2017年02月02日

神様に祈る。

下痢が再び悪化する。
お前は馬鹿かと言われるやもしれぬが、不思議とアルコールを飲むと治る。
アルコールに弱い寄生虫か何かが体に入っているのだろうか。

大使館に電話すると、現在、医務官不在とのこと。
ふむ。

いかんせん、やはりアフリカは厳しい。下痢で精神的に弱ってるのもあろうが、やはりアフリカは過酷だ。

改めて考えると、アフリカ現地人と我々旅行者では生命としての淘汰のされ方が違う。
我々先進国の人間からすれば異常なまでに高い幼児死亡率、それをくぐり抜けた人間だけが大人になっているわけだ。
病気に関しては、先天的な抵抗力があるか、かかっても生き残って抗体を手に入れた人間だけが生き残っているわけだ。

ーーー

まだ深刻な状況ではないし、病は気からとも言うし、あまりおおっぴらに書くと、日本の友にいらぬ心配をかけるかもしれないが。

どうも不可解な下痢だ。

・普通下痢は出し切れば終わるのだが、一週間以上続いている。
・下痢で普通はやせ細るのだが、逆に下腹が膨らみつつある。また、便も水のようなもののみで、消化不良的なものがあまりに無さ過ぎる。
・アルコールを飲むとその日は収まる。

はじめはタダの下痢なのでと時々はアルコールも飲んでいたが、明らかにアルコールを摂取した後には症状が安定する。

ーーー

もちろん、自己診断は危険だ。
ただ、あまりに医療機関が信頼できない。
詳しいことはオフィシャルに発信されている世界の医療事情なるページをみれば分かる。
もちろん、手術など二次感染のリスクが大きい場合にのみ警戒すべきことかもしれない。

いかんせん、自己診断と判断がいくらか必要だろう。

ーーー

考えうるのはいくつかだ。

・心因性の下痢
これは多いにありうるし、これであれば一番良い。
世界最貧国マラウィという看板には、やはりかなり精神的に構えるところもあったし、実際に走っていて、衛生面の不安は大きい。明らかに衛生環境の悪い露店で食った豚肉は口に入れた途端に便所のにおいが広がったが、郷に入れば郷に従えと無理に飲み込んだ。水についても、ミネラルウォーターが手に入りにくく、現地人と同じ水を濾過器を使って飲んだ。
心当たりが多すぎて、逆にそれらがストレスとなり心因性の下痢になっている。
だから、アルコールを飲んで神経が緩むと下痢がおさまる。

・単純な下痢の可能性
途上国によくある下痢の可能性はやはり高い。
この手の下痢は日本に帰ったり、水が変わるとすぐに治る。だから、マラウィを出ればすぐに治る可能性は高い。

・寄生虫の可能性
寄生虫が入って腸内で成長してしまっている可能性だ。
寄生虫の場合、アルコールで一時的に弱るのも納得出来る。
寄生虫、ウィルス起因の下痢は体が異物と判断して出そうとする場合と、彼らが毒素を放出するゆえの場合があるが、発熱などないところを考えると、毒素はないのではなかろうか。
放置するとエキノコックスなどのように肝臓を食い破るものだとかなりまずい。
エキノコックスが肝臓に至ると外科手術が必要になり、マラウィ国内での安全な外科手術はかなりの危険を伴う。

・日本人の体では消化不可能な食べ物が腸内でつまっている可能性。
これはどの人種にもあるのだ。
例えば、海藻のノリを消化吸収できるのは世界でも日本人くらいなのだそうだ。まあ、海藻を食うなんて文化は世界的にさほど多くはない。
それと同じで日本人には消化できないものというのも存在するだろう。
それが腸内で引っかかっている可能性はある。

ーーー

まあ、分からない。
ただ、撤退を頭の隅に考え始めてはいる。

とにかくアフリカの病気は厄介だ。
病気の宝庫、しかも新しいものもちょくちょく作り出し、なおかつ医療設備もない。

仮にマラウィで危険な状態になると、国外搬送で南アフリカに移動することになるが、国外搬送はべらぼうな金がかかる。それこそ一千万とかだ。
なので、必ずかなりしっかりした旅行保険に入らないといけないのだが、僕の入っているのはクレジットカード付帯の海外旅行保険だけだ。

まあ、金の問題だけなら死ぬまでにコツコツ払っても良かろうし、何とかはなるだろう。
問題は正体不明の病気の場合だ。

ーーー

そうやって考えていくと、ヤバイ病気か心因性かのどちらかだろうと思う。
まあ、確かにタンザニアのイリンガからロクに休んでいなかった。
マラウィではンカタベイで少し休んだが、あそこは湿気も多く暑くてあまり休息には適していなかった。

ーーー

リロングウェでの滞在を伸ばす。
残りの距離と時間を考えるのかなり厳しくもなるが。
背に腹は変えられぬ。
とにかく国際空港のある町ってのは大事だ。

もちろん、いかに自転車は大変で、小さな村で危険な状態になると危ないとは言えど、一口に言えば自転車やら何やらを放棄すれば道がある限り、何かしらの交通手段はある。

ーーー

考えているうちに一周して、逆にリロングウェで帰国のフライトまでのんびりしてしまっても良いのではないか。
宿の連中も非常に良くしてくれるわけだし、これを機にがっちりマラウィの取材をしたって良い。
そして、帰国のフライトに間に合うようナミビアに飛行機で行っても構わないし、バスで行ったって良い。
自転車は世話になった礼にあげて行ったって良いし、改めて来年来たって良いのだ。
それまでに自転車がなくなっていればバックパッカーを楽しんだって良いし、現地の古い実用車を買って、それで走ってみたって良いだろう。

