。交通事故だったそうだ。
旅の終わりか不意に訪れてしまった。

少し前まで転職が決まらないで苦しんでいた僕はアフリカで死んだら楽だったかもしれないと真剣に考えたことがあった。
旅は楽しい。
でも、旅は終わって、日常の日々が戻ってくる。
日本での日常の日々はとても快適だ。
ただ、みんなカツカツで、自分も気付けば一緒にカツカツになっている。
旅の日々ほど輝いている日々はない。
その輝いている日々の真ん中で突然に人生が終わる。

転職が上手くいったからというのもあるのかもしれないにせよ。
日本のカツカツの日々と旅の日々のコントラストに絶望することは少なくない。
それでも、絶望の真ん中だって旅の先に続いた道であり、そこを一緒に歩いてくれる家族が出来た。
良いことばかりじゃない。
どちらかと言えば悪いことの方が多いかもしれない。
楽しいことばかりでもない。
嘘だ、楽しいことについては結構たくさんある。
良いことも悪いことも、汗水垂らして苦労して乗り越えて、何が楽しいんだか分からないけど、新しい日がまたやってきて、何のためだか分からないままに何かを努力する。
輝いている旅の日々とは随分遠い。
これからの日々に苦労は山積みだろう。

それでも、僕は生きて帰って来れて良かったかなと思っている。
きっと死んでしまった人も日本に帰ってきたかっただろう。
はたまた異国で生きるという選択肢をしたかもしれない。
何にせよ、少なくとも自分で決めた目的地までは辿り着きたかっただろう。
どこに辿り着いて、どういう意味があるとも知れないにせよ。
自転車で旅する人は自分の進みたい方向に進んで自分が決めたところまで自分の足で進みたい。
その人の旅が途上で果ててしまったことを心から悲しく思う。
それも天命かもしれないが、やはり自転車で旅した人間としてゴールまでたどり着けなかった無念を思うと悲しく思う。
冥福を祈ります。

僕の自転車の旅は終わったけど、人生の旅はまだまだ。不運で死んでしまった人の分まで頑張って楽しんで生きていかないと。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 02:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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