2017年01月08日

アルーシャの一日。

じてぼんもよろしく。
http://jitenshatohon.seesaa.net/

アルーシャは比較的大きな町なので必要なものを探しにふらふらと町を歩いてみる。
予備のチェーンとそのオイル。それから可能ならば一眼のバッテリーチャージャー。

市場を歩く。露店がずらり。
野菜とノートと服とサンダル、リュックサックとコップと。まあ、そんなものばかり。
結局、露店を出す人々はさほど金があるわけでもないので、安いものしか仕入れられないので、同じようなラインナップになるわけだ。

車の部品屋、これは露店ではない、ちゃんと屋根壁あるキヨスク式の店だ。やはり値段の高いものは露店では売らないらしい。盗難のリスクのあるものは屋根壁必要なのだ。
「チェーンに使えるオイルある?」
よく分からないオイルを出してくれるが大きすぎる。小さいのはないらしいし、使ってみてチェーンには良くないものだと困るのでやめる。

大型スーパー、まあ、日本では普通以下のスーパーだけど、ちょっと小奇麗だし、スーパー以外にも店がいくつかある、ミニショッピングセンターみたいなところだ。現地では少しリッチな人が行くんだろう。
しかし、やはりチャリアイテムはなさそう。

もぞもぞしてると、ぶらぶらしているにいちゃんに絡まれる。
絡まれると言っても怖い感じとかはない。
あわよくば観光客を案内してチップが欲しいだけだ。やたらフレンドリーに話しかけてくる。
タンザニアはそんなぶらぶらあんちゃんがいっぱいで普段はウザったいが、困ってるときには役に立つ。チップなんか1ドルでも良いのだから。

意外とするすると話は進む。
いや、ぶらぶらあんちゃんは英語はいまいちだったのだが、スーパーの警備員が英語が出来て助けてくれ、ぶらぶらあんちゃんが連れて行ってくれることに。

スーパーから出て、さっきより汚い市場の方へ歩くとすぐにキヨスク式の自転車部品屋があり、意外にもあっさりチェーンゲット。ダルエスサラームでオバザキ氏に百ドルで買わされたものと同じものだが、特に交渉無しで五ドルで買えた。ついでにオイルも。ペットボトルに入れたものを五ドルで。

「お前、なかなかやるが!ナイスだわ!チップやるわ!でも、一万シリングしかないから、崩してからな」
「だいじょーぶさ、みすたー、一万シリングは所詮3ドルほどだから!」
3ドルじゃなくて5ドル弱だし、それはお前が大丈夫か判断することじゃねーよ、ハクナマタータですべて進めるなよ、まあ、良いよ、実際五ドル近い活躍だったからね。

「ついでで、ダメもとで聞くけどさ、この一眼レフのバッテリーのチャージャーとか手に入らないかな?」
「ああ、こっちにあるぜ。阿南ドルくらいだな」
お前、本当になかなか使えるな!絶対15ドル以下だって分かるけど、必要なものだから良いよ。

「でも、ミスター、さっきの辺りには一人で近付かない方が良いぜ」
「なんで?」
「Bob Marleyシガレットとか、コカインやってるやつも多いからな」
「Bob Marleyシガレットって、ガンジャか?」
「そうそう、ミスターよく知ってるな」
「Bob Marleyシガレットはタンザニアではイリーガル、違法なんだろ?」
「でも、まあ、やってるやつは多いよ。ビールより安く楽しめるから。で、ミスター、サファリ行かない?」
「うん、行かない」

そんなことを話しながら歩いて、今度もまたキヨスク式のスマホやコンセントを売っている店に。
途上国によくあるクリップでバッテリーを挟んで、電極を無理矢理当てて充電するマルチ充電器。
「5ドルの間違いだろ?」
「いや、15ドル」
「まあ、良いよ、無いと困るし、交渉して歩き回るの疲れるし、さっきのグッジョブがあるしね、15ドルで買うよ」