何なら帰らなくたって、持っているチケットのフライトで帰らなくても良いかもしれない。
何か商売を展開したりして、長々マラウィにいたって。

まあ、それは少し行き過ぎだが。

ーーー

こうして書いていると、何だそんなことか、となってくる。

結局のところ、僕は自転車が惜しかっただけなのだ。或いは豊かな日本の暮らしが惜しかっただけなのだ。あるいは健康が当然で生きていることが惜しかっただけなのだ。
そんな欲が重なって、下痢ごときで心を痛めていたし。
欲のせいで自由じゃなかったのだ。

まあ、もちろん欲は必要だ。
生きたいと願うのはとても大事だ。
好きな人を想って、帰国して良い生活を二人で送りたいなんて妄想とか。
そういうのはとても大事だ。

でも、やっぱり人間なのだ。
結局、力強く生きるためには、矛盾しているようだが、いかに人間の野性を活かせるかなんじゃないだろうか。
欲も野性かもしれないが、欲は理性じゃないかなと僕は思う。
それまでの人生で重ねてきた経験の上に発生する欲。それは無意識にせよ、頭が考えて作り出している欲しいものなんじゃなかろうか。

でも、そんな欲を改めて洗い直せば、自転車もお金や経済的に豊かな祖国、そんなものよりも迷わず休養なのだ。

感覚的にその場所が気に入っていて、生きるために必要だと野性が言うなら、理屈以上に、損得以上に滞在すべきかもしれない。

ーーー

でも、多分、ある程度治ればやはり自転車で出発するだろう。
欲に勝てないからでもあろうし。
やはりそれも僕の野性かもしれない。

神に祈る。
天にいる神じゃなく、自分の中にいる神に。
理性も野性も、僕のするすべての判断の根っこも、その神様から出ている。
もしかすると、その神様は人間全ての精神の向こう側でつながっていて同じ神様かもしれないし、各個人に固有の神様かもしれない。

別に宗教的な意図はない。
神様って言葉を安易に使うのは危険かもしれないが。

単に向こう側の話だ。
なぜ僕はアフリカに来ようと考えたのか。
なぜ今こうして考えているのか。
そういう考え、動物にだって今餌を探しに行くべきかの判断だとか、何か考えるのだろう、そういった考えの根本の向こうで糸だか光だか波だか、何かの粒子だか、エネルギーだか、まあ、何でも良いけれど発してるヤツ。
多分、そんなのがいると僕は思うのだ。

無宗教の民族らしく、僕は勝手にそれを神様などと呼んでるだけだ。

その神様が良い方に向かってくれて、それをきちんと受けて動けれて。それさえ出来れば、多分、すべて上手く行く。
そんな神様に勝手に祈るわけだ。

まあ、そんなこんな。
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2017年01月31日

ヤバイのかヤバくないのか?

黄熱病予防接種のイエローカードのことを考える。

今日の話は仮にの話だ。
事実かどうかは別にした話だ。

例えばだが、貧困国で隣の国に行くにはイエローカードの提示が必要な国があるとする。例えばアフリカのマラウィみたいな国だ。
イエローカードの提示の必要性ってのは、それぞれの国が勝手に決めている。
WHOの定める黄熱感染国は基本的に提示が必要だ。
感染国以外でも、感染国に入国した経歴のある人間には提示を求める。
そして、もう一つのパターンが感染国ではないが、隣接国も危険とみなし、そこに入った者には提示を求める。

例えばタンザニアは非感染国なので、入国時には問題ないが、一度タンザニアに入っていると、南アフリカやザンビア、ナミビアなどではイエローカードの提示を求められる。

そうなると、提示を求められる国と隣り合っている国ではイエローカードの取得の需要が出てくる。

この黄熱病の予防接種のワクチンというのはかなり厄介なやつで、保管や移動が骨が折れるらしい。
それで、日本みたいな先進国でさえ摂取可能な場所は10もないほどだ。

そんな厄介なワクチンを貧困国で扱うのは実に大変だ。
しかし、需要はある。
そうなると、ワクチンを打たずにイエローカードだけ出すというのも現実的に出て来てしまうかもしれない。
あくまで仮にの話だ。
例えば5ドルくらいで、ほんの5分ほどで、町の個人医院なんかで。

そういうのは由々しき問題だが、じゃあ、ワクチンを取り寄せるとなると、すこぶる厄介で、もはや現実的ではなく、国立中央病院だけでしようとなると、需要に対して明らかに供給が足りなくなり、いよいよ非現実的になるというのも事実なのだろう。

マラリアや結核の問題にしても、どんどん治療薬が効かない抗体を持つ病原体が増えるのは、本来であれば、数種類併用して使うことでどれかに抗体を持ったものが突然発生してもたたけるのだが、現実問題として、数種類併用することなど貧困国では現実的に難しいのだ。

だから、本来は、黄熱を拒否するからには、拒否する国の方が空港や国境で予防接種が可能であるようにするのが筋だろうと思う。
そのほうが旅人も楽だ。
黄熱の予防接種は十日たたないと効果がないとは言うが、十日以内に即感染するなんてのは実に可能性が低い。

基本的に、入国拒否をするのは豊かな国の方だ。
うちの国はクリーンなんだからヤバイ病気を持ち込まないでくれというわけだ。

まあ、イエローカードについては少々謎だ。
数ある病気の中で、黄熱病だけそこまで言うべき病だろうか。
マラリアなんかの方がはるかに危険で深刻な病気だと思うのだが、別にマラリアに関しては予防薬や治療薬などの携行について何の規則もない。

