2019年08月16日

改めて転職を振り返るのと、これまでの仕事の反省なんかをしてみようと思う。

転職が決まって、ここで改めて転職を振り返るのと、これまでの仕事の反省をしてみようと思う。

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基本的に転職活動中は自分で自分をいかに持ち上げるかの戦いだった。
転職活動って結構心折れる。
特に僕なんかは大学中退で職歴も自転車屋と山小屋、さらに途中で自転車放浪の旅なんて具合だったから、面接=懺悔状態だった。
職を探しても、家族を養える給料の職で未経験OKっていうのは基本は家か保険の営業。残業地獄、ストレス地獄っていう仕事ばかりだった。

それでも、子どもは生まれるし、現実問題として子どもを育てていくには仕事を変えないといろいろ厳しい。会社の問題もあるが、自分にも問題はあるのだが、とにかく厳しかった。

転職活動はとにかく自分を肯定しないとやってられない。
転職すること自体に疑問を持つこともあったし、とにかく不安はあった。
今の会社を去らずに頑張る方法は無いのだろうか。
何だかんだで会社にも社長にも恩があるし、引越しの費用や給料のない期間についても貯蓄を崩さないといけない。
店長まで頑張ったのもある。
慕ってくれるお客さんもいる。
可能なら今の会社に残りたいというのはある。

でも、現実問題として前に進むしかないのだ。

おそらく転職って、子どもができるとか、結婚するとかの理由がないとなかなか難しいと思う。
何せその日までその会社で何とか飯が食えてるわけだ。贅沢を言わなければその会社でも飯を食っていける。
でも、環境の変化があるとそれまでの食い扶持じゃ家族を養えなくなる。

全力で自己肯定、転職は必要だし正しいこと。
自分はできる。
大丈夫だ。
これまでの人生で悪いことはしてきていない。
自分なりに一生懸命頑張ってきた。
世間の人に出来る仕事なら自分も努力すれば出来るはずだ。

とにかくアゲアゲで行く。
アゲアゲにしても、絶望に絶望が重なるので、とにかくアゲる。
アゲていけるかどうかが転職の鍵だ。

転職すると決めたらアゲアゲで進む。

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転職の第一歩は転職エージェントだ。
ハローワークでも良いが、ハローワークは遠いし、仕事をしていると通いにくい。
転職エージェントは無料で自分専任の担当が付く。電話などで面談もしてくれるし、メールでも対応も迅速だ。希望を聞いてくれてそれに合う求人の紹介はもちろん、履歴書の書き方や面接の対策までしてくれる。

とにかく登録する。
僕はリクルートと地方のその地域に強いという小さいエージェントを使った。
最終的には小さいエージェントの方で決まった。

リクルートのような大手はとにかくたくさん求人があるけど、正直、あまり親身じゃない。
システムでとにかくたくさん応募させて決める。
数打ちゃ当たるだ。
応募は10以上したが、面接に行けたのは1社で、そこは落ちた。

小さい方のエージェントはとても親身だった。
求人は少ないのだが、その分、そこに何とかして入れてくれようとする。なので当人がヤル気が出る求人、なおかつ合格しそうな求人を紹介してくれる。
本当に親身に丁寧にしてくれたので、そこは三社応募して一社だけ面接に行けて、そこがそのまま受かった。
球数が少ないので、打率を上げるという方法だ。

学歴や経歴が良くて転職に自信がある人は大手からいろんな企業を見て決めるのが良いだろう。
僕のような転職市場のダメ人間は小さいエージェントを頼る方が上手く行くかもしれない。
まあ、最後は運やタイミング次第なので必ずしもそうではないだろう。

どちらもメリットはあるので、何社か組み合わせて使うのが良いんだろう。

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次に僕は資格の勉強を始めた。
勉強は何よりも自信になる。
どんな仕事なのかという勉強にもなる。
もちろん、取得できれば転職に有利にもなる。

仕事を探し始めて分かったのは保険か家の営業くらいしか残された手はないということだった。
(後半で分かったが、工場勤務という手もあった。なぜか工場勤務は序盤、なかなか求人が見つからなかったのだ)

保険の営業も考えたが、保険が役に立つのは人の不幸な時で、不安を煽って契約するという側面が好きになれなかった。
その点、家は金額が高くてつらそうだが、夢のマイホーム、正に夢のある仕事だと思った。

