2011年03月29日

金色天秤4

 鼠の成功は続く。食に困ることはなくなった。備蓄ができた。天秤の言う通りに動いていると、ある日、不思議な糸を拾った。空気のような肌触りで、水のように触れるものを優しく包んでくれる。鼠はその糸を集め、寝床の上に敷いた。素晴らしい寝心地だった。
 面白い話をする蟻の旅団と仲良くなった。蟻たちはいろんな話を教えてくれた。特に鼠は異国の神についての話が気に入った。鼠は青の鳥と一緒に蟻たちの話を聞いた。
 青の鳥はいつも鼠の傍にいるようになった。鼠は青の鳥の唄を聞きながら眠る。
 派手ではなかったが、鼠は、失敗でないものに包まれていた。それは、鼠にとって深い幸福だった。
 その真ん中に天秤の金色の光が座っていた。
「ねえ、ねずみさん、首を吊った男の話なんてのはどうでしょう」
 ある日、旅団の蟻の一匹が言った。
「お前、そんな話は面白くないだろう、やめたまえ」
 旅団の別な蟻が制した。
「いや、構わないよ」
 鼠は、青の鳥と、不思議な糸の寝床でくつろぎながら、蟻に向けてにこやかに笑って言った。
「ありさんたちの話は何でも面白いからね。ぜひ、聞きたいな」
「それでは、お話ししましょう」
 蟻たちは、不思議な打楽器を持っている。片手で持てるほどの大きさだったが、手のひらで叩くと非常に面白い、心躍るような音の出る打楽器だった。そいつで調子をとりながら話をするというのが、蟻たちのいつものやり方で、この打楽器のおかげで、面白い話がさらに面白く、楽しく響いているのだと鼠は知っていた。
――ポコペコパコポコ、ポッポッポッポコポン――
「その大地では、たびたび、洪水が起きまして。旅などというものをしていますと、様々なものに会いまして、ねずみさんのような方や、我々と同じような旅団、一人きりの旅人。
 ある日、とある一人の旅の方と一泊、アジサイの葉の下を共にしまして。旅人同士というのは話が弾みまして。旅の方は素敵な日除け眼鏡、藍色のガラスの大きな眼鏡、この人、この地は初めてと言いますから、私、洪水のことを教えてやりましたところ、参ったという顔をします。
 我々は、洪水に対して笹舟というのを使います。笹舟のことは先日話しましたっけ、笹とは遥か向こうの国に生える植物で、この葉を折るだけで、絶対沈まぬ船になりまして。我々は、この笹を大量に持っております。何せ、洪水だけでなく、海を渡るにもこの葉を持っていれば事足りるわけで。逆にこの葉がないと、洪水の多い大地を行くのは非常に困難。あの大地に住んでいるものたちは、沈まない場所を知っているので、そこに暮らしますが、旅人にはそういう地も分からない。分かったところで、先に進むには沈むところも行かねばならぬ。洪水は前触れもなく起こりまして。旅人でなくとも、毎回、多くのものが死にます。沈むところに、どういうわけか作物がよく育つ、そのため、収穫の途中なんかに洪水が起きると駄目なのです。それこそ、笹を折っている暇もないほどに速く水は大地を流れてきます。洪水がひどいと、死体が浮かび上がって、腹にガスがたまって膨らみまして、それが弾けてひどい悪臭が漂うのです。
 私は、旅のものに笹を一枚やりました。そして、洪水が来まして。しかして、彼は死にました」
「なんで死んだの?」
 青の鳥が聞く。
「笹があったんでしょ。笹が悪くて沈んだの?」
――ポンポン、ポッポコ――
 青の鳥の言葉を待っていたかのように、蟻は打楽器を調子よく鳴らして続けた。
「いえ、笹というのは非常に優れておりまして、沈むということはありえません。それに、我々がやった笹は、我々の持っているものの中でも、葉脈のしっかりした、色合いの良い、美しい、上等のやつでした。
 では、なぜ。
 その旅人は目が弱かったそうでして。日除け眼鏡もそのためだとか。もともとは、何も見えないほどだったのを、恩人が視力をくれた、とのこと。それでも、あまり長い間、陽の下にいると、目がいけなくなるそうでして。
 せっかく笹をもらいましたが、水に浮かぶ笹の上では、太陽からは逃れられまい、再び目が見えなくなるよりは、自分は死を選ぶかもしれない、そう申しておりました」
「死んだら目が見えないよりつらいじゃない」
 青の鳥が口を挟む。
――ポポンッ――
「そこは、我々には分からぬところ、目の見えないつらさは、目の見えない経験のあるものにしか分からないのでしょう。
 その旅人が言うには、仮に目が見えなくとも不便はしない、何せ、長くそういう暮らしをしてきた。それに、見えないからこそ分かる美しいものも多い。逆に目が見えると、見えないよりも難儀なこともある。それでも、やっぱり自分は目が見えないと、どうしたって嫌なのだ。自分は目が見えるからこそ、こうして旅もできるようになった。何より、視力を与えてくれた恩人は、自分の視力を失って、代わりに旅人に視力をくれたとのこと。旅人は、その恩人というのをとても敬愛しておりました。
 洪水の中、我々の笹が漂流していますと、その旅人が木から首を吊っておりました。そのときの洪水はひどくて、我々も閉口していたくらいでしたが、かの旅人の死体は、なぜだか金色に輝いて、木にぶら下がっておりまして、それはとても美しかったのです。我々の笹は、すぐに流されて行きましたので、ほんの少ししかその姿を見ることはできませんでしたが」
――ペッペッ、ポコポン……――
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2011年03月26日

金色天秤2

 鼠の友人に土竜がいる。土竜は目が悪かった。鼠は土竜に優しかった。時には、食を分けてやることさえあった。鼠は土竜のことを可哀想だと思い、優しく接していた。土竜はそれを嬉しく思った。鼠にとって、自分より弱く、そういう優しさを与えることができる相手といえば土竜くらいしかいなかった。
 池の畔で鼠は溜息を付いていた。彼は、その日を池の畔で溜息を付くという選択にあてたのだ。それ以外の選択が、その日の彼にはできなかった。
「どうしたんだい、鼠さん」
 鼠が振り返ると土竜が木陰の土から顔を出していた。
「いや、どうしたってわけでもないんだ。ただ、疲れてるだけさ」
 鼠は土竜のいる日陰を見下ろしながら言った。
「それにしたって、随分疲れているように見えるけど、大丈夫かい?」
「大丈夫? 大丈夫ってのはどういうことだい?」
 鼠は腹立たしげに答えた。鼠、普段は優しいのだが、くたびれているのか、土竜に対して強く当たってしまう。
 土竜じゃなくて青の鳥だったらなあ、鼠は思う。鼠は青の鳥のことが好きだった。青の鳥の声は鼠を癒してくれる。青の鳥は南の島の言葉で歌をうたう。唄う青の鳥の目は、どこまでも沈みこんでいくように深い緑色で、その声、その姿を鼠は愛していた。しかし、これまで青の鳥が鼠に話しかけてくれたことは一度もない。
「良いものあげようか?」
 土竜が突然そんなことを言った。だが、鼠は土竜に何の期待もしていない。そっぽを向いている。
「これさえあれば全てが上手く行くんだよ」
 土竜は鼠を心配するように言う。
「そんなもの、君が持ってるわけないだろ。君はめくら土竜だろ」
 鼠はいよいよ腹が立ってきた。しかし、どうしてこうも腹が立つのか分からない。土竜に悪い気もするが、どうしても腹が立ってきてしまう。鼠には、土竜じゃ今の自分を救ってくれるように思われないのだ。
「そう、めくらさ。だからこそ僕はそれを持っているんだよ」
 土竜はいつもと変わらないような調子で言う。
「そんな見え透いた嘘を付いちゃいけないよ」
 鼠は腹が立ちつつも、ちょっと興味が出てきていた。鼠は体を少しばかり土竜の方に向けた。
「嘘に決まっているさ」
「嘘じゃないよ」
「じゃあ、どこにあるんだい?」
「ここにあるさ。ほら、金色(こんじき)の天秤ばかりさ」
 鼠は大きな溜め息をついた。腹が立つのを越えてがっくりした。何せ、土竜は何も持ってない空の手を宙に掲げて嬉しそうに言っているのだから。しかし、土竜は鼠ががっくりしているのを目が見えずとも分かっているという風に続ける。
「馬鹿にしているね。そりゃ、君には見えてないんだものね」
「見えないも何も無いものはないさ」
 鼠は、怒る気にもなれず、少しでも期待した自分が馬鹿だった、寝床に戻って眠ってしまおうと、池の畔を離れようとした。土竜は鼠の腕を掴んで、
「ちょっと待ってくれよ、目を閉じてみておくれよ」
 と必死に言う。
 鼠は、腹も立つが、それ以上に、こんな馬鹿げたやりとりはもうごめんだと思うんだが、土竜が必死に言うのを聞いていると、不思議と目が勝手に閉じて来るのだった。
 すると、鼠の真っ暗になった視界の中にぼんやりと金色に光る天秤が現れる。しかし、決して下卑たような光り方ではない。神々しい光を放っていた。夏の朝顔の新しい葉のような光だと鼠は思った。その天秤ばかりは全てが柔らかな曲面でできていた。とがった角になった部分は一切なく、全て丁寧に、それも自然で、海に近い河川敷の石ころみたいだった。
「その天秤ばかりは全てのものの全ての価値を、至極、公平にはかってくれる。迷ったらそのはかりのいうとおりに動けば、価値ある結果が得られるんだ。僕ら土竜は目が見えない上に、土の中を進む。どちらに進めば良いか。そのために僕らは金色の天秤を持っているんだ」
 土竜の声が妙に遠くから聞こえるように鼠には感じられた。
 神々しい光と柔らかな曲面が鼠を惹きつける。
 鼠は金色に触れようと手を伸ばす。
 すると、視界には外の光が戻ってきて、天秤は消え去ってしまった。
「駄目さ」
 土竜が言う。もう、土竜は鼠から手を離していた。
「本当なら見せるのも駄目なのさ」
 鼠は声を荒げて言った。
「おい、今の金色がお前のものだっていうのか」
 その声は怒っているようにさえ響いた。
 しかし、土竜は何も答えず遠くを見ているだけである。
「なあ、頼むよ。あれをくれよ。お願いだ」
 鼠は、声を張り上げ頼む。土竜はやはり遠くを見ているだけだった。鼠は優しい声を出して頼んだ。鼠はすがるように頼んだ。鼠はこれまで出したことも無いような大きな声を上げて頼んだ。鼠は涙を流しながら頼んだ。
「もう一回見せてくれるだけでも良いんだ。頼むよ」
 土竜はとうとう口を開いた。
「君の目と交換だよ」
 それはとても悲しそうな声だった。

 かくして、鼠は視力を失い、金色の天秤ばかりを手に入れた。
posted by ちょろり at 02:06| Comment(0) | 金色天秤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月25日

金色天秤1

金色(こんじき)天秤

――その秤は何事をも正確に量る。
  装飾は無く、簡潔。
  しかして、金色(こんじき)。


 鼠がいた。
 彼の体は小さく、弱く、他の生物に勝つということをほぼ全くと言って良いほど知らない。
 鼠にとって、生きるとは選択の積み重ねであった。一日が始まる、それだけのことでも、起きるか起きざるか。鼠の目は開いていても、そのまま体を起こさないという選択は可能である。起きないでいれば、捕りモチにかかって命を落とすと言う危険を避けることもできる。しかし、大抵の場合、鼠は起きるという選択をした。それは必要性に迫られて、つまり、食事の為、起きねば食を得ることはない、食わねば生きてはいけない。起きたとして、右足か、左足か、どちらから踏み出して、どっちに向けて歩くか。食、冷蔵庫の脇のチーズを見付けたとして、食いに行くか、行かないか。
 彼は小さく、弱い。彼には限られた選択肢しか与えられない。
 彼は全ての選択を彼自身の判断で、彼自身が責任を持って行わなければならない。
 唯一、彼が行わなくて良い選択といえば、死ぬか、生きるか。生きている限りは生きているしかない。彼以外の何者か、とても大きな何者かが責任を持って、彼に生きるという選択しか取らせない。

 しかし、その日の鼠は疲れ果てていた。
 彼はもはや選択を辞めたい、そう考えていた。
 ここのところ、彼の選択はいずれも逆だった。起き上がった日には食にありつけず、起きない日に、友人は甘美な果実を見付け、よし、自分もそいつを食いに行こうと、足を進ませれば、捕りモチに仲間の死体がかかっていて、そいつを大きな生物がつまみ上げ、どこかへと運ぶ。その運ばれていく先を鼠は知らない。しかし、そこはとても暗くて、冷たく、乾いた場所だと鼠は思う。
 鼠の選択はことごとくしくじっていた。
posted by ちょろり at 17:20| Comment(0) | 金色天秤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

金色天秤(ごあいさつ)

 小説を読ませるのに、あとがきとか、まえがきとかって野暮っちくて、あまり好きでもないんだけど、時期が時期なので。
 一言、いや、存外長いかもしれないけど、添えておきます。

 あまり小説の内容とは関係ありません。
 小説の内容について、小説の外で一切触れるつもりはないので。

 日本は地震の津波の放射線の。
 実に大混乱期にあります。

 そんな中、地震に特に関係のないような小説を発表するというのは、いささかずれているような気もいたします。

 でも、まあ、各自やるべきことといえば、実のところ、芯の部分では変わらないもので。
 各自がそれぞれのやるべきことを頑張っていれば、社会も良くなりましょう。
 資本主義の自由競争の原理みたいなもんです。

 そんなわけで、私も変わらず執筆に励もうかと。

 日記の連載は一日一本。
 ブクログのパブーというサイトの方で、まとめて読める。
 さらにパブーの方では編集完了次第、チャリティーで課金をさせて頂こうかと。
 パブーはこちらのURLから。
http://p.booklog.jp/book/23275

 まあ、タダで読めるブログの方で読んで頂ければよろしいです。
 クレジットカード云々と面倒でしょうし。

 で、読み終わって、しばらくしてから、ふと、
「そういえばあの小説、一応チャリティーで公開されてたな」
 なんて思い出して、コンビニの募金箱に余った小銭でも入れてもらえれば良いんじゃないですかね。
 別にわざわざネットを介して募金しなくても、どうせ同じところに届く金ですから。

 何をもって震災の復興というか、難しい問題であります。
 被災した工場が動き、経済が立ち直れば復興なのか?
 倒壊した建物が綺麗に直れば復興なのか?
 被災した人たちが、幸福に暮らせるようにならねば復興なのか?

 人それぞれで解釈が違って良いと思います。

 ただ、日本に住む、日本語を読める人たちが何かしらの形で復興に協力していければ良いな、と。

 え? そんな時に、小説なんて読んでる場合なのか?
 どんな時でも、人間は文を読むべきですよ。僕の個人的な考え方ですが。

 まあ、ありきたりな文になりましたが。

 そんなこんなでよろしくです。
posted by ちょろり at 17:17| Comment(0) | 金色天秤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする