2019年11月18日

成功哲学と住宅と。

31歳の転職。
20代の頃と違って、手取り足取り仕事を教えてもらえない。
未経験歓迎とは言っても、最低限の社会人的能力は備えているだろう、ということもあるし、周囲も良い年こいたおっさんにアレコレ言いにくい。
教えてもらいたいことは自分で考えて教えてくださいと頼む、そりゃ社会人の常識ではある。
それでもさすがに職種が全く違う。
また厄介なのが自転車みたいにカタログもない。
正直何が何だかわけが分からない。
教えてもらえるうちが花とは言うが、まあ、正にその通りである。

それでも、今の会社に移ってきたのは正解だったと思う。
この会社、経営者が他にもいくつか会社をやっている中にコンサルティング事業がある。
それで、社内で成功哲学のような教育をしてくれる。

人生を成功したいか。
正直、僕はそういうのってあんまり思わない。
でも、まあ、それは僕の言葉の中でのことだろう。

最近の僕はお金を稼ぎたくなった。
成功哲学の影響もあるのだろうが。

お金がなくて出来ないことっていうのが悲しくなったのだ。
僕は自転車屋さんの仕事ってとても好きだった。
でも、残念ながら会社の経営、財務がこけてしまった。真相は定かではないが、特別損失が膨らんでしまったとか何とか。真相究明する気も起きなかったし、意味も感じられなかったので、真相は謎のままだ。もしかすると、本当は会社は特に経営にこけてなどいなかったのかもしれない。
それでも、僕の給料はもうほとんど上がらないという状況だったのは間違いない。

まったくね。
どうして、歳を取るとお金をたくさん稼がなくちゃいけなくなるんだろう。
どうして歳を取ると、年相応の経済力なんてものが必要になるんだろう。
いや、本当はそんなことないのかもしれないのに、僕が勝手に思い込んだことかもしれない。

でも、妻が妊娠して働けなくなって、もうすぐ子どもだって産まれてくる。当然、赤ちゃんは働けない。
僕が稼いでくるしかないのだ。

遠い将来の老後の貯蓄までの話はしなくたって、赤ちゃんが安心して大人になるのに必要なお金、もしかするとそんなのって案外なければないなりに子どもは大人になるのかもしれないけどね。

とにかく僕はお金を稼いでみようと思ったわけだ。
貧乏を我慢するっていうのは半分僕の趣味でもあるけど、僕一人じゃなくて妻と子どもにまでそういうことをさせるのは僕の趣味ではない。

ーーー

成功哲学の良いところは、ただ漠然とお金が欲しいっていうことから変わったことだろう。

成功哲学ではとにかく成功するためのイメージを持って、それに向けての階段をイメージして、自分の足元まで伸ばして登っていくってものだ。
単純にそれだけのことだ。世の中に流布している成功哲学の大半がそれだけのことだ。

でも、それを本気でやるってのは難しい。

遠い将来のビジョン。
例えば子どもが大人になって手を離れたら、妻と二人でサンチャゴデコンポステーラを歩きたい。アラスカのデナリ国立公園に行ってみたい。
子どもが手を離れる前に家族で行ってみたって良い。
また自転車を持って海外を走りに出掛けたい。
それはこれまでの突撃隊長的なやり方じゃなくて。
妻と二人で楽しくしたいのだ。

100マイルが走れるようになったらUTMBにも出てみたい。

自転車でブルベだってやりたい。

もちろん、子どもが困ることなく、医者になりたいと言って一生懸命勉強したら、医学部に行かせてやれるだけのお金を作っておきたい。

そういうのを成功哲学では成功者って言うのかもしれない。

でも、別に僕の場合、それは成功でも失敗でもなく、人生のうちにやっておきたいいくつかのことっていうだけだ。
やっておきたいことだから、やれる方法を考える。

成功哲学は、ただ漠然とお金が欲しい。もう貧乏は嫌だ。っていう気持ちと夢とをお金でつないでくれる考え方なのかな、という気もする。

ーーー

まあ、少々くたびれるのは事実だけど。

でも、住宅の勉強は楽しい。
久々に三平方の定理を使ってみたりして。
数学が生まれて初めて実用的に僕の生活の中で役に立っている。
嬉しい。
まあ、大した数学は使わないんだけど。どちらかと言えば算数か。
でも、何だか嬉しい。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 01:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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