それで家の営業をしようと、とりあえず本屋に行って役に立ちそうな資格を取ろうと思った。
何せ大学中退だし職歴もボロボロだ。
長期にわたって仕事が見つからないかもしれないので、とにかく資格を取ろうと。資格を取れば何か良い仕事があるかもしれない、と。

そんなわけで宅建士を取ることに。

最初はそういう消去法から選んだのだが、勉強していると心が安らいだ。

転職活動ってとにかく不安と絶望がたえずつきまとうし、出来る事って意外と少ない。求人を探して応募するくらいしかない。履歴書や職務経歴書を頑張って書くとかはあるにせよ、結局まな板の上のコイ、面接に呼ばれれば品定めされて、受け身に結果を待つしか出来ない。

その点、勉強は能動的だ。
少なくとも目的に向かって自分は何か努力しているという心の安らぎがある。
勉強している時間、し終わった後。
絶望と不安からほんの少しだが逃げられる。

実際に転職後に役立つかどうかは分からないにせよ。
やれることをやるっていうのは、僕の場合、救いになった。

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後は運で何とか決まった。
面接に行ったらすごく良い人で話していて面白かった。そこが取ってくれた。
正直、受けに行くまでは家の営業つらそうだな、っていうのが大きかった。今もつらそうだとは思っているが、すごく面白そうな会社だったのだ。なので正直に思うところをすべて話した。

こればかりは運だ。
僕のような人間を取ってくれる会社が世の中にあって良かったし、そういう会社がタイミングよく募集していて、それに応募出来たのも、全て運が良かったとしか言えない。

転職活動開始から2ヶ月しないくらいで決まったのだから本当に運だった。

なので、絶望してもいけない、というかあまり意味がない。
自分を取ってくれる、なおかつ入りたい会社っていうのがあるかどうかはタイミングと運だ。

タイミングと運が悪ければ長く活動を続けるしかない。
もちろん、自分に無理のない範囲で継続しないといけない。
なおかつ、なるべく早く決めないといけない。
転職活動をし始めると現在の仕事に対してのモチベーションは落ちてしまう。そうならないよう努力はするのだが、どうしてもこれまでの会社の恩や義理よりも、自分の未来の不安が強くなってしまう。
それでも、転職活動において、現在の仕事をきちんと頑張らないと当然仕事にミスが起きて、転職活動のストレスと現在の仕事の失敗のストレスの両バサミにあってツラい。
転職活動で大事なのは現在の仕事をおろそかにせず、無理なく根気強く、自分を肯定しながら進めることだろう。

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さて、転職活動についてはこの辺で。
自転車屋の仕事の反省だ。
自転車屋というより、これまでの自分の仕事に対しての反省だろう。

もちろん頑張ったところもあるが、何よりも部下への支持、教育っていうのはダメダメだった。
恐らくそこさえ出来れば売り上げももっと伸ばせただろうし、職場の空気も明るく、みんな楽しく出来ただろう。
店長という中間管理職である以上、自分がプレイヤーとして反省、修理する以上に、下の人間にもっと自由に自発的に仕事したくなるように環境を整えてやって、仕事を投げて、失敗が怖くないようフォローしてあげる。なおかつ、悪いところは鋭く指摘する。上司の指示にはテキパキ従うよう空気を作る。
最終的にそういうのがどうにも出来なかった。

原因はたくさんあるが、一番は嫌われ役に立てなかったということじゃないだろうか。
部活や仲良しサークルじゃなくて仕事なんだから、ダメなものはダメだと強く指摘しないといけなかったし、出来るようになるまで根気強く向き合わなくてはいけなかった。嫌われるとかそういうのを気にしてはいけなかった。
部下が仕事を出来るようにしてやるのが上司という立場の人間の仕事なのだ。
それが出来ないと自分も苦しいし、部下もいつまでも成長出来なくて、ダメ社員扱いを受け続けるのは苦しい。
ダメなのにダメと言わないのは、優しさではない。
ダメなことをダメとストレートに教えて、出来るように一緒に考えて努力、協力するのが優しさだろう。

もちろん、良いところを誉めて伸ばすっていうのもアリだろうけど、やはりダメなところはダメと言わないといけないんだろう。
ダメと言うことで相手のモチベーションを下げることになるかもしれないし、実際、僕の部下は仕事放棄して職場から消えてしまうというのも事実ではあるのだが、それでも、根気強く向き合わないと、ダメなままで居続けてお互いにストレスにしかならない。
良いところを誉めて伸ばすにしても、ダメなところはダメだとストレートに指摘すべきなのだろう。
理想は何かしらの解決案、提案を持ってダメと指摘すべきだろう。
解決案、提案がなければ諦めるかどうかを本人に選ばせるべきなのだろう。
ーー君はこういうところが出来ていない。こういうところは出来ている。出来ていないところを出来るようにする方法を一緒に考えて努力するか、出来ないということを受け入れて出来る分野で頑張るかどちらが良い?
とストレートに指摘して、相手に選択させるのが良いんだろう。

僕は基本的にこっちの解釈、判断で「この人には出来ないことは出来ないで仕方ない」と諦めてしまっていた。

簡単に諦めてはいけないし、ましてや本人に諦める気がなくて努力する気が少しでもあるなら、しっかり向き合ってやっていくべきだ。
本人に選ばせるというのも、少々、残酷なやり方とも思えるが、実際問題、大人になったら自分のことは自分でやるしかない。
それでも、チャンスは与えないといけないし、可能な限りチャンスをものにして、戦力になって欲しい。

そういうのが全く出来なかった。

ダメな人は諦めるか近寄らないっていうのが僕のセオリーだったが、それだけじゃダメなのだ。
ダメな人は改善のため一度は徹底して向き合わねばならない。
根っからのダメな人間など珍しい。その仕事ではダメでも、それ以外のプライベートなんかではとても優れた人間かもしれない。
ただ、上司として接する以上、仕事についてダメなまま放置してしまうのはいけないのだ。

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結局、そこは真摯さと自覚だろう。
部下をその仕事の中で有用な人、価値ある戦力に育てるということは、その人の人生を明るくすることなのだ。
部下を仕事漬けにしろということではなく、部下が仕事が得意になって、仕事に誇りを持てるようにする手伝いをする。
管理職とはそういうのこそが仕事だと自覚して、真摯に向き合わねばならない。

そういうのがあれば、教育を面倒だと感じることはないし、真摯さは相手に伝わる。
正直、教えられるほど自分にも自信がなくたって、教えないといけないのだ。教えられるように自信を持つために自分が先に努力しないといけない。
結局、自分に自信のないことは教えられない。
でも、自信がないことでも教えられるようにならないといけないり

そのためには当然、三日坊主じゃいけなくて、相手が出来るようになるまで徹底してやり続けなくてはいけない。

次に管理職になる日は多分遠いだろう。正直、そういう日が来たからと言ってきちんと管理出来る自信はあまりないのだが。
事実として管理出来なかったせいで、部下たちはこの後もしかすると失業するかもしれない。
これは自分の失敗である。

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その他の反省すべき失敗と言うのは案外思い付かない。
多分、他にもいろいろあるはずなのだが。
それでも、販売なんかについては概ね精一杯頑張ったように思う。
メカニックなんかの技術的な面についても勉強を積んだし、一通りのことは問題なくこなせる。

自分の手の届く範囲のことは頑張れたんじゃないかな、と。

可能ならもう少し機材を自腹を切って買って、勉強する機会を増やすべきだったかもしれないが、現実問題として、そんな金銭的余裕はなかった。

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自転車屋、山小屋と好き放題生きたので、大学を卒業してすぐ就職した人より、金銭面では少々苦労はしてきた。と言っても、20代はその夜飲む酒代があれば十分だったのだが。

キャリア形成とか人生設計とかいう意味でどうだったか、と考えると、まあ、悪くなかったんじゃないだろうか。

若い間に自転車で海外を放浪する。
これってやっぱり何者にも変えられない価値があると思う。
ーーじゃあ、それを通して何を身に付けましたか?
ということを面接で聞かれたりもした。
ーー人に助けてもらわないと人は生きていけないし、人に助けを求める方法、お腹が減ったらお腹が減った、何か食べられるところはないですか?と言葉が知らなくても伝える方法です。
と僕は答えた。
面接官はあまり意味がわかっていなかった。

実際問題、日本に住んでいると何の心配もない。
頭のイカれたシャブ中に突然ナイフで刺される可能性。
強盗しないと生きていけない貧困者。
人間を襲う象。
そんなのっていない。
蚊に刺されてマラリアの心配をすることもない。
国境で隣国のビザを取るためにアメリカドルが必要だが正規レートで換金してくれる銀行などないという問題もない。
コンビニに行けばおにぎりも安全な水も買える。
行き倒れたってだれかが警察に通報してくれて、とりあえずは保護してもらえる。
車にはねられてもすぐに救急車が来てくれる。
国境を越えるたびにタバコ代を毎回高くボッタクられる心配もない。
食べる肉にハエがたかっていて、それを汚い油であげて、便所の匂いがするような肉を食べる心配もない。
走っても走っても町にたどり着かなくて、ライオンやピューマのような肉食獣が出るかもしれない道端で野宿する心配もない。
子どもが死ぬことも当たり前のような世界ではない。
壊れかけた自転車を片道4時間近くこいで学校で2時間だけ勉強するような少年もいない。
日本はすごく安全だ。
安全を確保するための努力をしなくて良い。
誰かに助けて欲しいと頼む必要もない。
理不尽さが少ない。

世界は結構いろいろと理不尽なことだらけだし、そして自由だ。
安全ではないけれど、とても広いし自由だ。

助けが必要なら自分で助けてくれるようお願いしないといけない。
素直に自分が今しようとしていることを伝える。つまり、旅の目的地を伝えて必要としていることを伝える。助けて欲しいと頼む。今夜の寝る場所を提供して欲しいとか。

そういうのって本来は人間として当たり前なのだ。
大学を卒業してサラリーマンして働けば、安定したお金が入ってくるっていうのも大事だけど。根本的には人と人とのつながりがあって助けてもらいながら生きるものだから、助けてもらうスキル、人を助けるスキルっていうのは大前提として重要なことなのだ。

だから、生きるスキルの少ない若い頃に、家族も友達も誰もいない見知らぬ異国の田舎の村で誰かに助けてもらう。
そういう経験っていうのは本当に貴重だったと思う。

年を取ってから貯蓄したお金で優雅に世界をまわるのも良いけれど、若い時に体一つで、出来るだけ貧乏で制限がたくさんある中で異国を旅するというのは大事だ。

こういうのは島国である日本人はすごく弱い。
逆に途上国の人なんかは、日本国内で働いている人もたくさんいるように、母国で仕事がなければ、異国で仕事を探して稼いで生きるのは当たり前だったりする。
自分が生きるゾーンを自分で作るという営みだ。
社会が用意してくれた大学やそこを卒業した安全なゾーンではなく。自分で考えて自分が生きるためのゾーンを自分で作る。

生き抜くためには自分から動いて、人の心を動かさないといけない。

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大学を中退したことについて悩むことも多かった。
それでも、大学を中退したからこそ、僕は破れかぶれで旅をした。
真っ当なサラリーマンにはなれないと思っていた。
すごく気持ちの苦しい日々があったこともよく覚えている。

でも、改めてそういう時代が通り過ぎて、意外とすんなり転職も決まった今思う。
苦しいと思っていたあの日々こそ一番生きがいに溢れていて、どこに向かおうとしているかも分からないままもがいていた日々こそ一番充実して素敵だったんじゃないかな、と。

まあ、もちろん、これからも素敵な日々は来るんだろうけど。

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そう考えると、最後は経済的な事情で引退することにはなったものの、自転車屋で働けたのは、そういう旅の日々の自分に対して筋が通せていたと思う。ちゃんと店長までなったし、多くのお客さんに自転車の素晴らしさを伝えられたんじゃないかな、と。

自転車が好きな人、登山が好きな人たちの払ってくれたお金で今日まで生きてこれたことを感謝して。

次の人生に進もうかな、と。
次の人生って言ったって、やるのは僕なので相変わらず泥臭くやるんだろう。
そんなにスマートには生きられないだろう。
また楽しい日々が来ることを楽しみにしつつ。

子どもが高校出たらヨーロッパでものんびり旅しよう。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 23:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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