そういえば、蚊にも随分かまれているけれど、まだマラリアは大丈夫らしい。
マラリアは本当に相当つらいとのことなので、感染しないよう祈るばかりだ。
「ネット使えば大丈夫だよ!」
なんて宿の人間は必ず言うけれど、ネットがあってもみんな一度ならず感染しているのが現実だ。
蚊帳ってのは使わないよりは良いにせよ、やっぱり完全に防ぐのは難しい。一匹くらい入ってしまう。

いかんともしがたい現実。
アフリカは本当に日々、そういうことに直面する。

朝から村の前で男たちが普通に家畜を屠殺していたりする。
当然、ハエがいっぱいいる。
屠殺後も食べるまでは肉は店の先にぶらさげられている。
ヤバイかヤバくないか。
ヤバイに決まっている。
本当だろうか。
案外、ヤバイと思いこむ僕らのほうがヤバイのか。

まあ、そんなこんな。
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2017年01月28日

マラウィ人は貧しいのか?

マラウィのバーにて。
キャンプは良い。
ただ、キャンプなんてのは異邦人しかしない。
その点、ローカルの宿は良い。バーが併設されていればベスト。併設じゃなくとも宿のある町にはバーがある。

まさかの世界最貧国マラウィでビールを一本御馳走してもらった。
隣で飲んでた男だ。

マラウィは本当に世界最貧国なのか。
この問題を考えてみる。

一つにいかに貧乏な国でも、富裕層はいるし、富裕層とまで言わずとも中より上の人々はいる。
特に宿のある程度の規模の町、村というのは便利だし、そのエリアの富裕層はそこに住んでいる。

一つにビールはカールスバーグ350ミリリットル瓶で550クワチャ。1ドルが約700クワチャだ。
ちなみにビールはカールスバーグだ。マラウィ国内にもブルワリーがあるとのこと。
マラウィでは、ローカルなレストランなら千クワチャはしない。
路上で買える揚げパンは小さいものは50クワチャ、大きいものなら100クワチャ。
米は一合か二合で300クワチャ。器いっぱいで量る。
宿はローカルも使う少々小奇麗なところで4000クワチャ前後。探せばもっと安いところもあろうが、いかんせん衛生面の心配がある。眠る食うについては自転車旅はいくらかかけても良い。なんせエンジンは自分の体で疲労を抜くのは最も大事なことだ。

ミネラルウォーターは2リットルで550クワチャ。
地域にもよるだろうが、今日の町では現地人も水道水は良くないのでミネラルウォーターがベターだと言っていた。
リゾートキャンプなどでは、フィルターなどの設備を整えているのか、問題なく飲めると言われる。

これらを総合して、ビールの550クワチャ、約80円は彼らにとって高いのか安いのか。

まあ、無難な話だが安くはないが別段高くはなかろう。ミネラルウォーターにせよ、食事にせよ、1ドルくらいはするのだ。

今日のバーでの彼らの飲み方を見るに二千クワチャ前後くらいが一人辺りの落とす金額の平均だろう。
もちろん、千クワチャで帰るものもいるし、ビール一本で帰るものいる。
ただ、二本以上飲む人の方が多い。

彼らは特別に富裕層なのか?

また一つ。
「僕はマラウィはとても好きだよ、湖もキレイだし、何より人が良い。すごく安全に安心して旅できる。道行く人でさえ笑いながら挨拶を交わしてくれる」
お世辞抜きにマラウィは最高に良い国なのだ。平和な象徴とさえ言っても良いと思う。
「全くだね、ミスター、マラウィは良い国さ。ただ一つの問題はお金だけだね」

マラウィの貧困というのは非常に分かりにくい。
というのも、農業には恵まれている土地なので、食うにはあまり困らないらしいのだ。

ただ、タンザニアと比較すると、車は圧倒的に少ないし、スマホを持ってない人も多い。
タンザニアではサムスンのギャラクシーを持つ人も少なからずいたし、ボタン式の安いケータイならたいてい誰でも持っていた。
ただ、マラウィではスマホもボタン式の安いケータイも持っていない人も多い。
やはりお金の面では、タンザニアと比較しても目に見て分かるほど貧しいらしい。

さて、改めてビールをごちそうされたことを考える。
僕の考えでは、金欠時でも、大量じゃないにせよ、週に一度くらいはのんびり飲みたいし、気に入った人には一杯おごりたくなる。
それが出来る人も幾人かはいるというのがマラウィの事実だろう。
もちろん、彼はガバメント、政府の役人の高給取りかもしれない。
日本以上に、貧しい国ではガバメント、公務員として働くってのは、トップクラス、富裕層だということを表す。
「へー、日本人かー。日本人ってみんなお金なんでしょ?やっぱりガバメントで働いてるの?」
と聞かれるほどに、ガバメント=金持ちらしい。

対して一見普通の人でもギブミーマネーで、ほんの10円足らず、50クワチャでもあげればすこぶる嬉しそうにする。

難しいのは、その金額がありがたいと思って感謝してくれるのか、或いはほんの僅かであろうと恵んでもらえた事自体への感謝なのか。
この辺は英語力乏しい僕には聞けないし、彼らにも当然ながら、誇りはあり、安易には聞けないところだが。
ただ、路上のパンを売る人々が大きいものでも一つ100クワチャ、20円にも満たない金額で売っているところを考えれば、10円だって庶民にはありがたい金額なのかもしれない。

まあ、安易には言えない。
ただ、僕はやはり彼らは心に関しては我々日本人より圧倒的に豊かだと思うのだ。
少なくとも決して安くはないビールを旅人に御馳走できる。

それは金銭的な話以上に人が人を愛する力とか、人間にとってすこぶる重要な気持ちの有無の問題だと思う。

ねむい。
そんなこんな。

じてぼんも、よろしく。
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2017年01月21日

素晴らしきマラウィ。

20170121

マラウィに感動している。
とにかくマラウィはマラウィ湖だ。縦の長さは600キロ、東京~大阪の距離を越える巨大な湖。
そのわきには素晴らしいキャンプサイトが点在すると言う。
その一つに今夜は泊まっている。
トイレも水洗だし、レストランもある。
支配人らしい男は非常に紳士で優しい。
カロンガという町の北のビーチチェンバーというキャンプサイト付きのモーテルだ。

人々も国もとんでもなく貧乏だ。世界最貧国の一つとされるほどだ。
なんせ産業がないし、資源も特にない。湖が国の大半を占める。
しかし、貧乏も底を抜けると人間ってのは爽やかになるのだろうか。
ギブミーマネーはタンザニアよりはるかに多く言われるが、全く苛立たない。
こじき、ホームレスみたいなみじめさは不思議なまでにない。
挨拶の一部として何となく言うような具合だ。
タンザニアのギブミーマネーは本当に金くれという感じだったが、マラウィでは貧乏が板についているせいか、全く嫌な感じがない。もちろん、金は本当に欲しいのだろうが。
さわやかなのだ。

ハイビスカスの樹の下でカールスバーグを一ドルほどで飲みつつ、足下に亀なんかいたりする。

日本の子どもたちに教えてあげたくなる。
「分かるか、これが大人の夏休みだぜ。金と時間を全力でぶっこんで名前も聞いたことのないような異国の地でバカンスをたしなむ。大人が本気出したらすごいんだぜ」
なんて。

まあ、本当に素晴らしい。

マラウィはのんびりとキャンプサイトめぐりかなと思う。
道はさすがの貧乏国、舗装は良くないが、自転車としてはなんら問題ない。
車もオートバイも少ない。
農業国なので田畑が美しい。牛がふらふらしている。
これぞ楽園。

まあ、どういう道が人の好みかにもよるので一概には言えないにせよ、僕は最高にマラウィは気に入っている。

じてぼんもよろしく。
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そんなこんな。

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2017年01月14日

圧倒的に豊かな。

20170113

半休ということにして、昼過ぎに走行を終えて村の宿に入り、ダラダラしたり、ビールを飲みに出たりしている。

午前中、首都ドドマをあっさり過ぎる。
特に用事はない。
眼鏡の予備なんか作れれば良いけれど、まあ、一週間は掛かるだろう。メガネは壊れない。そう信じる。
まあ、三ヶ月のうちにメガネが壊れるなど、人生の中でも滅多にないことだ。杞憂なるものだ。

アルーシャなんかは、結構な街で、特に国際的な大手の家電メーカーの店舗なんかも多かったし、観光拠点の街でもあるので何か補充できるかもと思ったが、ドドマは、まあ、首都だからある程度は街だが、まあ、首都にしてはしょぼい。
そんなわけであっさりスルー。

というか、ザンビアのルサカまでしばらくしょぼい街しかないんだろうな。

ーーー

路上でサソリがぺったんこになっているのを時々見掛けるようになる。
ぺったんこのサソリの写真なんか撮ってもなぁと思いつつ、夜行性だし、なかなか出会わないかな、とりあえず靴の中にいないかはチェックしとこう、と。

ハリネズミみたいなやつな死体はモシの手前辺りからあったが、あれもやはり生きているのはまだ遭遇していない。
動物としては、アフリカっぽい猿や鳥くらいは時々見たりもした。

ーーー

それにしてもアフリカは本当に人と動物が近い。
飯を食ってても足元を鶏が歩いているし、牛の糞はしょっちゅう道路に落ちている。
マサイの子供なんかが棒を片手に牛なんかの群れの後ろを歩き、群れの進む方向を上手く導く。
その絵は、日本などの先進国みたいに人間が圧倒的に上ということはなく、とにかく距離感が近い。
なので、牛たちはよく言うことを聞く。
時には、犬なども連れていて、この犬たちも非常によく人の言うことを聞く。
言うことを聞くというより、とても自然に人とともに動く。
日本のペットのしつけなどとは違う。人間も動物に近いし、動物も人間に近い。
もちろん、動物と人間のボーダーはあるにせよ、「服従させるべきもの」という感じではない。

日本でペットをかわいがるなどとは違う。
ペットを可愛がるのは、やはり愛玩だ。やはりペットは所有物であり、人の思うようにコントロールしたい。
しかし、アフリカでは生きるパートナーなのだ。
可愛がったりすることも時にはあるのかもしれないが、それ以上に、日々、共に歩き、共に生きている。
囲いを作ってそこから逃げないように育てるのではない。
囲いなどない大地を共に歩く。

ジョージオーウェルの動物農場なんかは、まさに農場、圧倒的に優位な人間が動物を所有するのを前提にしているが、アフリカの放牧ではあの作品は成り立たない。

ーーー

ぼんやりしていると、誰かが、おい、どこから来たんだ、なんて話になる。そこからギブミーマネーになったり、飲みに行こうで、一本おごることになったりもあるが、全くそうじゃないこともある。
一本おごるにしたって、電話番号を聞いてくるから教えてやると、翌日の朝、ちゃんと電話してきて、
「見送りに行くよ。え、もう出ちまってるのか?!まあ、また来いよ!」
みたいなことを言ってくれる。

ーーー

そういうのは生きているということが詰まっている。
そう、アフリカで最も重要なのは「命」なのかもしれない。
お金もケータイも好きだけれど。
動物を始め、見ず知らずの自転車のやつにせよ、とにかく生物、命というのこそ彼らの最も大事なものなのかなと感じさせられる。
暇でも家の中にいないでどこかしら外にいて、誰か人と共に過ごす。

僕なんか日本人だなと思う。
疲れて半休にしたけれど、宿でゴロゴロと日記など書いたり昼寝したり。
まあ、疲れているのもあるにせよ。
日本人的だ。
休みは家でゴロゴロして過ごします、みたいな。

彼らにはほとんど財産、所有物みたいなものがない。
ある人もいるし、まあ、ケータイ大好きではあるにせよ、車など夢のまた夢だ。
カバンを持つというのをあまり見掛けない。

もしかすると、彼らにとってケータイは、車は持てないにせよ、唯一、自分たちでも手の届く豊かな先進国のアイテム、憧れっていうのもあるのかもしれない。

本当に圧倒的に豊かな精神性だ。

そんなこんな。

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2017年01月13日

元気でいること。

今日は長かった。
八時には走り始めて、夕方六時過ぎまで宿のある村に辿り着けなかった。

日本を走るときと違うのは、必ず翌日の体力を残さねばならない。
翌日走るためにも、そして、マラリアにかからないためにも。

不思議なことにマラリアというのは、気の持ちようでかなり発症を防げるなどと自転車乗りの間では言われている。
もちろん発症することもあるのだが、だいたい大都市について気の緩んだ時とのこと。

「えー、本当かよー?」
どうなんだろう。
マラリアは体内にマラリア原虫が入り発症する病で、体力があって元気な時には勝てるとも聞くが、そんなに弱い病にしては国によっては死亡原因ナンバーワンってのはおかしい。
やはり、元気だったらダイジョーブってことはないだろう。

ただ、やはり元気は一番大事だ。
体内が元気なら病原菌が入ってきても免疫力でやっつけてくれる。

ちなみにマラリアは現地では完全に風土病、日本で言うところやインフルエンザみたいなもので、恐ろしい病だが誰しも一度はかかっている。
「一回かかっとけば安心だよ。一回目は本当きついけど、二回目以降はそうでもないから。ただ、治療しないで慢性化してしまうと一生マラリア持ちになっちゃうから、怪しいと思ったら必ず病院には行くんだよ」
と、モシの元アフリカサイクリストふくださんは言っていた。

マラリアに限らず、海外では元気が全てだ。
元気じゃないと判断力も落ちる。

危険度のボーダーラインは人によって違う。
僕も今回ドドマへの道で、意図的に未舗装の道を選んだ。

未舗装の道っていうのはリスクがある。
体力的にしんどいのはもちろんだし、村や集落も少なくなる。さらに集落があっても交通量が少ない=宿が少ないということでもある。野宿の可能性も高まる。
いろいろ総合してリスクを取らないといけない。

まあ、今の僕に取れるリスクはせいぜいその程度だ。
スラムに行ったり、ローカルの飲み屋で現地人と混ざって深酒してみたりなどは、確かにディープに現地のことを知れるから興味はあるが無理だ。
半袖半ズボンで蚊に噛まれても平気ですよ、とは言えない。
飛行機やバスで行く観光地やそれなりの大きさの町だけまわるなら良いが、小さな村で発症したりすると困る。
まあ、長そで長ズボンでもたくさん噛まれてはいるんだけど、やっぱり幾分かはマシなはずだ。

元気でいるのは、生きていく上で一番大事なことだ。
健全な判断力と身体的パフォーマンス。
多分、それはアフリカに限らず日本でもだろう。

まあ、そんなこんな。

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posted by ちょろり at 23:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

癒やしが欲しい。早速疲れた。

アフリカは楽しいは楽しいのだけれど、美しい町ってのがいまいちない。

アルゼンチンが良かったのは、ブエノスアイレスは言うまでもなく、カラファテ、ウシュアイア、カルメンデパタゴネス、あと海沿いの何たらって町、石油を掘ってたところやら、いくつか、「ああ、綺麗だなぁ」っていう町があった。
小さい村でも、真ん中に教会があって、その横に広場があって。

アフリカは、まあ、ずっとアフリカだ。一ヶ月足らずだけど、まあ、ほんとアフリカ。アフリカしかない。いくらか変化はあっても、まあ、アフリカ。

アフリカの町と言うと。
とにかく文明のにおいがない。
そりゃ、綺麗なビルなんかは都市にはあるけど、取って付けただけだ。

村なんかになると、もうほんと文明ゼロ。
飯食ってる足元を鶏が歩いてる。

町や村に癒やしとか安心の要素がない。
別に怖いことなんかはないけれど、
「ああ、やっぱ日本人なんだなー」
って思う。
スタバとかあったら入ってコーヒーなんか飲みたい。
ドドマではちょっとそんな感じの場所も行こうかな。

それにしても、写真を見返してみると、いまいち良い写真が少ない。
町の風景はいらないが、アフリカな空気の道ってのが案外撮れていない。

まあ、早い段階でコンデジも壊れたしね。

一眼レフについては、やはり持って来て正解だったと思っている。
やはり一眼レフは写真に関しては使いやすい。
液晶画面で見るよりファインダーの方がやはり構図なんか取りやすい。

それにしたって、ちょっと写真は頑張らねば。
あまりに良い写真が少なすぎる。

ホームシックなので、やたらと日記を書いてみる。

ま、そんなこんな。

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posted by ちょろり at 04:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やっぱり旅に向いていない。

旅してて毎回思うけど、
「あー、やっぱ旅人向いてないよなー」
って思う。
まあ、寂しい。
フェイスブックもイイねはしてくれても会話じゃないし。
日記は日記で完全に独り言だし。
コメントなどは見れてない。
スマホ壊れてLINEもないし。
だれかフェイスブックでメッセージとか送ってみようか。

本当さっさと帰りたい。牛丼四杯食べたい。いつものバーに行きたい。仕事に行って、誰か知ってる人に会ったりね。

まあ、それもそうか。
自転車旅って孤独だ。
寂しいものだ。
一人きりだもの。ただ走ってるだけで楽しいんだけどね。
そりゃね、寂しいですよ。
楽しいし、休みたいときはいつでも自由に休めて、明日はどこまで行こうかとか、なんでも自由に決められて気楽でいいけど。

日本語どころか英語さえロクに通じないってのは、やっぱり寂しい。
馴染みのバーテンがいて、
「いやね、最近ね、実は僕、タンザニアにいるんすよ。タンザニアって結構面白いところでね、でもね、案外小説って書けないもので、ははは」
などと。
別にそんなにたくさん話さずとも勝手知ったる人がいて、二、三杯お酒を飲むって良いですよね、やっぱり。

日本のバーの雰囲気ってやっぱり好きです。

でも、言葉が通じないってのは気楽でもある。
そう、気楽で良い。
寂しいけどね。
二週間に一度くらいは知り合いとのんびりしたい。

でも、やっぱり気楽は良い。

そんなことを考えていると、
「あー、奥さん欲しいなー」
などと、考える。
家帰ると奥さん。
良いよなー。
でも、めんどくさい気もするなー。
あー、でも、あの子なら良いかなー。
でも、この世の常で、いざ結婚すればそうでもなかったり、そうでもあったり。
やっぱり独り身かなー。
でも、あの子は良いよなー。
結局、日本にいるときと同じようなことを考えている。

しかし、地図を眺めてみると、
「ん?もう20日くらい、三ヶ月のうちの約四分の一くらいの期間なのに、ルートはまだまだ全然残ってるぞ。これは間に合うのか?」
などと思う。
やはり、バスでワープを一発使わないと駄目だろう。チャリのせてとか、荷物パクられないようにとか、いろいろ面倒くさい。

それでも、まだマラウィ、ボツワナ辺りが興味がある。

マラウィは世界で最も貧しい国の一つだそうだ。
貧しいとは何なのか。
僕はまだ目にしたことがない。
マラウィは今回の旅では重要な国だ。

ボツワナに関してはリアルサファリ。
道路で普通に象が出るらしい。ごくまれにライオンに襲われることもあるらしい。

あとはナミビアの砂漠も見たいけど、そこは日数次第。
ビクトリアの滝は正直どうでも良い。

航空券を先に取ってしまう。
三ヶ月の自転車旅だとそれが良い気がする。

期間オープン、乗りたくなったらポチッと押す式は高い。
片道ずつも高い。
それに片道ずつだと多分、キリマンジャロで終了だった。

キリマンジャロの感動は本当に素晴らしかった。
サファリなんかも行けば楽しいのかもしれないけど、ぶっちゃけどっちでも良い。寂れた動物園で良い。
まあ、行けば変わるのかもしれないけど。
ボツワナみたいにチャリで走れるなら行きたいけど。車乗って動物見てもなぁ。車酔いするし。
自分が運転して、ライフルでバキューンとか撃って、バーベキューしてとかなら行きたい。
まあ、車酔いしなくって、飯と酒が美味いなら行きたい。

車に乗るってのは僕にとっては本当に罰ゲームなのだ。

でも、車酔いしなくても、サファリよりと気心知れた仲間と温泉でも行ってカニでも食いたい。

本当、旅に向いてない。
多分、旅とかあまり好きじゃないんだろうな。
ぶらぶらするのは好きなんだろうけど。

そうやって旅しながら、あれこれ考えると、故郷に帰ろうかななんてふと思ったりする。
今年はとりあえず山小屋には行くにせよ。

でも、東京も良い。

旅に出て何かを掴んで、何かしたい気はしていたけれど、逆に故郷に戻りたいと思う。

故郷に何があるわけでもない。
実際、旅に出る前、久しぶりに故郷に一ヶ月ばかりいたけれども、
「故郷は遠くにありて思うものだなぁ」
なんて思ったりした。
東京の暮らしに慣れ、かつての仲間は一通り結婚して、故郷は空き箱みたいになってしまったように感じた。

ケビン先生とよく話したものだけれど、まあ、仕方ない、みんな結婚するし、結婚すれば、いろいろ事情も出てくる。
ただ、まあ、友人が結婚するのは本当に喜ばしいことだけれども、遊び仲間が一人減るってことで、我々には正直困ったことですね、などと。

「まあ、大人になればさ、特に歳を取ればさ、昔の友達とかと遊ばなくなるものだよ。みんな仕事とか家庭とか出てくるしね。年に数回集まって飲むくらいだよ」
そういう意味では、日本で大人になるってつまらんなーと思う。

多分、職場に恵まれなかったというのもあるだろう。
山小屋ってのはその点最高に良い。
何やかんや誰かしら気が合う。
一緒に飲む時間もある。
散歩すれば景色も良い。
やっぱり楽しい。
ただ、半年しか働けないし、結婚とか恋人とかが難しい。

まあ、俗な欲求だ。
好きな女と一緒になりたくて。
遊べる仲間も欲しくて。
出来れば、たまには自転車旅もしたくて。

そう、寂しくて帰りたいとか言うけど、やっぱり自転車旅が好きだ。
仮に、明日、宿の前に自転車も何もかもやってくれて空港に送ってくれてファーストクラスに乗れる迎えがリムジンで来たって、やっぱり当初の予定通り最後まで走りたいからって断るんだろう。

牛丼も回転寿司も行きたいけれどね。
まあ、ぶっちゃけそれだけなんだけど。

まあ、やっぱり最後の旅なんだと思う。
旅とか海外なんか全然好きじゃないのに、自転車でぶらぶらするのが好きな僕がする最後の旅。

何となくそんな風に感じている。
だから、ファーストクラスのリムジンも断る。
また来年も、その次も行くとかなら多分、迷わず「うん、今回はもうある程度満足したから帰りまーす」って、リムジンに乗るけど。

そう言いつつ、次の山小屋後にはネパール行くんだけど。
ネパールの友と遊びに行くと約束して五年、さすがにそろそろ、そして、山小屋と旅の日々の最後にふさわしいかなと感じている。

まあ、そんな旅の後のことをまだ前半戦なのに考えても仕方ないけれど。

ギブミーマネーと百円ちょっとの微妙なぼったくりの積み重ねで少し心が折れている。
まあ、どんなにぼったくられても、チップ払っても日本で過ごしてるより遥かに安いから、どっちでも良いんだけど。

まあ、そんなこんな。

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posted by ちょろり at 03:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タンザニアのスマホとギブミーマネーやら

タンザニアにて、ギブミーマネー、辞めて欲しいなー、などとしみじみ思いつつ。
ほんと、一日走れば五回は言われる。そこまでじゃないか?いや、そのくらい言われてると思う。

お金ねぇ、問題ですよねー。

お金がないこと自体も問題だし、メンタルとして、「ん?お金欲しいよ?でも、別に今のこの暮らしもいいよね」ってのがあるから、多分、いろいろと改善されないように見えてしまう。

実際、自転車でまわっていて思うのだが、ものすごく過ごしやすいのだ。
寒いとかは当然無い。
食べ物もマンゴーとかバナナとかパイナップルとか豊かにある。
肉も放牧をよく見かける。
食べ物はインド、中東の影響が強いのかスパイスが豊富で美味しい。
干ばつなどの災害もいくらかはあるのかもしれないが、非常に豊かだと感じる。

まあ、良いよなー、そりゃ、働きたくないよな。
水くみなんかは大変だろうけど。
とにかく土壌、気候が素晴らしく良い。

ハクナマタータについて考える。
ノープロブレム。
正確にはハクナマタータはケニヤ、ハクナシダがタンザニアのようだ。

まあ、ハクナマタータでたいてい片付けられる。
いい事である。
小さい事気にせずハクナマタータ。
素敵な言葉だ。

でも、冷静に考えれば、口癖が「問題ない」って問題だ。
それこそ、本当にあまり問題がなければ、「問題ない」など口にしないのだ。
問題に近いことが起きるから、ハクナマタータと言わねばならないのだ。

でも、やっぱりすごく良い言葉で、あー、ハクナマタータ、気楽に行こうや。

ハクナマタータはしみじみタンザニアを感じる。

走っていると、よく声をかけられるし、店先でコーラを買うと椅子をすすめられ、自然と隣に座って、
「げんき?」
と聞かれる。
彼らの挨拶には、「マンボ?」「マンボビピ?」「ハウアーユー?」のどれかは必ずセットなのだ。いずれも、「げんき?」って意味だ。
答えは「ポア」か「ンズリ、サーナ」元気だよって意味。

そこから僕の場合、「どこから来たんだ?」「ジャパン」「どこに行くんだ?」次の町の名前。
ナミビアと言っても彼らはあまりパッと分かっていないのか、微妙な顔をするが、次の大都市の名前だと、
「すげーなー!チャリでか?!」
みたいな具合で喜ぶ。
僕の発音が悪いのか、隣の国くらいまでしか分かっていないのか。

でも、まあ、会話はそのくらいだ。
スワヒリ語はさすがに分からない。
彼らも英語は公用語のはずだが、都市部以外はからきし駄目だ。都市部でもかなり怪しい。
最近の子供は学校で習うようでそこそこしゃべれる。

まあ、会話が続かないことくらいは当たり前だ。
冷静に考えれば彼らも分かるだろう。

そして、会話がなくても平気でぼんやりしている。

昨日のポールも、アルーシャで一緒に飲んだ連中も、
「おーけー?はくなまたーた。びー、ふりー」
みたいなことを言って、会話がなくても平気でぼんやりしていた。

それは僕のような日本人に対してだけでなく、タンザニア人同士でも、彼らは無言のまま人と時間を共有するというのが全く気にならないし、誰かといるというのが好きらしいのだ。

びーふりー。
自由にしておくれ、楽にしておくれ、みたいなニュアンスで彼らは言うみたいだ。

多分、あまり深く何かを考えない。
話しかけたいと思えば話しかけるし、その後のことなど特に考えない。

でも、その割には意外なところシャイで、村の外の道ですれ違うとき、一人だと、すれ違うギリギリまで声を掛けてこない。すれ違うくらいで、「よお、元気?」みたいな具合なので返せない。
本当のところどうだか分からないが、話しかけたいけど、どこか気恥ずかしくてギリギリで声をかけるのかもしれない。
こちらから手をふったりすると嬉しそうにしてくれる。

基本的にとても純朴で絵に書いたような温暖な国の人の気性なんだろう。

「はうあーゆー?」
「まねー!」
と子どもたちは叫びながら元気に手を振る。
マネーさえやめてくれれば、世界遺産にしても良いほどの素晴らしい光景だ。

『人間はアフリカから来てアフリカに帰る』
などというフレーズがあるけれど、アフリカから来たってのは本当なんだろうと思う。
まあ、アフリカ以外にもいろいろあろうし、年月も経って、昔とはいろいろ違うのだろうが。
それでも、あー、なるほど、アフリカってのは思う。
彼らのような具合が人間のしかるべき姿なんじゃないかな、と。

日本にいると分かりにくいけれど、土地の豊かさってのはすこぶる重要なのだ。
タンザニアはとにかく豊かだ。

「アフリカの恵まれない子どもたちに募金を」
というフレーズもあるけど、金銭的には恵まれていなくとも、不幸とは違うだろうと思う。

まあ、タンザニアだからかもしれない。
はっきり分からないが、タンザニアはアフリカの中ではかなり裕福なんじゃないかなと思う。
というか、戦争してなくて、飢餓が無ければ、割とそんなに不幸ってない気がする。
阿呆みたいだけど本当にそう思う。

おもしろいことはいくらでもあるが、やはりケータイのこともおもしろい。

とにかく彼らはケータイが大好きだ。
でも、我々日本人とは違う。
メールとかネットはあまりしない。
もっぱら電話だ。

電話機能しか付いてない安いケータイだからというのもあるにせよ、スマホを持ってる人もそんなにピコピコはしない。
昨夜泊まらせてもらった家ではなぜか10個くらいケータイが充電されていた。

ネパールのシェルパ族の友人たちもスマホ大好きだ。彼らは日本で言うLINEみたいなのが大好きだ。

なぜかは分からないが途上国の人々はケータイ、スマホが大好きなのだ。

タンザニアではガス、水道のインフラはない。
なので水は汲んで運ぶし、料理は焚き火か炭火で、どうやら自炊の文化はなく、食堂で食べるのが普通らしいのだ。

でも、電気とケータイの電波はしっかりあるのだ。

まあ、日本人も割とみんなスマホ大好き、僕もスマホで日々日記やら何やら調べものなんかしたり、小説を読んだりするのだが、道路も未舗装の小さな村でも電波はあるし、みんなケータイを持っているってのは実に謎だ。

ついでながら、コカ・コーラって偉大だなってのも思う。
水のインフラが無くとも、大抵の村でコカコーラは売っている。あるいはペプシだ。ペプシはダイエットが多い。多分、君らはダイエットの必要性はゼロだぞと思うが。
スプライトやらマウンテンデュー、その他、タンザニアブランドの炭酸飲料もある。

炭酸飲料は暑い地域では本当に最高だ。
電気は通っているので冷蔵庫はあるが、冷たさについては冷蔵庫の性能差なのか、電気代節約のためなのか、差がある。
しかし、ぬるくとも炭酸飲料はスッキリする。
ビールも同様に暑い地域で飲むビールは最高に美味い。

水は汲みに日々歩くのに、コーラとビールはトラックでやってくる。あとミネラルウォーターも。
実に不思議な話だ。

何にせよ、コカコーラは偉大だ。
飲料水とはやはり命であり、それがくまなく全土に行き渡っている。
お金さえ出せば喉のかわきは癒せる。

ペットボトルにせよ、瓶にせよ、水を国中に運んでいるコカコーラは本当に偉大だ。

仮に水のインフラが整ったら、彼らは水くみに使っていた時間はどこに使うのだろう。

案外、それは日本でも同じで、センサーやインターネットなどの技術で自動化され省略された仕事の時間を何に使うだろう。
不思議なことに、むしろ、時間に追われているように見える。

そうやって考えると、支障のない範囲では文明なんて発達せず、楽せず、人力でいろいろやってる方が、人間ってのは幸せにやっていけるんじゃないかなとか感じたりする。

まあ、そんなこんな。

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posted by ちょろり at 02:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

酒とタンザナイト。

20170109酒とタンザナイト。

じてぼんもよろしく。
http://jitenshatohon.seesaa.net/

何だかよく酒を飲んでいる。
アルーシャで仲良くなった日本人、たくくんはローカルな飲み屋に行くのが好きでついていって。
翌日はキリマンジャロを共に登ったクリモが同じ宿に来て、クリモの知り合いというタンザニア人とやはりローカルな飲み屋に。

ローカルな飲み屋はスマホやカメラはリスクがあるので写真はないが、まあ、暗い居酒屋みたいなもんだ。
日本でのイメージとしては海の家みたいな机や椅子のある、やたら気楽なバーみたいな。

今日は今日で、三時半に着いた村の宿にバーがくっついていたので、コーラを飲んでいると、現地人に飲まないかラフィーキ(フレンド)などという話になり、ビニール袋のジンを飲むことに。
このビニール袋ジン、100ミリリットルで度数は40%弱のくせに50円ほどなのだ。アル中御用達である。
まあ、日本のワンカップや紙パックの鬼殺しみたいなものだ。
だが、味は案外悪くない。ジンらしい味がする。
でも、多分、正体はフレイバー付き消毒用アルコールだろう。
結局コーラなんかで割って、百円よりは安いにせよ、プラス30円ほどでビールが飲めるのでビールを飲むんだけど。

そんな具合で過ごしていたら、タンザナイト売りの、なんだかマフィアチックなやつらとなかよくなった。
「お前、日本の金持ち紹介しろ、二割やるから」
「あー、いいよー、知り合いに聞いてみとくよー」

まあ、酒を飲むってのは考えものだ。
何せタンザニアでは宿は5ドル、食事も二食で五ドル程度でやっていける。一日10ドルあれば走っていける。それが酒とタバコをするとプラス3ドルくらいになってしまうんだから。

日本で考えれば、
「そのくらい良いじゃん」
って価格だけれど。

でも、やはり生活費の中での割合ってのは大事だ。

そうは言えど、やはり酒を飲むと人と会う。
タンザナイト売りのマサイ。
まあ、普通に生きてりゃ死ぬまで会わないだろう。

酒はやはり値段するだけの価値ってのはあるのだ。
たぶん。
まあ、バランスだなぁ。

そんなこんな。

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posted by ちょろり at 20:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする