2019年09月20日

人間、なりたいものになる。

人間、なりたいものになる。
最近、思う。

自転車屋を退職するに際して切に思う。
自転車屋をやりたいなら、さっさと開業してしまうべきだったのだ、と。
そして、それは今からでも遅くはない。今すぐにでも開業に向けて何かを始めれば良い。
でも、つまるところ、僕は本当のところ自転車屋をしたいわけでもないのだろう。
本当にしたいならアレコレ理由を付けずにやってたのだろう。

自分の周りを見ても山岳ガイドをしながら、雑誌の記事を書く人もいるし、写真で食っている人、映像で食ってる人、文章で食っている人はいる。
彼らがなにか特別だったのかと言えば、存外そんなわけでもないと今更気付く。
それで食っていこうと決めて、それを仕事に出来る会社に入っただけのことだ。
あるいは独立したか。

ーーー

たしかに僕が自転車をやってきたのは稼ぐためではない。
単純に好きということと、小説の引き出しになりそうだと思ってのことだった。
だから、自転車で飯を食おうってのは元々なかった。
偶然、仕事になったので、仕事としてやるからには一生懸命やろうっていうことで一生懸命やってきたということなのだ。

小説に関しても飯が食いたいならライトノベルを勉強しただろう。
あるいは編集者や雑誌屋なんかの就職を探したろう。

改めて考えると、小説家になれなかったことも、自転車屋を開業できなかったことも納得してしまう。
小説家については一冊くらいは大手の出版社から出してもらえるような文を生きてる間に書きたいとは思っているけど。

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今度の転職は工務店の営業マンだが。
これは稼ぎたくてやる仕事だ。
なぜその仕事にしたのか。稼ぎたいのだ。
家を売るって一番稼げる仕事だと思う。
単純に単価が高い。

人生の三大支出は住宅、教育、老後資金と言われている。
この中で住宅というのはかなり異質で商品一つで三代支出の一つになりうる。
現実には賃貸に住む期間もあるし、固定資産税だの修繕費だのも含まれるが、家の購入費っていうのが大半だ。
あとの教育については学校は小中高大と分かれるし、老後資金もアレコレ分かれる。

衣食住と人間の必要なもので考えても、衣食は細々と買うが、家は一発でドカンと買う。

ものすごく単純な理屈だが、家が売れれば一番儲かる。
それゆえに販売も一番難しいとも言えるのだが。

それでも、医者などの特殊なスキルなしで、年収一千万が実現するのは家を売るか、株などのお金でお金を膨らませるかの二択である。

ーーー

なぜお金が欲しいのか。

今まではお金って必要なかった。
多分これからもそこまでたくさんのお金は必要ない。
何だかんだで日本でまじめに正社員してる限り餓死することはないし、子供を学校に行かせることもできる。

強いて言うなら、これまでしたことがなかったことだからやってみたいっていうのが大きい。

目標は家とスバルのフォレスターを買うこと。
そんなのそこまで大金持ちじゃなくても出来るのだろうが。
正直なところ、僕には他に思いつかない。
ブランド物の服が欲しいわけでもないし、豪邸が欲しいわけでもなく、レクサスが欲しいわけでもない。
マウンテンバイクが積める大きい車、家族でキャンプに行ける車があれば良い。

じゃあ、年収一千万円を目指して何にお金を使うのか。

正直、分からないんだけど、何か寄付でもしたいと思ってる。
世のためになるようなことってわけでもなく。
国立公園の整備とか。マウンテンバイクのトレイル整備のためとか。あるいは誰でも使える音楽室を作るとか。冒険家のために出資するとか。
僕の友人でユーラシアをオートバイで横断したいってやつがいるんだけど、そういうやつに200万くらいホイッてあげちゃうような感じか。
別にオートバイでユーラシア横断なんかやってる人はいくらでもいるんだろうけど、でも、何だか面白そうじゃない。
世間でいう立派なことに寄付したいわけじゃなくて、面白そうな人が面白そうなことをするのに寄付したいわけだ。

面白い遊びをする誰かが喜ぶような何かにお金を使って、面白い遊びをお裾分けしてもらいたいなんて思うのだ。

言うなれば昔の貴族みたいなものか。
パトロンになりたいわけだ。
センスある若者にお金を出して、面白いことを味わいたい。

まあ、そんなこと言ったって、まずは自分の家族の生活ありきで、よほど稼がないと難しいんだろうけど。

ーーー

まあ、要は別にお金の使い道は決まってはいないのだ。
単純にたくさんお金を稼ぐと面白そうだな、っていうだけのことだ。
もちろん、大前提として家族でキャンプに行きたいとか、家族が安らげる家が欲しいっていうのが第一で、その余ったお金でやる程度のことだから夢見たって仕方ないけど。

でも、やるからにはお金が余って困るかもしれないって心配をするくらいじゃないといけないと思うのだ。

子供の教育に注ぎ込むかっていうと、そういうのはあまり考えてない。
子供はかわいいけれど、人生って理不尽だ。
才能のあるやつが面白いことをする。
才能って天性のものだとは思わない。努力や運、きっかけ、なによりも人柄だろうと思う。
なので、息子がそういう才能溢れる人間でお金を出せば面白いことをしそうだなと思えば注ぎ込むかもしれないけど、才能がなければそれはそれで良いと思うし、それならお金は別の人が使った方が楽しいような気がする。

いざ育っていくと、自分の子供にじゃぶじゃぶ使ってるのかもしれないけど。
はたまた妻君がそういうことに使って、それを横で眺めているしか出来ないのかもしれないが。

まあ、なってみないと分からない。

でも、個人的には面白い人が集まる面白い場所なんか作るのに使いたいと思ってはいる。

もしかすると、自転車で南極点を目指すのかもしれないけど。

ーーー

人間、なりたいものになるのだ。
どういうものになりたいと思うか。
思いつけるか。
そして、それをどれだけ強く思えるか。

大人になるにつれて、いろんなことが出来るようになって、いろんなことが出来なくもなっていく。

何に使うんだか分からないけど、とりあえずたんまりお金を稼いでみたいと思ってる。

ま、そんなこんな。
posted by ちょろり at 23:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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