別れを告げて10秒後にまた別のぶらぶらあんちゃんに絡まれる。
「サファリいかない?」
「行かないよ」
「ガンジャ好き?」
「ビールが100円だからビールで良い。それに一応、タンザニアじゃイリーガルだろ?捕まるリスクは低くても違法行為は嫌だし、宿で吸うわけにもいかないからな」
「いやいや、リーガルだよ」
「ウソ付け、バイバイ」
「それよりこの布見てくれ、マサイの絵だぜ」
「うん、いらない。それより、チェーン掃除するウェスなら欲しい、バイバイ」
「いやいや、ほら、良いだろ」
彼は宿の前まで延々ついて来た。

ぶらぶらあんちゃんも運だ。
タイミング次第で五ドルゲット出来たぶらぶらあんちゃんと、うっとおしがられたぶらぶらあんちゃん。ちょっと可愛そうな気もするが、人生は甘くないのだ。

宿で一眠りして、昼ごはんがてらビールを飲みに出かける。
適当なローカルなバー、彼らは割と昼でも関係なく飲んでいるのだが、入ると昨夜、別のバーで少し話した連中がすでに飲んでいて、ハローフレンドとなった。彼らは割と良い奴らだ。
バーにいるやつ、ビールを飲んでるやつは割とまともなやつが多いイメージだ。ビールおごってくれとか、たかったり、チップくれとか言わない。
まあ、すでに何かしらで金が手に入ったからこそ、多分、サファリの勧誘に成功したとか、チャリ屋案内したら五ドルもらえとか、それを溶かしに飲み屋に出て来てるのだろう。溶かしているうちはたからない。金が溶け終わったら、また何かしら金を探しに行く。多分、そんな感じだ。

とはいえ、会話できるほどの語学力もなければ特に話すこともないので、一人で座って百円ビールと五十円の焼き鳥あんどフライドポテトをつまむ。
2本目をどうしようかと思ったが、タンザニアにいる限りはいつでも、たいていどこでも百円ビールはあるのでやめることに。
また市場を歩いて、何となく露店でノートを一冊買ってみることに。
「いくら?」
「千シリング(約50円)」
「じゃあ、一冊ちょうだい、はい、二千シリング」
3人いたのだが、お釣りがないらしく、ごそごそしてポケットからコインを出して来る。
「はい、五百シリング」
「え?千じゃないの?」
「うん、ノートは千五百シリングだよ」
「ああ、そう。りょーかい」

また歩いてミニスーパーでタバコを買う。マルボロは2500シリングだ。
そう思っていたら、まさかの1800シリング。
この前まで五千シリングだと思いこんでボッタくられつづけていたが、実はまだボッタクられていたのか。
全く君たちときたら。
そんなことをしていたら、信頼を無くしてしまうぞ、すでに信頼ゼロだけど。
あるいはミニスーパーだったから安かったのか。

とにかく価格がテキトーだし、多分、彼ら自身、どの値段が妥当なのか分かっちゃいないのだ。
とにかく仕入れた値段より安くなければ良いし、可能な限りは高く売りたいのだ。
まあ、野性だ。計算などない。何なら仕入れた値段もよく覚えていないのかもしれない。

或いは一度きりの外国人だからなのか。現地人同士ではやはり商売は信頼、妥当な価格でやり取りするものなのか。
或いは枝の先の露店や歩きながら売るような小売に行くほど仕入れ値がかさんで高くなるだけなのか。
また村とかだと輸送コストなんかも入っているのか。
露天の連中は野菜はともかく、同じような服をどこでどうやっていくらぐらいで仕入れてきているのか。
まあ、分からない。謎だ。

宿に戻って百ドルスマホで日記書いて暇つぶして、ああ、今日は昼前からでも出発でも良かったかな、などと考えつつ、スコールが来て、まあ、良いか、夕方になったら何か食いに行こ、ピラフ食いたいな、とかなんとか。

そんなこんな。

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posted by ちょろり at 22:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やっぱり小説が書きたいのだ。

キリマンジャロを終えて、何となくかったるい気分になってしまって、アルーシャに二泊することにした。
しっかりしたオートバイ屋さんがあるのでチェーンオイルを買おう。あと可能ならば一眼レフのバッテリーチャージャーも。

かったるさのせいか帰国後のことをよく考える。
旅も楽しいが、アフリカを無事終えればそろそろ良かろう。
のんびりと趣味で小説を書きながら、何か仕事をしていたい。

しかし、何の仕事をするか。
旅を終えれば山小屋の仕事はデメリットが多くなる。もちろん、メリットも多いが。
自転車屋さんだろうか。
倉敷に戻りたい気もするが、地方の町は仕事の選択肢が少ない。だが、それは勝手な決め付けで、いい仕事もあるかもしれないじゃないか。

いつもの安直な考えで、結婚して子供育ててみたいな暮らしを夢見たりする。
それは結局、自分にとっては諦めに近いものだろう。
小説はさほど良いものは自分には書けぬ、冒険家にもなれぬ。

だが、逆にこうしてぶらぶら生きているのは、きちんと働いて結婚して子供を育てるなど自分には出来ぬという諦めからだったんじゃなかろうか。

かったるさはあれど、旅の日々は楽しい。
初めての海外、アルゼンチンの時ほどの情熱は残念ながらない。
代わりに少しの余裕はある。
余裕があれば何かを考えたり試してみたり出来るだろう。
ただ、どことなくパッとしない。

せめて自転車の整備、予備のチェーンが手に入ってくれれば。

距離と日数を計算すると、どうもギリギリなのもしんどい。

存外、今のところ道は走りやすいし、宿食事も心配ない。

東京に戻って、まさやさんと遊びたい。
その事をよく考える。
まさやさんと遊んでいれば僕の人生は恐らく間違いない。
真面目にそう思う。

やっぱり人生は人間ありきだ。
尊敬する人に褒めてもらえるようなことをしていたい。
それが上手く行けば、そう言った尊敬すべき感性を持つ人々の心を打つような小説が書けるだろう。

やっぱり小説が書きたいのだ。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 18:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

街では不運なれど、頑張ろ。

明日はモシの町から出発する。
自転車の疲れはもちろん、登山の疲れも十分に取れた。

自転車と本の方にも記事は書いているが、どうもしっくり来ない。
http://jitenshatohon.seesaa.net/

自転車旅のことをオフィシャルに書くためのブログとして作ったものの、どうも肝心なことが書けない。
情報としてはまとまるのだが。
雑味がなさすぎる。

それにしても、アフリカはあと一歩上手くいかない。
まだ半月なので当然か。

欲しいものが上手く買えないのだ。
今日は折りたたみナイフが欲しくて市場に出掛けた。
舗装されているところもあるが、砂埃舞う地面むき出しのところもあり、露店がぐちゃぐちゃと並んでいる。

冷静に考えればちょっと大きなスーパーもある町なのだから、そっちに行っても良かったのだが、市場とは不便だが歩いてみたくなるものなのだ。

まあ、市場とは不便なのだ。
タンザニア、モシの場合、売っているのは服、野菜、ノート、鍵なんかだ。たくさん店はあれど、売っているものは大抵同じ。
肝心の欲しいものはなかなか見付からない。
誰かに聞けば案内してくれるかもしれないが、もちろんチップくれになってしまう。
さらに値段は言い値で交渉しないといけない。
はっきり言って、面倒くさすぎる。

「旅人なるもの、市場の交渉も楽しめ!」
うん、嫌だ。
僕は必要なものが欲しいだけで、特別安い必要もなければ、その間のぐたぐたしたやり取りも必要ないのだ。

旅人というより、単に自転車を楽しみに来ているわけで、町はあくまで休息と補給の場なのだ。

村に関しては結構楽しい。
村はシンプルだ。
最低限のもので構成されている。
そういう方が楽しい。
ただ、村は欲しいものが売ってないことが多い。

結局、めぼしいナイフは見付からず。
自転車用品も見付からず。
そろそろチェーンオイルが必要なのだが。
まあ、探し方が悪いのだ。チェーンオイルなんかバイク屋かどこかで買えば良い。バイクは走っているんだから、何かしらの機械油は手に入るはずなのだ。
いやはや、市場が得意になれない。

それでも、昨日買ったスマホをあれこれして、Wi-Fiのない場所でもブログも書けるようになった。
何より地図が見れるようになったのが大きい。
その辺は良い感じではある。

ただ、本末転倒だが、日本でちょっと良いSIMフリー機を買っておけば良かったのだが。

マサイ族に土産買わねーか、なんて言われて、キリマンジャロTシャツと絵葉書を。
頑張って値切ろうとしたが、駄目。全く下げてくれなかった。
やっぱり値切って駄目なら、店から出る素振りをしないといけないらしい。

確かに、商売の練習には良いのかもしれない。
商売の基本はいかに安く仕入れて高く売るかだ。
そして、いかにライバル店より魅力的に提示できるかだ。
安く仕入れる買い入れる。これは難しい。
ーーこいつには安く売っても、トータルで考えれば得だな。
そう思わせないといけない。
売り上手、買い上手ってのは商売の基本だ。

そういう意味では、市場が好きって人間は商売向きなんだろう。

結局、マサイの言い値に負けて、20ドル近く払う。
少しため息も出るが、まあ、彼らも喜んでたし、まあ、良いか。

ただ、あの手の商売はダメだ。
安く買って高く売るは基本だけれど、高すぎるのは駄目。
結局、客の信頼が作れない。
真面目にお客さんのことを考えて、商売すると信頼が生まれる。
そうなれば、宿の人間だって、
「あそこのマサイの土産物屋は良いですよ」
なんて客にすすめられる。

ウロチョロ歩いて観光客をつかまえて、高い値段ふっかけて、そういう商売は結局それまでなのだ。
ずっとウロチョロと貧乏くさいことをし続けないといけない。

商売の基本はやはり信頼で、その上に仕入れの上手さなんかがあるわけだ。
貧乏くさいことをやってりゃ、死ぬまで貧乏くさく生きないといけないのだ。

まあ、マサイも苦労しているのだ。

またぶらぶらしていたら、今度は捕まってしまう。
「お前、今、ゴミ捨てただろ?!」
え、途上国ってゴミだらけだから良いんじゃないの?そんな日本みたいな叱られ方ってある?ゴミの前に観光客からぼったくる奴ら何とかしてよ。

でも、まあ、確かにポイ捨てはいけない。
ごめんよ、と言いながら五人くらいに囲まれて連行される。
「ポリス?」
「違う!」
よく分からないが公務員らしい。小さなオフィスのようなところへ連れて行かれ、罰金五万シリング、約二千円取られる。高いけれど、まあ、悪いのは自分だ。

途上国でポイ捨てで捕まるなんて。
まあ、それほどにタンザニアは近年成長しているのだろうなと感心しつつ。

いや、やっぱりあの金額はおかしいぞ、20ドル以上の額なんてタンザニア人にはかなりの大金だ。彼らの大好きなケータイだって買えてしまうほどだ。ゴミのポイ捨てにそこまでの額はおかしい。
ニセ公務員か、或いは悪の公務員で罰金の額をかさ増ししたかのどちらかだぞ。
しかし、あの状況、逃げようもないからな。
確かに街の美化にも役立ってるし。
あれは偽物だとしてもなかなか賢いやり口だな。

それにしても全くツイてない。
だから、街なんてさっさと出てしまうべきだったんだよ。

それでも、明日着く予定のアルーシャはモシより更に大きい都市だ。
絶対、良いことがない。
宿は高いだろうし。

アルゼンチンの時と違って、とにかく何か聞くとすぐ「チップくれ」ってのが困る。本当、人にものが聞けない。困る。
それでも、後ろから急に襲われたりしないだけ良いのか。口でチップくれっていうのは健全といえば健全か。

ただ、この「チップくれ文化」はタンザニアを象徴しているのかもしれない。
意外かもしれないが、とにかく豊かなのだ。
ほっといても勝手にマンゴーやらバナナが出来て、家畜も餌などやらずとも放牧で勝手に餌を食ってくれる。
マサイが写真ですぐにワンピクチャーワンダラーと言うのも、勝手にカメラを持った奴らが来て、勝手に取材費なんてくれたりする。
たいして労せず何かを得る、そういうのに慣れてしまっている、そんなところがあるんじゃなかろうか。

ただ、若者については頑張っている。
きちんと英語を勉強して、ホテルなどできちんと対応してくれるのはだいたい若者だ。
おっさんはダメなやつも多い。若者で駄目なやつはあまり見てない。

おばさんか若者が安全、そんな法則を勝手に思いこむ。

まあ、若者は経済成長の真っ只中、希望を持っているんじゃないかな。
実際、タンザニアは伸びると思う。
彼らは綺麗好きだ。
意外かもしれないが。
アルゼンチンなんかと比べても、タンザニア人の方がよほどマメで綺麗好きだなと思う。
トイレや寝室など、安宿でも綺麗にしてある。
国民性だろう。

スマホの普及も英語力を付けているのかもしれない。
文字を読み、情報に触れる。

元々、豊かな土壌で、時間は余っている彼らがスマホが欲しいために努力をしはじめれば、これは大きい成長につながるだろう。

また、モシ在住のふくださん(元アフリカ一周サイクリストのおじさんなのだ)が言っていたが、現在のタンザニアの人口増加率はすさまじく、このまま行けば30年後には世界トップ5の人口になるらしい。

大人は英語はわからないのに、若者のほとんどは簡単な英語ならわかる。
その背景には成長期の国家に住んでいるという希望なんかもあるんだろう。

さて、明日はアルーシャ頑張ろう。大都市、頑張ろ。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 04:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月06日

なんとかかんとか案外。

アフリカ頑張ってるなう?
いや、案外ガンバらなくてもなんとかなりはじめつつあるNOW?

まあ、予想を遥かに越えて楽し過ぎる。

とにかく何かとわけわかんない(笑)
それも楽しいし、知るほどに、
「え、こいつら、なぜその辺りは無駄に綺麗好きなの?」

そう、予想外にタンザニア人は綺麗好きだ。
物凄くしっかりしてるのだ。
でも、全体的にはすごくルーズだったりするから、謎は深まるばかりで。


まあ元気にやっている。
何と食べることにも困らなくなった

ダルエスサラームを出発する時には かなり不安だったけど 案外 何も問題なくやってる。

Wi-fi が安定して繋がるところについたらムービー もアップロードしようと思っています 元気にやっています皆さんもお元気でまあそんなこんな

posted by ちょろり at 05:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

帰ったら何がしたい?

アフリカ自転車なので、じてぼんの方に基本は書いているんだけど、暇つぶしにこちらに。
じてぼんはこちら。
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まあ、心が折れることが多い。
準備不足と不運とが重なって、さらにダルエスサラームという町も、治安も良くはないし、観光も特別ないということで、スタートがかなり悪くなってしまっている。

夜の治安が激しく悪いことと、いまいちロビーに活気もないので、部屋にこもってしまって人と交流がない。ドミトリーが正解だったろうか。

まあ、自転車乗りなんてそんなもんかもしれない。
バックパッカーみたいに人と交流を楽しむというより、淡々と走って、休んで、走ってを繰り返すような。
情報収集するにしても、必要な情報が全く違うから何とも難しいってのもあるんだろう。
基本的にバックパッカーは観光地の安宿を求めて、良いツアーを探して移動するが、自転車乗りはとにかく町があるかないか、水や食料を補給できるかどうか、安宿についてはいくらかはありがたいが、そこまでこだわりはしない。自転車が安全に保管できて値段も高くなければ良い。

日本に帰りたいなーと思う。
まあ、アルゼンチンの時と同じだ。
山小屋でも思った。
基本的に怖いこと、きついことはしたくないのだ、やっぱり。

帰ったら何しようかなー、と考えると、やっぱり仕事のことを考える。どこでどんな仕事しようかなーって。
自営業で何かしてみるってのもいくらか考えることもある。
まあ、何にせよ考えるのは仕事のことか。

仕事のことを考えるって悲しいと思う。
幸い、僕には山小屋もあるし、戻る気になればいつでも受け容れてくれる自転車屋さんも、ペンキ屋さんもあるにせよ、なぜだかやはりまず考えるのが仕事なのだ。

日本に帰ってやりたいことは何なのか。
小説を書きたいってのはもちろんある。
でも、頭に浮かぶのは仕事のこと。
なんとも悲しい。
働きたくないと言いつつ、早く帰りたい、帰ったら何の仕事しようと考える。馬鹿な話だ。

もう少しクリエイティブなこと、アレしたいとか何とか。
そういうの沸かないかねー。

まあ、その辺、まだ日本出国から日が浅いせいか。
いや、最後になっても、やはり仕事のことを考えるんだろうな。

別に考えなくたって、帰国して、まずはとりあえずは槍ヶ岳なのに。

帰りたいなーと思うのは良いにしたって。
何の仕事しようかなー、は頂けない。美味しくないと思う。

アフリカをステップに何か面白いこと。
何かあるのかねー。

でも、まあ、やっぱりそうだな。
本が書きたいな。
実家だと、遊びに出掛けたりで書きにくいから、何か書きやすい環境を構築して。

ふむ。
何かネタをねりたいな。
まあ、オバザキ氏のことでとりあえず一つネタは出来上がってるんだけど。

まあ、とにかく五体満足で生きて帰りたいな。
それ以外は全く何も望まないから。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 03:47| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月21日

しばらくはじてぼん。

今夜飛行機が出発。しばらくは自転車ブログのじてぼんの方に書きますよ。
http://jitenshatohon.seesaa.net/

アフリカで心の洗濯して参ります。
そんなこんな。
posted by ちょろり at 09:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月19日

こわい。

自転車を梱包して空港に先に送った。
あとは、もう水曜日になれば手荷物だけで関空に向かって飛行機に乗るくらいになった。

今回はいよいよ出発間際までモチベーションが作れなかった。
10月頃から急にモチベーションが下がり始めて、正直、倉敷に帰ってくると、アフリカはつらいと感じていた。
自信がない。
自分の自転車や旅行の技術では何とかなるとは思えないようなところがある。
素直に言えば死んじゃうかもしれないな、まずいよな、って真剣に思う。

自分の中でのルールとして、死ぬリスクがあまりに高いことはしてはいけないってのがある。
でも、問題はどの程度のリスクが基準なのかっていうことだ。

アルゼンチンもそれなりにリスクのあることだった。
でも、当時はやさぐれていた。
大学を辞めて、工場なんかで働くにしても厳しいし、もちろん大卒の仕事なんかもあるわけでもなし、生きていける希望みたいなものが本当になかった。
その中で唯一の希望って言うのがアルゼンチン、パタゴニアを走るということだった。
死んだら死んだで、何だったら気楽なもんだ、みたいなヤケッパチなところがあった。

ヤケッパチなところってのは僕の場合、ある程度必要なのかもしれない。
今回のアフリカにしても、何となく生きていく希望を失ってしまっていた頃に、半ばヤケッパチにスタートさせたプロジェクトではある。東京での暮らしがどうしても上手くさばけなかった。
それでも、山小屋での暮らしで自然に触れていると、かなり精神的にも肉体的にも元気になって、コンディションが良くなると、ヤケッパチがなくなってしまってくる。
何ならアフリカには行かずに、ツルリと元の自転車屋さんに戻る方が良いような気さえすることもある。
冷静な頭になれば、さらに目の前にリスクが立ちはだかると、安定した暮らしが羨ましくなってくる。
怖いと感じるようになってくる。
そうなると、熱い想いで何とかやっていくしかないんだけれど、予定以上に山小屋で疲れてしまったのか、熱い想いは薄い。
それでも、何やかんやで行く程度には熱い想いはある。
ただ、熱量が大きくない。モチベーションが来ない。

まあ、怖い。
なにせ、よく分からない。
誰とも連絡も取れない。助けてくれと思っても伝えることさえ難しいし、助けに来るのも難しい。
まあ、厳しい。
何かとつらい。
怖い。

こんな怖いことをやっても、別に人生で何の役に立と言うこともない。
あくまで単なる趣味であって、ロードバイクで大きいアマチュアの大会のチャンピオンになっても別に何かの役に立つというわけじゃないのと同じだ。
キツい練習をしていようが何だろうが、あくまで個人の趣味であって、第三者にはまったく関係はないのだ。

それでも、本当に死ぬ可能性もあって、しかも、死んだ場合、結構な金額までかかる。遺体の搬送ってかなりのお金がかかるのだ。
そこまでのリスクなのに、何が手に入ると言って。まあ、個人的な感動とか喜びくらいで。
まあ、感動と喜びを感じられるっていうのは人間として一番幸福なことかもしれないけれど。

ああ、ねむい。

そんなこんな。
posted by ちょろり at 02:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月15日

書いていない。

塗装屋さんの人々は不思議なまでに懐が広い。優しい。
怖いのは怖いのだけど、人間的にものすごく優しさがある。素直なのだ。

バツ4の人だとか、元パチプロだとか。
変わった人が多いからだろうか、人に対して常識を押し付けないのかもしれない。
常識とされる世界からはみ出している人は、世界の常識も好きじゃないし、自分の常識を誰かに押し付けるのも好きじゃない。
冷静に考えれば当たり前だけれど、とある思想を無理矢理勝手に、「世の中の人はみんなこう考えるのが当たり前なんだよ」なんて押し付けられるのは、子どものうちは良いにせよ、大人になれば嫌なのが普通なのだ。

ここ半年ばかり、実に文を書いていない。
時間ならある。
執筆環境も完璧じゃないにせよいくらかはある。

書くべきコトがないからなのか、書くべきコトを書けないとどこかで感じているからなのか、単に面倒なだけなのか。

アフリカでは書くのか。

まあらそんなこんな。
posted by ちょろり at 23:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

後ろから押してくれる仲間。

久し振りに会う人があった。
その人がすごく元気になっていて本当に嬉しかった。
もう、どうにもならないだろうな、という時期があった人だ。

その人が元気になったこと自体も嬉しいし、人間、一度どうにもならなくなったって何とか上手く元気になれる、そういうことを実証してくれたなぁ、と嬉しかった。

もうすぐアフリカ。
心すさんだ時期もあったにせよ、コツコツと良い形に持ち直して行けている。
周りの友情や優しさが本当に助かる。
自分一人で出来ることは頑張った、それでも届かない、それを後ろから押してくれる仲間に本当に感謝している。
当人は別に背中を押したつもりでもなく、単に会って気兼ねなく話しただけでも、それで背中を押されるってことはあるし、そういうのは決して当たり前のことじゃない。
感謝の気持ちをちょくちょく思い出させてくれる仲間。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 23:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大人になるアフリカ。

食中毒から何とか回復する。
それにしても、今年は本当によく病気する。こんなのでアフリカなんか本当に行けるのだろうか、と心配になることも少なくない。
まあ、それでも行く。

熱の中の夢で、ひどく薄暗い地下で閉じ込められていた。
どうもそこはアフリカらしい。
天井が低くて、匍匐前進のような格好で居続けないといけない。そして、人に見付かってはいけない。何者だかわからないのだが。
まあ、アフリカなのでしょうがない、と考えるのだが、起きてみれば、あそこはどこだったのだろう、アフリカがいかに未知の土地と言えどあんな狭い暗いところに閉じ込められることはなかろう。
ゲリラか何かのトーチカの中のようだった。

後から考えると、あれはどこかの世界での自分なのかもしれないと思ったりした。
どこかの世界の自分は何かの敵とあんな風なトーチカで何者かと戦闘をしているのかもしれないなどと考えたりした。

いくつも夢を見たが、どれもこぼれてしまった。ほとんど思い出せない。時々、起きてトイレに嘔吐、下痢に行くたびにネタ帳に書き留めたいと思うのだが、熱もひどいし、嘔吐下痢で立つのさえつらく、文字を書くことは難しい状態だった。それでも、すごくシュルレアリスムな幻想が多く、どうしても書き留めたいと思ったのだが、気付くとまた夢の中にいた。

人に対して激怒する夢もあった。
何かを言われる。
普段の僕は相手の言い分を聞いて、論理的に釈明する。建設的に会話を進めようとする。
しかし、その夢の中では立ち上がってひどく相手を蹴りつけるのだ。相手は女性だった。若くない。老婆ということもないが、50歳は過ぎているようなおばさんだったと思う。
会話をしても理解出来るわけもないのだと散々に蹴りつける。
普段は諦める。理解できない相手には会話もしない。ただ、諦める。面倒なのだ。カロリーの無駄。
しかし、夢の僕はひどく激怒していた。
そして、激怒しながら、正しいような気がした。
人間、怒るべきなのだ。
対立するものに対しては自分の意見を聞く仲間、手下にするか、ボスとしてついていくか、徹底的に叩きのめすか。
事なかれの自分の生き方は間違っている。感情を爆発させて、自分と対立するものには立ち向かわねばならないのだ。
そんなことを思っていた。

その夢は変な説得力があった。
もちろん、力の弱い弱者を殴ったり蹴ったりしてはいけない。
ただ、生きていく上で事なかれ主義の泣き寝入りでいては良くない。
物理的でない力を持って相手を服従させるか、恐れさせないといけない。或いは服従させられるかだ。
正面から当たっていかないといけない。
そろそろそんな歳なのだ。
考えさせられるものがあった。

ほぼ二日間まるまる寝たきりで過ごす。
それでも、今日の昼過ぎからは食事も問題なく食べられるようになり、ギターなどを弾く。
ローランディアンスやバリオスなんかの楽譜を出してみて弾いてみたりする。ギター曲は難しい。全ての音に意味があるので、全ての音を意味を考えて弾かないといけない。まあ、そこまで考えることは出来ていないにせよ。ポップスのアレンジなんかはコードがあっていて、メロディーがあっていればそれなりに曲になるし気分も良い。
それでも、弾いていて楽しいのはやはりギターのために作られた楽曲だ。ギターで奏でるために作られた曲はやはり良い。

きっと今はアフリカのことだけ考えて生きれば良いのに、将来への不安なのか、アフリカの後のことを考えてしまう。
馬鹿な話だ。
そんなことはアフリカから帰って、山で働いて、それが終わった自由の初日にでも考えたって良い。
何も準備などしなくたって構わないのだ。
そこで働くのか働かず海外に行くのか考えてみれば良い。

ただ、やっぱり山小屋は半年しか仕事がなく、それ以外の期間をアルバイトをしないといけないのがイヤなのだ。
仕事は嫌いじゃない。ああ、嘘だ。嫌いだ。出来るなら働かずに生きていたい。のんびりチャリこいで、小説書いて。まあ、さすがにそりゃ無理だ。働くのは嫌いでも働かざるを得ない。
でも、プロフェッショナルを感じられる仕事なら良い。
雑用みたいな仕事は嫌なのだ。アルバイトは嫌なのだ。
全く働かずに半年を過ごす方法もないことはないのだが。

そんなことを考えていると、来年をどうしようかなどと、今考えてもどうにもならないような下らないことばかり考えてしまうのだ。
下らない。

そんなのならコツコツ働いて10年ばかりのんびりと世界一周の旅にでも出るのが良い。
山小屋とスキー場を五年もすれば十分だろう。
でも、それはそれで嫌なのだろう。
若い期間をあまりに長く浮き世離れしてしまうのは惜しい気がしてしまうのだろう。

わざわざ山小屋に戻ったのに、改めて山小屋、放浪の日々には向かない人間なのかと痛感させられたりする。
結局、どこにも自分の住める水はない。

そんなことを考えるのは来年の今頃で良いのだ。
もう2週間もすればアフリカなのだ。
どうしてそんな下らないことばかり考えているんだ。

濁ってしまったんだろうか。
自分は随分と濁ってしまったのかもしれない。
いつ、どうして。
どうやったら濁りが取れるんだろうか。

自分の求めていた故郷とは何だったのだろう。
ぼんやりそんなことを考える。
自分の求めていた故郷なるもの、具体的には自分にも分からないにせよ、もしかするとそれは今はもちろん昔もなかったんじゃなかろうか。
美化されていく中で頭の中に浮かんだ蜃気楼みたいなものだったんだろうか。
いや、昔は実在した気もする。しなかった気もするが、あったと思うのだ。そして、今も。

苦しいことや悲しいことはあれど、ふーん、はあ、ああ、そう、あははは、なんて生きていけるような土地なんだろうか。
桃源郷は思わない。
桃源郷を思えるほど若くはなくなった。
現実の世界にある故郷。

一口に言えば帰りたいと思える実家なのかもしれない。
言うなれば大人になれていないのかもしれない。
頭の中だけ子どもなのだ。
でも、現実には子どもではないので、子どものように遊んで帰って宿題をして、また学校に行って遊んで帰ってくるとは出来ないのだ。
大人にならねばならないのかもしれない。
アフリカは子どもの僕の最後の遊びにしないといけないのかもしれない。
もちろん、その後も海外に行きたければ行けば良い。でも、大人としていろんなことを自活して。お金がどうとかの問題ではなく。
自分の人生に自分で責任を持って遊んでないといけない。
大人になるアフリカっていうのは一つのテーマなのかもしれない。

まあ、そんなこんな。
posted by ちょろり at 01:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする